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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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51話


「エグモンドの話だっけ」


 ふーっと長く吐き出された煙に、僅かに眉をひそめる。そんな顔するなよ、とバツが悪そうにローラントは唇を尖らせた。


「失礼。正直なもので」


「お前さん……そう言えば許されると思ってるな」


 ちえ、と文句ありげに、つけたばかりの火を消すローラント。

 何度も言うが、校舎内はもちろん、校舎外だって——黙認されているだけで——禁煙だ。


 肩を落とし、ひと呼吸。わかっている。私がへんに神妙な面持ちだから、彼なりに気を遣ったのだろう。

 とはいえ、タバコに火をつけたのは十中八九、癖だ。愛煙家め。


「まあ、知らない仲じゃない。お前さんの言う通り、あの人んとこの魔術師を講師として呼ぶことも多いからな」


「そもそも、魔術師という言葉自体、殆んどの場合が王宮魔術師を指しますよね?」


「そうだな。人並みに魔術が使える学生は、余程のことがなければ国から声がかかる。多くの学生はそのまま王宮魔術師、あるいは魔術研究所へ進路を決めてしまう」


 安定してるし、給料も悪くないからな、とローラントは言う。

 相槌を打つ私に、彼は「一方で」と話を続けた。


「多くの女生徒は、そのどちらも選ばない。何故なら、魔力持ちの胎は引く手数多だからだ。嫁ぎ先には困らない」


 最低な言い方だ。少なくとも、女学生相手にする話し方だ。

 とはいえ、誰にでもこんな言い方をする人ではない。それはわかっている。


 だが、相手を選んでいる分、余計にタチが悪い気がする。


 呆れたように肩を落とし、「それで」と話の続きを促す。


「それがヘア・ベルトラムとどう関係があるんですか?」


「進路相談だよ。もし、お前さんが魔術師に興味があるなら、紹介はしてやれるっつー話」


 え、と素っ頓狂な声が出た。だって、その提案はあまりに予想外だったから。


 思わず固まる私に、柔軟な彼は「そうだろ」と骨張った指をこちらに向ける。

 いつもプリントやチョークを触っているからか、その指先はやけにカサついていた。


「お前、バカみたいに魔術を学んでる。正直、魔術の才能はそれほど高くないが、その勤勉さは貴重だ。お前みたいな魔術狂(フリーク)、研究所は喜んで迎え入れるだろうよ」


「で、でも……女性が、魔術師になったなんて話、聞いたこともありません」


「前例がないだけだ。女が研究所に行くメリットがないからな」


「その”前例のないこと”をするのが、すっごく難しいって話では……?」


 というか、私が聞きたいのはそこじゃない。


 そう言おうと思った時、ふと、脳裏に蘇る声があった。

 それはつい先日、ヴィクトールによって邪魔された、記憶の奥底にしまわれた声だ。


 声変わりの影響を殆んど感じさせない、声高な少年の声。

 義父の————リヒャルトの目的をハッキリと口にした、アドルフの声だった。


 突然、話の途中で黙り込んだ私に、ローラントは不思議そうに訊ねた。


「おい、大丈夫か? クマでも倒しに行きそうな顔してるぞ」


「……せめて『険しい顔』と言ってください」


「よしよし、ちゃんとツッコミは入れられるな。なら、大丈夫そうだ」


 なんだ、その確認の仕方は。

 変に力の入った体から脱力し、失礼、と空咳をする。対話中に意識を飛ばすなんて、申し訳ないことをした。


 ローラントは気にしていないのか、ひらひらと手を振ると、そのまま話を続けた。


「話を戻すが、確かに前例のないことは通すのが難しい。だけど、お前が知りたがっていた『魔力属性』についての研究を進めるのなら、そこが一番の近道だ」


「それはそうですね。ええ、ぜひその方向でお願いします」


「おう、そんじゃあ……って、は? え?」


 突然の心変わりに、ローラントはぎょっとした顔でこちらを振り向いた。いや、貴方が言ったんでしょうが。


 なんですか、と問えば、彼は「いやいやいや」と慌てたように両手を振る。


「早まるな、フォーゲル。いいか。安易な発言は自分の首を絞める。後、普通に俺がフォーゲル家に怒られる」


「そんな提案を軽々に口にしたのは貴方でしょう。ご自分の発言には責任をお持ちください」


「俺に責任感を植え付けるためだけに、自分の人生を軽く扱うな!」


 正気に戻れ、と人の両肩をがっちり掴むローラント。


 ちゃんと私は正気だ。というか、流石にそこまで意地悪じゃないわ。

 落ち着いてください、と変な取り乱し方をする彼を宥める。いつもの気だるげなテンションはどうした。


 それから暫くして、


「……まあ、お前さんの事情と覚悟はわかったよ」


「ご理解いただけたようで、何よりです。それで、」


「ああ、わかった、わかった。話は通しといてやる。ただし、親父さんには自分で話を通しておけよ。俺ァもう、お前さんの担任じゃねぇんだからな」


 渋面を作った私に、ローラントは「おいこら優等生」と呆れたように言う。

 仕方ないじゃない、優等生にだって、嫌いな人間くらいいるんだから。


 ローラントは、そんな私を見て、くくっと喉を鳴らした。


「まあ、そのくらいの方がガキとしちゃ、可愛げがあるな」


 子ども扱いしないで欲しい。とはいえ、私が子どもなのも重々承知している。だって、実年齢はまだ十四歳だし。

 複雑な気持ちになりながら「それはどうも」と、愛想のない返事をした。


 それにしても、逸らされた話の先が気になり、つい食いついてしまったが……。


 ヴィクトールとエグモンド。彼らは一体何をしたいのだろうか。

 先の噂を広めることで、一体、どんな利益が? 彼らの目的や、立場に一体どんな影響があると言うのだろうか。


 余程難しい顔をしていたのだろう。ダンマリを決め込んだ私に、ローラントが「こらこら」と気の抜けた声を発する。


「貴族のお嬢さんが、そんな険しい顔をするもんじゃねぇぞ」


「失礼。少し考え事をしてまして……」


 ふぅん、と言いながら、ローラントは長い前髪を揺らす。

 観察するような視線を感じるが、ヴィクトールのそれと違って、そこまで嫌な気はしない。やっぱり関係性って大事よね。


 ふ、と彼の視線が外れた。


「まあ、いいや」


 彼は私の表情(かお)から、何を読み取ったのだろうか。

 首筋をかき、白衣を揺らすと、ローラントは気だるげ調子のまま私の名前を呼んだ。


「あんまり根を詰めすぎんなよ。最近は魔術以外にも、コソコソ調べごとをしてるらしいしな」


「……よくご存知ですね」


「図書室の女史が引い……いや、心配してたぞ。鬼気迫る顔で書棚を睨んでたって」


 言葉選びに悪意を感じるのは気のせいですか、先生。


 私は少し視線を外し、ただの調べ物です、と誤魔化す。

 彼は物言いたげな調子で「あ、そう」と言っただけで、それ以上は突っ込んでこなかった。ありがたい限りだ。


「ともあれ、元気そうで良かったよ。お前さんもあと二年で高等部生に上がってくるんだし、そしたらまた好きなだけ勉強に付き合ってやるさ」


「嬉しいお言葉ですね。ヘア・リヒターほどお付き合いくださる先生も、なかなかいらっしゃらないので」


「そりゃどーも」


 他の方は色々と忙しいんだろうさ、というローラント。それがただの謙遜であることは、鈍い私にだってわかる。

 態度とは裏腹に、本当に真面目な先生だ。


 とんだタバコ休憩だ、と肩を竦めるその背に、しっかりと頭を下げた。


 それから、私は魔術の練習を再開する。繰り返し使うことで、私はしかと自らに刻むのだ。


 私には、風の魔術しかないのだと。






 翌日の早朝、ローラントの言う通り、私は図書室にいた。

 六人掛けのテーブルを一人で占領し、両脇には本の山が積まれている。

 

 学園(アルバイテン)の図書室は本館と呼ばれる一棟と、書庫館が二棟ある。図書室というより、もはや図書館だ。


 本館の利用は学園関係者及び王宮関係者ならば誰でも利用ができる。

 一方で、書庫館は違う。あそこにはより高度な魔術書や研究資料、そしてシュタルクに関する書物が収まっている。


 あちらの利用は高等部生に上がってからでないといけないらしい。

 しかも、閲覧許可を得るには、特定の試験をパスしないといけないとかなんとか……。


 そんな話、ゲームにはなかったじゃない!

 と憤慨したものの、それが規則だと言われれば従う他ない。だって、規則だもの。


 ぱらり、と目の前の紙面を捲る。長い間触られていなかったページは張り付いていて、開く度にパリパリと音を立てた。


「…………やっぱり、無い」


 ポツリと口から溢れるのは落胆の声。幾度も心中で繰り返されたそれは、とうとう言葉の形をとってしまった。


 本を閉じ、左の山のてっぺんに乗せる。

 そして、また右の山から本を一冊取り、目次を捲る。


 連なった文字列の中から探すのは『水』の文字。

 水質、水源、その他、なんでもいい。ルイスの命を繋ぐヒントになれば、なんだっていい。


 本当は各地の治水状況を記した書物があればいいのだが、施政者でもないのに、その手の資料が手に入るわけもない。

 なので、こうして地道に地方史や新聞、はては民間伝承を探っている。


 とはいえ、本当に……何の手掛かりもないじゃない!


 水質の記録がないなら、せめて竜人種に関する伝承くらいありなさいよ。

 作中で語られた『ミーミルの泉』に関する本すらないって、どういうこと?


 誰にともわからない苛立ちを腹の中に抱え、一冊、また一冊と本を積み上げていく。

 無意に思えるこの作業に、焦りがないと言ったら嘘になる。


 だからといって、手を尽くさずに投げ出すのも、気が収まらない。

 眉間に皺が寄る。ローラントの言葉を否定できないな、なんて頭の片隅で思った瞬間だった。


「すまない、こちらの書籍は使われているか?」


 聞き慣れない声が、かかった。


 パッと視線を向けた先には、王国騎士団の制服を着た男性が立っていた。

 長いブロンドの髪をきちっと纏めた壮年の男性は、白い手袋に覆われた手で傍らの本を指し示している。


 すぐさま立ち上がり、彼の示した歴史書を差し出す。


「いいえ、騎士様。どうぞ、ご随意にお持ちくださいませ」


「ああ、ありがとう。……気を遣わせてしまったな」


 軽く目を細めた彼は、さらりとした調子で礼を述べる。

 いえ、と謙遜する間も無く、彼は「では、失礼」と本を受け取り、颯爽と立ち去った。


「…………びっくりした。魔術師以外がいらっしゃることもあるのね」


 珍しい方との遭遇で、気鬱がすっかりどこかへ行ってしまった。ふう、と肩の力を抜き、椅子の背もたれに背中を預ける。


「少し、意固地になりすぎてるかしら」


 問いかけた言葉に、当然だが返事はない。ふう、と誰もいないのをいいことに、再度ため息を吐いた。


 閑散とした図書室で、珍しく独り言ちた私は、静かに立ち上がる。そして、本を片し始めた。

 覚悟を決めたら、すぐ行動。


 目指すは、大っ嫌いな先輩の元へ。




 

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