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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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48話


 次の教室に向かおうと、中庭を横切っている時だった。


「キミ、婚約者を探しているんだって?」


 何の前触れもなく、ヴィクトールが言った。

 誰から聞いたのかとか、どこから現れたのかとか、いろいろ言いたいことはあったが……。


 とりあえず、


「木の上から話しかけるのは、やめていただけますか」


 にっこりと笑ったヴィクトール。木の枝に腰掛けていた彼は、猫のようなしなやかさで飛び降りた。


「最近、よくお会いしますね」


「そうだね。運命かもしれないなぁ」


「……」


 嫌味だ、と言いたい気持ちを抑え、呼吸を整える。


 ヴィクトールと出会ってから、早くもひと月が過ぎた。

 バタバタしていた日々が、だんだんと日常に戻りつつある。


 そんな中、彼だけは変わらず私の心をかき乱してくる。もちろん、悪い意味で。


 放課後や昼休み、そして、今のように教室移動の合間に、彼はこうして声をかけてくる。

 もちろん、毎日ではない。毎日だったら、私のメンタルが壊れてしまう。


 ただ、油断すると現れる。いつの間にか隣に座っている猫のように。

 気がつくと目の前で「やあ」とザクロのような瞳を細めているのだ。


「それで、もう一度聞くけど……キミ、婚約者を探しているんだって?」


「別に探していませんよ。誰ですか、そんな良い加減な話を吹聴しているのは」


 さあ、誰だったかな、と嘯くヴィクトール。じとりと半目で見つめるが、彼は答えない。

 それどころか、更に続けて「ねえ、アメリア嬢」と話を掘り返す。


「もし婚約者を探しているのなら、ボクとかどうだい?」


「聞いてなかったんですか? 私、探してないって言ったのよ」


「キミは探していなくても、お父上は違うだろう?」


 思わぬ言葉に、パッと振り返る。

 ヴィクトールはニコリと笑って、「どう?」と脇道を示す。

 そこを抜ければ、人目につかない校舎裏だ。口元がひくりと引き攣った。


「私に……次の授業をサボれ、と?」


「ああ。キミの成績なら、一度のサボりくらい問題ないだろう?」


 冗談じゃない! ただでさえ、急な帰省で休みが続いたのだ。

 これ以上、楽しい楽しい授業を休んでたまるか!


 結構です、と強めの語気で断った私は、スカートを勢いよく翻した。






「それで、教室に入るのがギリギリになったんだ」


 ニコラの言葉に力無く頷く。

 ぐったりした私に、ニコラはお疲れ様、と労りの言葉をかけてくれた。優しい子だ。

 

 はあ、と少し大きめの息をつき、背筋を伸ばす。

 授業中に凝り固まった体がパキパキと音を当てて、柔らかさを取り戻した。


「……なんなのかしら、あの人」


「えー、揶揄ってるんじゃない?」


「それはそうなんだけど……」


 もちろん、彼の申し出が本気だなんて微塵も思っていない。

 だからと言って、無視ができないのは、彼が口にしたリヒャルトのせいだ。


 ただの冗談なら、わざわざそこまで裏を取る必要はないだろう。いったい何が目的なのだろうか。


 肩を落とし、教本を鞄にしまう。

 まあ、いい。今は考えても仕方のないことだ。


 彼がなんと言おうと、そして私がちっとも納得していなかろうと、ひとまず私の婚約に関しては、猶予ができている。

 鼻先にぶら下げられたニンジンに飛びつく必要はないだろう。

 

 そう、たとえ彼が()()()()()()()()だったとしても……。


「ほら、また眉間に皺」


「うっ……痛いわ、ニコラ。額を弾かないでちょうだい」


「ふふん、油断大敵だよ」


 悪戯っ子の笑みを浮かべて、ニコラは廊下へと躍り出る。

 途端、彼女は誰かにぶつかったようだ。カエルの潰れたような声がして、レンガ色のおさげが大きく跳ねた。


 慌てて駆け寄り、「大丈夫?」と声をかける。


「なんだ、お前か」


 上から降ってきた声に視線を上げれば、そこにはディートハルトがいた。

 どうやらニコラがぶつかった相手は、彼だったようだ。

 

 尻餅をついていたニコラが慌てて飛び起き、がばりと頭を下げる。


「す、すみませんでした! ヘア・ノイマンとは知らず、失礼をっ!」


「フンッ……仮にも貴族なら、お前も少しは落ち着きを持って行動しろ」


「は、はい……」


 しぼんだように小さくなるニコラを慰めるよう、背に手を添える。

 しかし、私の視線はディートハルト……を通り越して、その後ろに向いた。


「今日はルイスはいないのね」


「ひと足先に荷物を持って行かせている。身の回りの世話は、使用人が一人いれば十分だ」


 彼の言葉通り、少し離れたところにオットーがいた。

 ピシッと髪を撫で付け、直立姿勢で周囲を威嚇するように立っている。相変わらずプライドが高そうな顔つきだ。


 肩を竦め、残念、と呟く。


「また時間が空いたら、お茶でも飲みましょうと伝えてくれるかしら」


「人を伝書鳩のように使うな。言いたいことがあるなら、自分で会いに行け」


「……それもそうね。失礼したわ」


 ふむ、と考えてから訂正すれば、彼は意外そうに目を瞬いた。なんだ、その顔は。

 

 怪訝そうな様子が表情に出ていたのかもしれない。

 何かを問う前に、ディートハルトは「相変わらずおかしなヤツだな」と失礼千万をかました。


「それは、どういう意味かしら?」


「言葉に圧を載せるな。別にケンカは売っていない。ただ、お前なら何食わぬ顔で『そのくらい良いじゃない、ケチねぇ』とでも言うだろう、と思ったんだ」


 売ってるだろ、ケンカ。


 と言いたい気持ちを飲み込み「……失礼に失礼を重ねないでいただける?」とだけ絞り出す。

 私にどんな印象を抱いてるんだ、この男は。


 ディートハルトは悪びれた様子もなく「ああ、悪かった」と口先だけの謝罪をした。


 まったく、とため息混じりに話を終えようとした時だった。


「ああ、そうだ。フォーゲル」


 と、珍しく彼が私の名前を呼んだ。

 視線をあげれば、更に珍しいことに、空色が微かに和らいだ色を乗せた。


「この間の話、随分と助かった」


「……もしかして、ルイスのこと?」


「ああ、そうだ。まだまだ改善の余地はあるが、少しずつアイツのミスも減ってきている」


 ……ああ、それは良かった。

 口に出さないまでも、心の底からそう思った。


 以前、私が伝えたのは、ルイスの体質の話だ。と言っても、私だってシュタルクについて、特別詳しいわけではない。

 ただ、一緒に過ごす上で、ふと気がついたことがあった。


 彼はよく壁にぶつかる。目の前にあるものに気が付かなかったり、物を失くすことも多い。

 一方で、遠くからやってくるディートアハルトにはいち早く気付いたり、ニコラが転びそうになった時の反応は尋常じゃない。


 このことから、彼の目は夜行性のトカゲに近い特徴を持っているのではないか、と仮説を立てた。


 トカゲ——特に昼間活動するトカゲの視力は、かなり良いとされる。

 特に動体視力が発達しており、動く餌を正確に捉えることができる。

 

 だが、その分、静止物に対する識別能力は人より低いそうだ。特に夜行性の爬虫類——ヤモリなんかがそうだ。

 動かないものは背景に同化し、明確に捉えることができない。


 その話をディートハルトにしたところ、どうやら私の推測は当たっていたようだ。彼なりに随分と気を回してくれたらしい。

 安堵から、そして喜びから、口元がゆっくりと緩む。


 そして、


「ありがとう、ディートハルト。ルイスのこと気にかけてくれて」


 自然と口ついて出たお礼に、目の前の青年は瞠目する。その後、彼は二、三瞬きをした後、鼻の頭に皺を作った。


 何かおかしなことを言っただろうか、と思い、片眉を上げると、彼は再び鼻を鳴らした。


「何故、お前が礼を言う」


「え、だって……」


 友達だもの、と答える。

 これもまた意外だったのか、彼は更に大きく目を見開くと、弾けたように笑い出した。え、怖い。


 思わずニコラを庇うようにして、距離を取る。が、ディートハルトは気分を害した様子もない。

 口角を上げたまま、挑発的に「いいのか?」と問うてくる。


「相手はシュタルクだぞ」


「だから何よ」


「クククッ……いや、何でもない」


 何でもなくないだろ、とツッコミを入れたくなるような顔で笑ったディートハルト。

 オットーを呼び寄せ、今度こそ私たちに背を向けた。


 ざわつきの残る廊下に、ディートハルトたちが溶け込んでいくのを見送っていると、傍らのニコラがボソリと言った。


「ノイマンのあんな顔、初めて見たよ」


「私もよ」


「で、いつの間にあんなに仲良くなったの?」


「……これ、仲良いって言えるのかしら」


 何かを期待するような葡萄色の目に、じとりとした視線を返す。

 ニコラは最近、とみに話をそっち方面へともっていきたがる……これだから思春期は。


 期待するようなものは何もない、と彼女の視線を跳ね除け、私たちも自クラスへ戻った。



 しかし、跳ね除けられない視線が、この後向けられることになろうとは————露にも思わなかった。





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