41話
悪いわね、と言うと、アドルフは「構いませんよ」と返してくれた。しかし、表情も声色も、ちっともセリフにそぐわない。構うなら、いっそのことそう言ってくれ。
昨日、教務室に駆け込み、無事に帰省申請を出し終えた。
その旨を知らせる手紙を改めて出したい、というお願いを口実に、アドルフを呼び出す。どこか面倒臭そうだったが、彼は文句も言わず、二つ返事で承諾してくれた。
用は済んだとばかりにその場を去ろうとするアドルフ。待って、と呼び止めれば、やはりどことなく迷惑そうに足を止める。
「アドルフもこれからお昼よね? 一緒にどうかしら」
出来れば二人で、と付け加えたそれに、少しだけ眉根を寄せた義弟。しかし、珍しくあっさりと、彼は頷いた。
それから暫くして、学食のメニューとしては豪華過ぎる食事を前に座る私とアドルフ。
私は、アドルフがその半分ほど平らげたタイミングで、ようやく本題を切り出した。
「少し、話を聞いてくれるかしら」
夜色の髪の向こうで、嫌そうな気配を醸し出すアドルフ。しかし、外聞というものがあるのだろう。
彼はナプキンで口元を拭いながら「どうぞ」と素っ気なく答える。昼時の食堂程、人目につく場所はない。彼が見栄っ張りで、本当に良かった。
では遠慮なく、と前置きをすれば、彼は湖水色の目で不満を訴える。が、口にされない文句を受け付けている余裕はない。
「相談があるのよ」
私は、そう切り出した。
少しだけ落ちた私の声に、彼は「珍しいですね」と揶揄う。
「私の誘いを素直に受ける貴方程じゃないわ。槍でも降るのかしら?」
「降るとしたら、義姉上が家に帰るなんて言うからですね。決死の覚悟を決めた顔で誘われれば、僕だって少しばかりの同情心か湧きます」
らしくないのはお互い様、という事らしい。
ふう、とため息を吐き、背筋を伸ばす。アドルフも僅かに顎を引き、ようやく聞く姿勢を取った。
「昨日、ギルベルトに『自分と婚約してはどうか』と問われたわ」
「……ほう。それは、何と言うか……欠片も興味を持てませんが、おめでとうございます」
「怒るわよ……いや、今のは私の話の切り出し方が悪かったわ。ごめんなさい。違う、そうじゃないの。ギルベルトにそういう意図はないわ」
ひらりと手を振り、今のやり取りを無かったことにする。今のだと、まるでギルベルトが私に好意を抱いていて、それを受けた私が浮かれているみたいだ。
仕切り直すよう飲み物に手を付けたアドルフが、グラスから手を離す。それを見計らって、私は改めて義弟の顔を見る。
リヒャルトとは似ても似つかない、人形のように可愛らしい顔だ。
「お義父様の話を断りたいのよ。けれど、おそらくあの人は、そう簡単に折れないわ」
「でしょうね」
「……お義父様を納得させられる相手と、一時的に婚約をして……とも考えたのだけれど、それも相手に失礼な話でしょう? それに、そもそもそんな都合の良い相手も居ないもの」
「ああ……それでギルベルトの話が出たんですね」
「ええ、まあ……そうね」
歯切れの悪い返しに、アドルフが「何か間違いでもあるのか」と言いたげな顔をする。
しかし、その話を始めると本題からずれてしまう為、割愛。何でもないと身振りで示す。
アドルフはすぐに興味を失ったようで、まあ良いですけど、と話を戻す。
「ギルベルトには申し訳ないけれど、断りを入れたわ。きっと彼ではお義父様は納得しないもの」
「そうですね……さすがに表立って見下したりはしないでしょうが、良い顔はしないでしょう。そもそもヴァイツゼッカー家とは、既に繋がりがありますしね。どうせなら、より有力な家との方が良いでしょう」
「そういえば、貴方、最初からギルベルトとは知り合いだったものね。昔から親しいお家なのかしら?」
私の発言が何かおかしかったのだろう。数回目を瞬いたアドルフは、何を言っているんですか、と呆れたような声を出した。
「ヴァイツゼッカー子爵は、母様の従兄弟じゃないですか」
…………何だって。
思わず顔をしかめた。何それ知らない、と顔に書かれていたのだろう。
アドルフが、とうとう表情を隠さなくなった。間抜けを見るような顔で「冗談でしょう?」と呟く。
「家系図を見た事が無いんですか?」
「お、お義父様の血筋ばかりを見ていたわ……そちらの方が聞かれる事が多いんですもの」
「呆れた……本当に付け焼き刃な知識で、今までやり過ごして来たんですね」
ぐうの音も出ない。いくら貴族になって覚えることが多かったからといって、義母方の家系を軽んじていたなんて……。
いえ、勿論そんなつもりはないけれど、そう思われても仕方ない。これは怠慢だ。
そういえば、母様の目は子爵のそれに似ていたなあと、アドルフの言でようやく思い出す。
ああ、なんて鈍い頭なのだろうか。視野が狭いにも程がある。
ということは…………そうか、ギルベルトは遠縁とはいえ、身内なのか。
ゲーム内では明かされなかった関係性に頭がついて行かず、思わず心内で悲鳴を上げる。書いとけよ、解説書のプロフィール欄!
「…………まあ、義姉上の粗忽さはともかくとして、」
ああ、義弟の視線が氷のように冷たい。
「婚約相手の当ても無いのでしょう? どうするおつもりですか?」
「……それを、相談したいのよ。お義父様の事なら、私より貴方の方が詳しいと思って」
リヒャルトの子供として生きた年月は勿論、彼の方が長い。その上、私はフォーゲルの姓を授かってからも、必要以上にリヒャルトとの関わりを持たなかった。向こうも特に望まなかったようだし。
勿論、アドルフとて、通常のような父子関係を築いていたとは言い難いだろう。しかし、それでも私よりはマシだ。少なくとも、自ら歩み寄ろうとした過去のある、彼の方が。
しかし、薄情な義弟の言葉は、容赦なく私を切り捨てる。
「知りませんよ。大人しく婚約でも結婚でもすれば良いんじゃないですか」
「驚く程冷たいわね!」
思わず言葉に感情が乗ってしまった。ビクッと細い肩が怯えるように震えた。
慌てて空咳で誤魔化し、アドルフを睨み直す。しかし、彼が怯んだのは一瞬で、すぐに「仕方ないじゃないですか」と肩を落とした。
「僕だって父様に逆らった事が無いんですから。正直なところ、義姉上が嫁ごうと嫁ぐまいと、どうでも良いです。が、父様を怒らせるのだけは、勘弁ですからね」
「……本当に余計な一言が多いわね、貴方は。そういうのは、心の中に留めておきなさいよ」
やはり自力でどうにかするしかないらしい。脱力する私に、アドルフは「まあ……」と視線を明後日の方へと向けながら、言葉を続ける。
「意見を翻す事は難しいでしょうが、交渉する余地はあるんじゃないですか?」
「……具体的には?」
「父様の目的を考えれば、動かせそうな条件は決まってます。そこに焦点を当てて、話し合えば良いのでは?」
後は自分で考えて下さい、とアドルフは食事を終えた。
言葉こそ冷たいものの、彼なりに助言してくれた事に礼を述べる。
別に、と視線を逸らしたアドルフは、片される食器を尻目に、思い出したように顔を上げる。
「ああ、そうだ。義姉上」
「何かしら」
「当日は僕も帰りますので、馬車の席を空けておいて下さい」
荷物は控え目に、と言い残し、アドルフは席を立った。
ああ、本当に一言多い義弟ね!




