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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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40.5話

side:ギルベルト

 

 帰省申請をして来ると言ったアメリアが席を外した後の事だ。


 芝生の上に、仰向けになるように倒れ込んだギルベルト。その顔を両手で覆い、小さく無いため息を吐いた。


「無理しちゃって……バカだねぇ」


 そんな、言葉とは裏腹に、揶揄う意図のない声が彼の耳に届く。倒したばかりの半身を僅かに上げ、声の方を辿れば、ゼラニウムが咲き誇る花壇に隠れるよう、煉瓦色の髪が見えた。


 どうやら、声をかけてきても、そこから動く様子は無いらしい。


 ギルベルトは再度、今度は小さなため息を吐き、立ち上がる。ゆっくりと彼女の元へと歩を進め、覗き込んだ。葡萄色の瞳が、ちらりと冷めた視線を投げかける。


「いつから居たんだよ」


「結構始めの方から。同じ人を探してたんだから、同じ場所に辿り着くのは仕方ないでしょ」


 声かけてくれれば良いのに、と口を尖らせるギルベルトに、ニコラはやれやれとやけに大袈裟な動作で肩を落とす。ギルベルトは怪訝そうに眉をひそめた。


「何だよ」


「べーつにぃー…………私が居たらアメリアだって話にくかったと思うし、これで良いんだよ」


 拗ねるように膝を抱え、ゆらゆらと体を揺らすニコラ。不貞腐れているような口調だが、反面その表情はやけに冷静そうだった。ニコラの横で体を屈め、そのつまらなさそうな顔を覗き込む。


「ヤキモチか?」


「……そんなんじゃないよ」


「じゃあ、何不貞腐れてるんだよ」


 不貞腐れてないよ、とニコラは更に顔を背ける。


 拗ねた子供のような物言いに、ギルベルトはいつものような苦笑を浮かべる。その顔を横目で見たニコラは、ぐっと眉を寄せた。


「またそうやって、子供扱いする」


「してねぇよ。ニコラもアメリアも、はっきりと物言うわりには、変なところで遠慮するからな。一人くらい何でも言える相手が居ても良いと思うだけだよ」


 その場に座り込み、聞く体勢を取るギルベルト。ニコラは考えるようにくるりとその目を回すと、じゃあ言うけど、と膝を倒し、ギルベルトと向き合う。


「ギルベルトこそ、何でも言える相手がいるわけ?」


「いるだろ。ニコラにもアメリアにも、何でも話して、」


()()()?」


 圧をかけるように身を乗り出すニコラ。今度はギルベルトが眉間にシワを作る。

 返された無言を、心当たりがあると受け取ったニコラは、ほらね、と言わんばかりに腕を組み、座り直す。


「『好き』の一言も言えないくせに、強がっちゃって」


 からりと晴れたようなニコラの声色は、呆れたような雰囲気を感じさせた。


 険しい顔付きは既に解かれ、本来の————面倒見の良い姉を彷彿させるような表情で、ニコラはギルベルトを見つめる。


 肩を落とし、少しだけ顔を赤らめたギルベルトは照れを隠すように頬をかいた。


 いつから、と問えば、結構始めの方から、と聞いたばかりのやり取りが繰り返される。


「入学してすぐ気付いたよ。アメリアの事が好きなんだなぁって」


「……うん、……そっか。ニコラはよく見てるな」


「ギルベルト相手じゃなきゃ、アメリアだって気付いてたと思うよ。人の感情に鈍いわけじゃないし」


 含みのある言葉に、ギルベルトはどこか納得するように眉を落とす。そして、だよなぁ、と困ったように呟く。首筋に手を当て、悩むように首を捻った。


 しかし、隠しきれない喜色が、彼の若草の瞳をより一層青々とさせる。そんなギルベルトの表情に、訝しむように眉を寄せたニコラ。


 ちょっと、とどこか責めるような声色で、彼女はギルベルトを見上げる。


「わかってる? 私たち今『ギルベルトも大概だけど、アメリアも大分ギルベルトを神聖視してるよねー』って話をしてたんだよ?」


「わかってるよ……というか、オレは別に、」


「してる。この際だから言っておくけど、二人の信頼関係って、ちょっと異常だから。ルイスの時も思ったけど、ギルベルトって、アメリアは絶対に他人に対して悪意を持たないって思ってない?」


 有り得ないよ、とニコラは断言した。


 数分前まで微笑ましさを残していた二人は、互いに表情を落とし見つめ合う。

 一文字に引き結ばれた口元。どちらが先に開くのか、そのタイミングを見定めるように顔の動きを観察する。


 最終的に言葉を発したのはギルベルトの方だった。


「夕飯、間に合わなくなるな。鞄取って、帰ろうぜ」


 そう言って立ち上がるギルベルト。


 確かに、だんだんと日は翳り、赤色に染まっていたゼラニウムも元の色を取り戻し始めている。白い花を背に、ニコラは言葉を発しようと口を開いた————が、すぐにやめた。


 大人しくギルベルトの言に従い、腰を浮かせスカートを払うニコラ。鞄のある教室までの道のりを、ゆっくりと歩き出した。






 荷物を持ち、通い慣れた寮までの道を歩く。その間二人の間で交わされた言葉は、少なく、必要最低限のものだった。


 珍しく静かな下校。足音がこんなにも鮮明に聞こえる事があっただろうか、とニコラは視線を落としながら記憶を探る。


 こんな風に気まずくさせるつもりはなかった、と自らの失言に眉根を寄せる彼女に対し、ギルベルトの表情からは、彼が何を考えているのか全く読めない。


 落ち着かない空気の中、溶けてしまいそうなほど静かな声で、ギルベルトは訥々と話し出した。彼にしては珍しく、何の前置きもない語り出しに、ニコラはうっかり聞き逃してしまいそうだった。


 自然と視線を上げるニコラ。視界に収めたギルベルトの横顔からは、いつものような柔らかな温度を感じないな、と思った。


「オレさ、自惚れかもしれないけど、アメリアに好かれてる自覚あるんだよ。……でも、多分それは、オレがアメリアに対して思ってるのと違って、家族とか、もっと近い相手に向けるものだと思うんだ」


 故郷を離れ、家族と別れ、友を失った彼女に、唯一残された旧知の存在。

 それが、ギルベルトだ。


 貴族になる前の、小さな田舎町で育ったアメリアを知り、時間と共に朧げになる、決して帰ることのない故郷を思い出させる。そんな相手を、アメリアは当然特別に思っている。


 だからこそ、それは異性に向ける単純な好意とは異なる。

 郷愁や家族への想いも入り混じった、宝物のような感情。それを、ギルベルトは感じ取っていた。


「だから、アメリアの中では……多分だけど、オレはヴァイツェンシュタットで一緒に過ごした、七歳の子供のままなんだ」


 無邪気で、前向きで、真っ直ぐにアメリアを慕う同郷の友人。

 背が伸びても、顔付きが大人びても、その姿勢は変わらず、アメリアに対する想いも変わらない。変わらないと、そう信じているのだろう。


 七歳の子供が抱く好意と、十四歳の思春期の少年が抱く好意が、変わらぬ物だと思っているのだろう。


 それは、アメリアの精神面が大人びているからこその思い違いであり、変わらなければ良いという彼女の願いが、その変化を気付かせていないに過ぎない。


 けれど、それと同時に、ギルベルトはそれで良いとも思っていた。


「オレは、アメリアがそう望むならそれで良いんだ。オレが子供である事で、少しでもアメリアの心が安らぐなら、それで良い」


「……それで良いの? それでギルベルトは何を得られるわけ?」


 ニコラが思わずといった様子で口を挟む。元々お喋りな性格故に、黙って話を聞いている事に耐えられなくなったのだろう。


 昂りそうになる感情を、無理矢理押さえつけたかのような問いかけ。質問を投げかけられたギルベルトは、ようやくその視線をニコラへと向けた。


 ぐっと寄せられた眉は怒っているようにも見えるが、決して彼女の心を支配する感情が、怒りでない事をギルベルトは理解している。


 だからこそだろう。

 やんわりと目を細め、僅かに笑みを浮かべる。



好きな人(アメリア)の幸せ」



 オレは、それが欲しい。


 そうきっぱりと伝えるギルベルトに、ニコラは思わず言葉を失くす。


 ぶつけたい言葉はたくさんあった。しかし、どれを口にしても、既に心を決めたギルベルトには届かない事がわかってしまった。


 どこまでも一途で、どこまでも純粋無垢なその願い。自分の想いを伝える事よりも、彼女の望む自分で在れる事が望ましい。


 彼女の安らぎになれる、力になれる、支えになれるのであれば、それで良い。それが、良い。


 隣に立つ友人は、そう言ったのだ。


「ニコラの言うとおり、誰に対しても優しくて好意的な人間なんて有り得ない。少なくとも、アメリアには無理だ。アイツは聖人なんかじゃない。でも、オレはそれを疑わない。アメリアが『そんな感情を誰かに抱くかも』なんて疑わない。


 少なくとも、七歳のオレだったら疑わない」


 困ったように————しかし、いつもよりも少しだけ自嘲的に笑うギルベルト。きっと、彼は自分がおかしいという事を自覚しているのだろう。


 表面的に見れば、盲信的だと言っても過言ではない。けれど、そう称すには、彼に自覚があり過ぎる。


 故に、ニコラは思った。これが、彼の愛情の示し方なのだ、と——……






 寮の前で別れ、ニコラは一人になる。


 だんだんと小さくなるギルベルトの後ろ姿を見つめ、別れ際にした約束を思い出す。元気のないアメリアを元気付ける為、週末にまたみんなでお茶会でも開こうというものだ。


 どこまでも、彼の行動はアメリアが中心らしい。


 あーあ、と付いたため息はそれ程大きくなく、溶けるように消える。


「……私で妥協しておけば良いのに」


 叶わないとわかっていた。わかってはいたけれど、そう簡単に割り切れるものでもない。子供の頃から、自分はギルベルトと結ばれると思っていたのだから。


 恋い焦がれるような恋はしていないけれど、由緒正しき貴族のように婚約もしていないけれど、そういうものだとニコラは思っていた。


 少なくとも、ニコラは、学園に入るずっとずっと前から、ギルベルトの事を知っていた。一方的に、知っているだけだった。


 それでも、ギルベルトとニコラが婚姻関係になれば、双方の家に、そう、彼の言葉を借りるならば————互いに利益があった。


 ただ、それだけの話だ。






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