33話
ニコラとギルベルトの待つテラスに向かう間、ルイスは何度も私に様子を伺った。本当に自分の存在はニコラを不快にさせないか、ギルベルトをがっかりさせないか、と。
その度に、私は大丈夫だと繰り返す。
「不安なら手を繋ぎましょうか?」
と申し出れば、彼はぷるぷると赤い顔を横に振った。
さっきだって繋いだじゃないか、と言ったら、茹ってしまいそうなほどに。
「大丈夫よ。自分から話したいと言った相手を、理不尽に罵るような子ではないから」
「……はい」
ニコラたちの姿が見えると、隣から緊張が伝わってくる。
ギルベルトがこちらに気付き、ひらりと手を振ってくれた。
彼はこうなることがわかっていたのだろう。突然のお誘いにも関わらず、二つ返事で承諾してくれたのだから。
私も軽く手を振り返し、さて、とルイスに向く。
「さあ、行きましょうか」
「はい」
近付くと、ニコラとギルベルトが揃って立ち上がる。
何か言いたげに口を開き、再び閉じるニコラ。その挙動はいつも以上に落ち着きがない。
ルイスもつられるようにおろおろと視線を彷徨わせる。
一旦紹介でもして、間を空けさせようと一歩前に出る。
と、ギルベルトが困ったように笑った。
「良いよ、アメリア。正式な社交場じゃないんだから、自己紹介くらい自分でできるって」
まだ何も言ってないのに、私のお節介焼きな行動をよく理解していらっしゃる。
そう、とその場を譲れば、ギルベルトは人好きのする笑みでルイスに手を差し出した。
「ギルベルトだ。よろしくな」
「あ、はいっ……あの、の、ノイマン公爵家で、お世話になって……おります、ルイスと申します」
お見知り置きを、と頭を下げようとして、ギルベルトの手に気付く。
視線を彷徨わせ、触れて良いものかと迷う素振りを見せるルイスに、ギルベルトが苦笑を浮かべて手を揺らした。
「ほら、早く。疲れちゃうだろ」
「は、はいっ!」
ギュッと思いの外、力一杯握ってしまったのだろう。ギルベルトが小さく息を飲んだ。
鱗の付いていないルイスの地肌がサッと蒼ざめる。
「も、うしわけっ……!」
「大丈夫、大丈夫。宜しくな、ルイス」
ギルベルトの笑顔に押されるように、ルイスは小さく「……はい」と答えた。
今度はニコラの番だ。視線を彼女に向けると、ギルベルトの挨拶に背中を押されたのか、ニコラは自ら一歩前に出た。
「……カウフマン家の、ニコラです」
「あ、は、……はい、あの……改めまして、ルイスと申します。あの、ノイマン家の……使用人を、しておりまして……えっと……」
仕方ないとはいえ、随分ぎこちない。
ニコラから助けを求めるような視線を感じたが、私は気付かなかったフリをした。
代わりに、ギルベルトと共にお茶の準備を進めておこう。
突然、ニコラがひっくり返りそうな声で、ルイスの名を呼んだ。パッと恥ずかしそうに口元を押さえたが、すぐに改める。
姿勢を正し、それから、綺麗に頭を下げた。
「ルイス……昨日はごめんなさい。傷付けるつもりはなかったなんて、言い訳をするつもりはない。けど、きちんと謝りたかった」
「そんな、俺は気にしてません。……フラウ・カウフマンの反応は正しいです。俺の方こそ、気に病ませてしまったみたいで、申し訳ないです」
落とされる眉に、ニコラは少しだけ眉をひそめる。ぐっと唇を噛んだのは、一瞬の事。すぐに、目の前に立つ異種族の少年を呼ぶ。
黄金色が、ゆっくりとあげられる。
「あんな言葉を言った私が言える事じゃないんだけど、私、そういう風に見られるのが嫌だった。クルークがみんな、シュタルクを毛嫌いしてる、みたいなの」
矛盾してるってわかってる、とニコラは言った。
そう見られるのが嫌だからシュタルク全体が嫌になった、自発的に避けるようになった、と。
一方的な言葉を、ルイスは静かに聞く。ゆっくりと瞬く黄金色を、初めは真正面から見られなかったニコラ。
しかし、今はその葡萄色にいつものような強さを含んで、ルイスを見つめ返している。
「本当にごめんだけど、私はアメリアみたいに、シュタルクを好意的に見ることはまだできない。正直、ルイスの事も、今は苦手」
「……はい」
「でも、でもね。今回は、私が……私の言葉が、ルイスに『やっぱりクルークはシュタルクを嫌がってるんだ』って思わせたから、それは撤回したい……し、そういう誤解を、私の態度がまた作ってるんだって反省したの」
はい、とルイスが答えると、ニコラはようやく少しだけ口元を緩めた。きっと、ルイスの声が驚く程優しかったからだろう。
「ごめんなさい。それだけは、言っておきたかったの」
「はい。……俺も、失礼をいたしました。俺の態度が、フラウ・カウフマンに不快な思いをさせてしまいました」
気を付けたいと思うのですが、と僅かに目を伏せるルイスに、ニコラは「だから」と語調を強める。
「こういう考え方ってすぐには直らないよ。私も……貴方も。今まで、そうやって生きて来たんだもん」
仕方ないよ、とニコラが言うと、ルイスも仕方ないですか、と相槌を打つ。うん、とニコラが頷くと、ルイスは不思議そうに頷き返した。
互いに、意味もなく頷き合う二人。会話に困った時によくやるニコラの癖に、律儀に付き合うルイス。
やれやれ、と肩を落とし、ひと息ついた。取り敢えず、これで一件落着という事で良いだろうか。
ギルベルトの方を向くと、彼はまるで子供を見守るような目でニコラを見つめていた。
はたと目が合うと、彼もやれやれと言いたげな表情で苦笑する。本当に世話が焼けるわね、と無言のまま私も同じ顔をつくる。
私たちのアイコンタクトに気付いたわけでもないだろうが、ニコラの目がこちらに向く。濃い紫が少しだけ泣きそうだ。
「ニコラ、言いたい事は全て言えたかしら?」
「……うん……あ、あと一個ある」
途中で思い出したように、ニコラは改めてルイスに向き直る。身構えるように背筋を伸ばす彼に、ニコラはす、と片手を差し出した。
「さっき、しなかったから。……急に仲良くって、お互いに無理だと思うけど……というか、私ができないんだけど。それでも、してくれたら嬉しい」
その手を見つめたルイスは、少しだけ困ったような顔で小さく微笑んだ。表情とは裏腹に、拳は握られたままだ。
力加減が上手くできるかわかりませんが、と断りを入れるルイスに、ニコラは無言で差し出した手を揺らす。
「……俺は、シュタルクです。……けど、許されるのであれば、貴女と友達になりたいです」
迷惑でしょうか、と何処かで聞いたような彼の言葉に、ニコラは驚いたように目を見開く。
私が思わずルイスの名を呼べば、彼ははにかむように「アメリア様の、真似です」と白状した。
「俺、友達の作り方がわからないので。……でも、もし、フラウ・カウフマンがご迷惑でないと言うのなら、俺は貴女と友達になりたいです」
そう言って、彼はニコラの手を————ギルベルトの時よりもずっと優しく触れる。手を合わせる、に近いその握手に、ニコラは少しだけ口を閉ざし、すぐに大きなため息をついた。
「あのね、ルイス。私、貴方のこと苦手って言ったんだけど」
「はい……あの、すみません。やはり、ご迷惑でした、よね」
「普通はね。でも、私は……ちょうど、このシュタルクへの苦手意識をどうにかしたいって思ってたし、その……もし、ルイスが嫌じゃないなら、急に友達は無理だけど、……知人くらいなら」
良いよ、とニコラが答える。ルイスの顔がふわりと花開くように輝いた。そして、案の定彼は言う。
「嫌なら、提案など致しません! 是非!」
ニコラが物言いたげな顔でこちらを見た。気持ちはよくわかる。が、甘んじて受けるように。
眩しくて見ていられないといった顔のニコラと、嬉しくてたまらないといった顔のルイス。そんな二人を見比べ、最後にギルベルトへ顔を向けた。
どこかホッとしたような表情を浮かべた彼は、私と視線がぶつかると、悪戯っ子のように目を細めた。
上手くいったな、と声に出さず、彼は笑う。そうね、と私も頷くだけに留めた。
さて、とキリのいいところで、私は柏手を一つ打つ。
「それじゃあ、そろそろお茶会を始めましょうか」
私の声に、三人は揃って賛同の声をあげた。




