32話
翌日、お茶の準備を二人に任せ、私は一人ルイスの元へと向かう。ディートハルト曰く、仕事がない時のルイスは、一人で庭園にいることが多いらしい。噴水の水を、ボーッと眺めているんだとか。
滅多に行くことのないそこへ向かえば、確かに彼はいた。植え込みに隠れるよう、膝を抱えて座っている。
私に気付くと、彼は音を立てて立ち上がる。
「ご機嫌よう、ルイス。今、お時間良いかしら」
私の挨拶に、彼は言葉を探すように挨拶を返す。そして、すぐに「あ、俺、これからディートハルト様のところに」と私の言葉を断り始める。今、私が誰のところから来たかも知らずに。
「悪いけれど、貴方の予定は既にディートハルトから聞いているのよ」
私の言葉に、ルイスはわかりやすく挙動を示した。そうでしたか、と服の裾を弄り始めるルイスに、私は近付く。
びくりと肩を揺らしたルイスが、どこか申し訳なさそうな顔付きで数歩、詰めた分の距離を開けた。
じ、と視線で不満を主張するが、ルイスはそれを逸らす事で流した。……まあ、良い。
「昨日はごめんなさい。不快な思いをさせてしまったでしょう」
「……いえ、アメリア様がお気になさる事ではありません。むしろ、俺が悪いのです。身の程を弁えず、貴女の親切を当たり前のように享受してしまったから」
「与えられるものを受け取って何が悪いのよ。あれはニコラと、私の配慮の至らなさがいけなかったんだわ」
しかし、ルイスはふるふると頭を振った。合わない視線は落とされたまま、地面の一点を見つめている。
これは、きっと平行線だ。私の主張も、ルイスの主張も、折れる事はないだろう。
「ルイス、私の貴方とお友達になりたいという気持ちに変わりはないわ」
まっすぐに、こちらを見ないルイスの目を呼ぶように私は言った。
頑固者はお互い様。ならば、今はどちらが悪いかを言い合うよりも、今後どうしたいかを言うのが良いだろう。
何度も言うが、私はルイスと友達になりたい。
ゲームのストーリー上仲良くしておいた方が良いとか、彼の持つ水の属性魔力が今後役に立ちそうだとか、そういう下心が無いと言ったら嘘になる。彼と親しくなる事で解決に向かう事案もある。
しかし、それを抜きにしても、私は今現在ルイスに対し好感を抱いている。……勿論、恋愛という意味合いはなく。
真面目で礼儀正しく、控えめで恥ずかしがり————およそ男性を示す言葉では無いが、大和撫子のような少年だ。従者としての彼がどうであるかは知らないが、人としての彼は、とても心地の良い人物であるように思う。
何より——これは、とても酷い表現なのだろう。言うべきでは無いのかもしれないが、敢えて口にするならば——私は彼に同情をしている。
好感の持てるルイスが、その種族から引け目を感じ、こうして空いた時間を独りで過ごす事に、私は遣る瀬無さを覚えるのだ。
これまでの時間を一人で過ごして来た彼を、これ以上孤独なままでいさせたくない。そう思うのは、きっと私の一方的な我が儘で、押し付けのような憐れみなのだろう。
それでも良いと開き直れるだけの思い切りの良さが無いから、私は彼との友情を求めているのかもしれない。憐れむくらいなら、せめて側にいてやりたいと。
口籠るルイスは、それでも小さく「お気持ちは嬉しいのですが、」と断りの言葉を述べようとする。
ああ、これが本当に迷惑だと思われての言葉だったら、どんなに簡単な話か。
黄金色の瞳に、私に対する嫌悪や不快感があれば、私はすぐにでも謝罪と共に友人たちの元へ戻っただろう。けれど、決してこちらを向かない目からはそれらが読み取れない。
一か八かなら、私は良い方に賭けてみる。
「失礼するわ」
そう言って、ルイスの言葉を遮り、無理矢理その腕を組むように取る。
一気に詰められた間合いにか、ルイスは思わず後ずさろうとするが、下手に暴れると私を傷付けると思ったのだろう。すぐに抵抗は無くなり、そのまま歩き出す私に着いて来る。
「ちょ、待っ……アメリア様!?」
「ごめんなさいね。話が途中なのだけれど、今日はあまり時間が無いのよ。だって、そうでしょう? この後、私たちはお茶会もしなければならないんだもの」
昨日の約束は覚えているかしら、と問えば、ルイスはようやく合った目を大きく見開いた。
俯き立ち止まるルイス。つられるように私も足を止めた。小さい声で、困ります、と彼が言うのが聞こえ、振り返る。
「……私の行動は、迷惑かしら」
「…………はい。迷惑です」
「それは、私の目を見て言える言葉かしら?」
黙り込むルイス。少し間を空けて、彼は「フラウ・カウフマンは、俺がいるとお嫌でしょう?」と言った。
伏せがちな白銀の短い睫毛が、僅かに震えている。泣いてしまうだろうか、と心配になったが、私は正直に答える。
「大喜びでお出迎え、とはいかないでしょうね」
「なら、」
「けれど、貴方と話したいと言ったのも彼女よ。ニコラに貴方を傷付けるつもりはなかった。だからと言って、私からあの子を許してほしいとは言わないわ」
けれど、と言葉を区切り、ルイスの反応を伺う。
どこか遠くを見るような目をしていたルイスは、言葉の続きを促すようにこちらを向いた。
夜空に浮かぶ月のように、キラキラと輝く瞳。今にも張った水膜がこぼれ落ちそうだ。
「けれど、チャンスを頂戴。ニコラに貴方を知ってもらいたいように、私は貴方にもニコラを知って欲しいわ」
「…………俺は、フラウ・カウフマンを恨んではいません」
消えそうな声でルイスは答える。ゆっくりとした瞬きで、彼は器用に涙を零す事なく目を伏せた。
「あれが、当たり前の反応です。従者が————ましてやシュタルクが同席する茶会なんて、おかしいです」
そんな事はない、とすぐに否定しようとした。しかし、ルイスの囁くような言葉が、それを飲み込ませる。
「アメリア様が、貴女が特別なのです。
————俺が、怖くはないのですか?」
聞き覚えのある言葉に、私はハッとなる。知っている。私はこの言葉を知っている。
ゲームで、同じ問いをアメリアが受けた。
どう答えれば、自己評価が低く、頑なに他者と距離を置こうとするルイスの心を開かせることが出来るのか。私はよく知っている。
『当たり前じゃない。優しい貴方のどこが怖いのよ』
そんな、テンプレートのようなセリフだ。シンプルで、捻りのない————素直な言葉。
けれど……けれど、それではダメだ。
どんな簡単な言葉であるかは関係ない。
あれは、本心から出たものだからこそ、相手の心に響く。
私が、アメリアの言葉を引用したって、私がそう感じていなければ意味がない。
私の言葉でなければ、意味がないのだ。
眉間に皺が寄る。
きっと傍目には、私が怒っているように見える事だろう。実際、苛立ちは感じているのだから、間違いではない。
その苛立ちを隠すことなく、私は問いかける。
「何故?」
ルイスの表情に、少しだけ怯えが見えた。
「何故、貴方が怖いの?」
「っ……、お、俺は、シュタルクです」
「そうね。私はクルークだわ」
だからどうした、と言外に問えば、ルイスは困ったように言葉を重ねる。
「シュタルクは、野蛮な種族です」
「あら、そうなの? ルイスがそうとは見えなかったけれど」
「……俺だって、怒ったら、あ、貴女を傷付ける、かも」
「それなら私も野蛮だわ。怒ったら、義弟を平気で殴るもの」
ルイスの目が驚きで大きくなる。一瞬、言葉を失くしたのか「え……あ、……そう、なのですか」とどこか引いたような反応をする。引かないで。
しかし、すぐにハッとして、再び卑屈さを取り戻す。
「……お、俺の肌は、こんなですし」
「きめ細かい綺麗な肌じゃない。羨ましいわ」
「鱗の事です!」
頬を染め、声を荒げるルイス。慣れない大声で、責めるように言葉を続ける。
「俺はっ……貴女たちと違って、普通じゃないんです! なのに、なんでっ……!」
「あのね、ルイス。もし、人と違う事に恐怖を覚えるのだとしたら、貴方も私たちに恐怖を覚える筈だわ。だって、貴方からしてみたら、私は鱗も無ければ、爪だって鋭くも無いんだもの」
貴方は私が怖いかしら。
いつの間にか、離れていた手でもう一度ルイスの手に触れる。指先に鱗の存在を感じ、そのまま手ごと握り締めた。
見上げたルイスの目が、ふやけるように滲む。
「っ……こわ、いです」
「え、嘘でしょ」
思わず声に出た。それに少しだけ笑ったルイスは、少しだけ鼻が詰まったような声で「怖いです」と重ねる。二度も言われた。
「アメリア様の手は柔らかくて、俺の手で触れたら、簡単に傷付いてしまいそうです」
「どれだけヤワだと思われてるの。ちり紙だってもう少し頑張れるわよ」
「……俺は、アメリア様に、嫌われるのが怖いです。俺のせいで、アメリア様が友人たちから孤立するのが嫌です。恥をかくのが嫌です」
だから貴女と居るのが怖いです。
そう困ったように笑うルイスに、私はバカね、とつられる。そんな事を言う人を、一体誰が嫌うと言うのか。
良かった。親しくなりたいと願っていたのは私だけでは無かった。良かった。本当に良かった。
これで、彼の命を救う事ができるかもしれない。




