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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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30話

 

 ノックを三回鳴らし、失礼致しますと扉を開ける。


 膨大な量の書籍と書き殴りが走るメモ用紙。得体の知れない魔術用具らしき物体や、見慣れた試験管等の実験道具———その奥の窓際で、彼は「おう、来たか」と片手を上げた。


「時間通りだな、アメリア」


「……校舎内は禁煙では?」


「だから窓枠に座ってんだろ」


 煙草は外に出ている、と言うローラントに眉が寄った。そういう問題ではない。


 眉根を寄せつつ、空いた応接スペースに腰掛け、ローテーブルに勉強道具を置く。手慣れたように荷物を広げる私に、ローラントは「一分だけ待っててな」と煙を吐き出した。


「灰皿持って行きましょうか?」


「いや、さっき持って来て……どこ置いたっけな」


 こらこら痴呆には早いぞ、と心の中で呟き、視線を彷徨わせるローラントと共に灰皿を探す。すぐに見つかったそれを持って近付けば、彼は「おー、ありがとうな」と笑った。さりげなく煙草を遠ざけるあたり、気を使って頂いているのだろうか。


「んで、今日は何が知りたいんだ?」


 落ち着いた声色で問われるそれは、私が彼の元へ学びに来る回数が決して少なくない事を示している。


 そもそも、特別趣味を持たない私が放課後にする事なんて、エルフリーデのところに行くか、友人と茶を飲むか。あるいは、勉強しか無い。どうせ学園敷地内で寝泊まりしているのならば、教職員は有効活用すべきだろう。


 別に好感度を上げたいわけでもない私がローラントのところに通うのは、そういう意図も含まれる。勿論、別の理由もあるのだが。


「水の魔術について教えて頂こうかと」


「今度は水か……地属性はもう良いのか?」


「はい。正直、まだ調べたかった事はわかっておりませんが、先生もご存知ないとなると、後は自分でどうにかしてみせます」


「地属性で風読みを超える諜報魔術なんて、どの魔術書にも載ってなかったからなぁ……そもそも諜報魔術自体、風属性の専売特許みたいなところがあるし」


 使えんわけじゃ無いんだが、と眉間にしわを寄せるローラント。まあ、そうだよね。


 魔術傾向にも、属性によって向き不向きがある。戦闘魔術は火属性が最も豊富だし、物質変換系の魔術は地属性が得意とする。回復魔術や浄化魔術はむしろ水属性しか扱えない。

 クルークによる魔術開発の意識が、得意を伸ばそうという傾向にあるが故の偏りなのだろう。


 ううむ、と頭を抱えたのは数分、まあ良いやとローラントは柏手を打った。


「はい、休憩時間しゅーりょー。お仕事モードに入ります」


「宜しくお願いいたします」


 吸い殻を片し、ローラントと私は向かい合うように座る。図書室や教本をざっと確認しつつ、ローラントは「にしても、本当アメリアは変わってるな」とボヤく。失礼な。


 髪の毛のカーテン越しに覗く垂れ目が、私の顔を見て笑う。


「心外そうだな。でも、普通の魔術師は、使えもしない属性の魔術を学んだりはしないぞ。精々、弱点となる属性だけ、対抗策を練る為にかじるくらいだ」


「知っていて損は無いと思うのですが」


「まあな。だが、使えないものを学ぶより、使えるものを学んでより発展させて行く方が有意義だ。属性の違いという壁は、知識で乗り越えられるものじゃ無いからな」


 ばさりと本を投げ出すローラント。借り物なんだから大切に扱ってくれと、視線を向ければ、いつの間にか乗り出すように肘をついていたローラントと目が合う。

 先とは違う、真剣味を帯びた琥珀色に、許を突かれた私の顔が写り込む。


「そのくせ、お前は自身の弱点となる火の属性については、後回しなんだな」


 どくり、と心臓が鳴った。


 乾いたローラントの唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。まっすぐに向けられた視線が、やけに確信的で身が硬直したように動かない。


「真面目なお前なら、真っ先に対策を打ちそうな弱点(もん)だが、これまで一度もお前は質問しに来なかった」


 何でだ。


 自分の呼吸の音が、大きく聞こえる。どくどくと脈打つ心臓が、だんだんと落ち着きを取り戻すのを感じながら、私は探るような琥珀色を見つめる。

 エルフリーデに問いかける私も、今のローラントと同じような目をしているのだろうか。


 一つ、二つと、自身の呼吸を数え、五つまで数えたところで、少しだけ視線を落とした。


「……対策を既に立て終えたので、学ぶ必要が無いと判断した。と言ったら、信じて下さいますか?」


「…………嘘はもっと上手く吐いた方が良いぞ」


 はあ、と一際大きなため息と共に首を落とすローラント。


 彼に火の魔術について問うのは、どうしても躊躇われた、なんて言えない。未だ本人の口から聞いたわけでもない過去は、アメリアが知っていて良いことでは無いからだ。

 けれど、知って知らぬ振りができるほど、自分が器用でない事は朝の会話からも明白。


 すみません、と謝れば、ローラントは少しだけ笑った。


「それは、何に対する謝罪だ?」


「……嘘を吐こうとした事です」


「騙す気の無い嘘は、言いたくないから聞いてくれるなって解釈で良いのか?」


「聞かずにいて頂けるのであれば」


 少しだけ視線を上げれば、その先にはローラントが困ったような顔をしていた。


 やっぱり、気になるよな。つられるように眉が下がるのがわかる。

 知っていながら、知っている事を語れないというのは、なかなかに苦しい。もっと誤魔化し上手なら、こんなにも互いに気まずくならずに済んだのだろうか。


「あー……わかったよ、聞かないでおいてやる」


 余程情け無い顔をしていたのだろう。


 首筋を掻いたローラントは、仕方なし、と言いたげな声色でそう言った。見逃して貰えるとは意外だと、思わず顔を上げれば、ローラントは「ただし、」と付け足すように言葉を加えた。


「いつまでも避けてはいられねぇぞ。お前が風の属性を持つ以上、戦闘になった際は必ず相手は火属性の魔力持ちを連れて来るだろう。お前が火に対してどんな思いを抱いてるにせよ、避けて通れるもんじゃねぇ」


 まあ、魔術師を目指すんじゃなきゃ関係は無いが、と続けるローラント。思わず、目が点になった。彼は、一体何の話をしているのだろう。


「ん? どうした、アメリア」


「いえ、あの、ご忠告ありがとうございます。その……そのうち、教えて頂きたいとは思っておりますので、その時は宜しくお願い致します」


「おう」


 話を切り替えるように、さて、と膝を叩いて本を捲り始めるローラント。水の基礎魔術から始まる彼の話を聞きながら、その顔をこっそりと盗み見る。


 錆色の前髪から覗く垂れた琥珀色は、真剣な眼差しで書物の文字を追う。その目元や唇、頬などを順番に眺める。


 苦労してきたのだろうな、と思った。三十路手前にしては、小さなシワや表情の落ち着きがその顔にあり、勝手に私は自身の知識内で、彼を壮大なトラウマを抱えた悲劇の人として扱っていた。


 きっと彼は触れられたくないくらい自身の力を恨んでいるだろう。

 きっと火の魔術について聞いてしまったら、彼は自身の過去を思い出してしまうだろう。


 なら、聞かない方が良いではないか……余計な事はしない方が良いのではないか、と思ってしまった。


「……アメリアぁ、ちゃんと聞いてるか?」


「聞いてます。浄化魔術は、術者の魔力の量と質によって、その効果に差が出るというお話ですよね?」


「なんだ。俺の顔に見惚れてたわけじゃねぇのか」


「前髪を切ってから仰って下さい。ご自慢のお顔が半分も見えていませんよ」


「母親みたいなこと言うなよ」


 くつくつと喉を鳴らして笑うローラント。


 ギルベルトたちと長くいるせいか、世間的に整っているであろうローラントの顔に、特別ドキドキする事はない。


 しかし、ふとした瞬間————例えば、今のように大人びた彼の顔が、笑った時にくしゃりと幼くなるのは、一瞬だが目を奪われる。


「じゃあ、続けるぞ」


「はい」


 勝手に私は彼に対し同情をしていた。

 二度と自身の魔力を使わないと、クルークの身であるにも関わらず、刻印に封印まで施したローラント。彼は魔術を嫌いながらも、その術を使い熟させる為に教えているんだと。


 しかし、そうじゃなかった。


 ローラントが教師になったのは、王位を捨ててまでその道を目指したのは、力を正しく使い熟させる為。

 理解し、制御をさせる為。何が出来て、何が出来ないのか、どんな利益があり、どんなリスクがあるのかを知らせる為。


 その為に彼は地位も権力も、自身の家名さえ捨てた。

 そんな彼が、教えを請う生徒に躊躇うはずもない。

 自分できちんと割り切っている。子供でない、大人な彼だからこそ、出来るのだろう。


 子供として、他の子供と接し過ぎて、きっと私は以前より余計な気を回し過ぎていたのかもしれない。


 思わず出そうになった笑いを静かに堪える。

 私は、私なりに彼を慮って、火の魔術についての話題を避けた。なのに、ローラントは私が火の魔術に対して何か問題を抱え、避けているのだと勘違いしているのだ。


 訂正をしたい。気付いてしまった誤解を解かずにいるのは、なんとも気持ちが悪い。


 しかし、けれど、


「ここまでで何か質問は?」


「先程の回復魔術についてですが、例えば——……」


 今は、まだ水の魔術が先なので。





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