26話
結局、エルフリーデがどのように情報を集め、どの程度までその範囲を広げているのか、年内に調べる事はできなかった。
そもそも、情報戦で常に私の先を行く彼女に、選択コマンドが『正面突破』しかない私が勝てるわけもない。先日のミスから、下手に藪蛇をつつくのを避けよう、と尻込みした面も……悔しいことになくはない。
代わりと言ってはなんだが、使えもしない地属性の魔術について、アホ程詳しくなった。それに何の意味があるのかなんて、問わないで欲しい。強いて挙げるならば、ニコラの自己学習に、アドバイスが出来るようになったくらいだ。
そんな、穏やかで普遍的な日々はあっという間に過ぎ、早いもので一年が経った。私は無事に学年を上る事ができ、一つ下の学年に予定通りアドルフが入学した。
特に希望がなければ帰省する必要が無いため、彼との再会も一年振りとなる。少しは背が伸びているだろうか、と期待したものの、かつて読んだ解説書のプロフィールを思い出して考えるのをやめた。本編に入っても、アメリアとそんなに身長変わらないんだっけ……。
「アメリアの弟ってどんな感じ? 似てる?」
「血の繋がりはないから、そんなに似てないんじゃないかしら」
どうせアドルフから挨拶に来る事は無いだろうから、こちらから会いに行こうかな、と零した言葉に、ニコラが反応した。葡萄色の瞳を好奇心に輝かせ、さっきから質問の嵐だ。
一緒に来るか、と問えば、元気の良い「行く!」という返事を頂いた。
「ギルベルトはどうする?」
「オレも行こうかな。会うの久し振りだし」
「あら、貴方たち面識があったの?」
「そりゃまあ、色んなところで会うし」
ああ、そうか。途中から仲間入りした私たちと違い、ギルベルトは初めから貴族だから、あちらこちらで繋がりがあるのか。成る程、と納得する。
昼休みは、向こうも友達付き合いがあるだろうから放課後にね、と約束したのが今朝の話。
そして、現在。今日は何を食べようかと話しながら、終わったばかりの授業教材をしまっていると、彼は現れた。
ぎょっと目を見開く私に、彼——アドルフはようやく見つけたといった顔で、私に挨拶をする。
「お久し振りです、義姉上。お元気そうでなによりです」
涼やかな表情と澄んだボーイソプラノ、彼らしいシンプルな挨拶が逆にゾッとさせた。口元が思わず引きつる。
私の様子に気付いたのか、アドルフが形の良い眉を顰めた。何ですか、と目を細める。
「いえ……ごめんなさい、貴方から挨拶に来ると思わなくて」
「何をバカな事を……義弟が義姉に挨拶へ行くのは、当然の事でしょう?」
その当然の事をしそうにないから驚いたのだが、それを言うと更に機嫌が下降しそうなので、ぐっと呑み込む。
そうね、と相槌を打ち、改めて「久し振りね、アドルフ」と返す。想像通り……いや、想定内の成長をしているアドルフに目を細める。
「少し背が伸びたわね」
「ええ、義姉上程ではありませんが」
「……男の子より、女の子の成長期の方が先に来るのだから、仕方ないわ」
「…………別に、気にしていませんけどね」
確かに目線は以前より離れたけれど、それでも私なりに褒めたつもりだった。しかし、どうやらそれは逆効果だったようだ。棘のある言葉にフォローを入れるも、やはりそっぽを向かれてしまった。それ、絶対気にしてる人の反応だから。
思わず苦笑を零す私の横から、ひょこりとギルベルトが顔を出す。アドルフの顔が、少しだけ険しさを増した。
「よう、アドルフ。久し振り」
「……はあ、……相変わらず気の抜けた挨拶ですね、ギルベルト」
お久し振りです、とどこか嫌そうに答えるアドルフ。想像以上に二人は見知った仲のようだ。同学年の中でも体格が良い方のギルベルトと並ぶと、やはりアドルフはどこか儚げに映る。女の子のように華奢だ。
ギルベルトの挨拶が済むと、ニコラがいそいそと紹介される準備をしだす。ギルベルトと顔を見合わせ、互いに譲り合う。が、結局私が紹介する事となった。
「アドルフ、こちらはカウフマン男爵家のご息女よ」
「お初お目に掛かります、ヘア・フォーゲル。私、ニコラ・カウフマンと申します」
「ニコラ、こちらが義弟のアドルフ」
「以後お見知り置きを、フラウ・カウフマン」
儀礼的な挨拶を交わすと、ニコラはすぐに「是非、ニコラと」とアドルフに笑みを向けた。
アドルフも控えめな微笑みを浮かべると「では、私の事もアドルフと呼んで下さい」と言った。完璧に伯爵子息の顔を被っている。お前、そんな笑み私に向けた事一度も無いだろ。
「ああ、そうだ。父様から、義姉上に言付けを預かってますよ」
「お義父様から?」
珍しい、と目を瞬けば、アドルフは意地悪そうに口角を上げた。
「もし自分たちの目のないところで、家名を下げるような真似をすれば、ただではおかないそうです」
「…………ご忠告、ありがたく頂戴するわ」
人はそれを脅しと言う。
あの人、勝手にドーリスたちを帰した事、まだ根に持っているのか。年度末の休みに帰らなくて良かったと安堵する。
その一方で、可愛くない義弟が要らぬ監視についた事に、心から余計なお世話だと叫びたくなった。
エルフリーデのところでする駆け引きは、家名を下げる行為に当たるだろうか。
私の眉間に寄ったシワを軽く笑ったアドルフは、本当に挨拶をしに来ただけのようで「では、また」と踵を返す。折角なので、昼食を一緒にどうかと誘ってみたが、アドルフの外面は私に適用されないようだ。
「家を離れてまで、義姉上と食事なんて勘弁ですよ」
「あら、この一年で、少しは食卓が寂しいと感じてくれなかったのかしら?」
「まさか。久し振りに心から落ち着いて、食事ができました。後十年くらいは、そんな食卓を希望します」
くそがき、と思わず心の中で吐き捨てる。
コツリ、と靴を鳴らし、アドルフは悠々と教室を出た。カロリーナの為にという名目で、多少は会話が成立するようになった。けれど、まだまだ普通の姉弟のようにはいかないようだ。
嵐のように——というほど激しくはないけれど、予期せぬ来客に足を止められ、遅れ馳せながら昼食へと向かう。廊下を歩きながら、ニコラが感心したように声を上げた。
「いやあ、想像以上に可愛い顔だったね」
「見た目ほど、中身も可愛かったら良いのだけど」
「いやいや、アメリアの話ほど強烈じゃなかったよ」
「そうかしら」
まあ、確かに出会ったばかりの頃に比べれば、丸くなった気が……いや、それは初対面の貴族子女相手だからじゃないか?
アメリアとは初期ステータスが違う、と少しだけ妬ましい気持ちになった。人の気持ちも知らず、ニコラは無邪気な笑みを浮かべ「そうだよ」と大きく頷く。
「もっとギスギスしてるのかと思ったけど、普通に仲良さそうだったし。ねえ、ギルベルト」
それは嘘だろう。
ニコラのお花畑フィルターを否定してくれ、と視線をギルベルトにやると、彼は柔らかい笑みを浮かべていた。
「うん、安心した」
「え、安心?」
「アメリア、フォーゲル家でも上手くやれてたんだなって。虐められたりしてなくて、良かったよ」
嫌がらせは受けていたけれど、ととても言い出しにくい雰囲気のギルベルトに、私は「お陰様で」と言葉を濁すしかなかった。どうやら私はずっと、この人の良い幼馴染に心配をされていたようだ。
良かった良かった、と一人満足気に前を歩くギルベルト。ニコラが「なんか、ちょっと違う」と苦笑を浮かべる。あの子ちょっと天然入ってるのよ、と返しておいた。
「ああ、でもさ」
突然、ギルベルトがくるりと振り返る。
懐かしい、どこか子供のような顔で、彼は気恥ずかしそうに笑う。なんだなんだと、二人で目を向けた。
「オレの方がアメリアと仲良いから」
それだけ言うと、再び前を向くギルベルト。ニコラがこちらを見るのがわかる。
「……ですってよ、アメリア?」
「…………あの子、ちょっと天然入ってるのよ」
だからニヤニヤするのをやめて。




