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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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25話

 

 さて、この辺りでひとつ、昔話を入れよう。

 というのも、そろそろ『何故、本来のアメリアは貴族にしか現れないはずの魔術刻印を持っていたか』という話をすべきだと思うからだ。


 これは、今から遥か昔。

 クルークとシュタルクの関わりが今よりもずっと薄く、国境が今よりもずっと曖昧だった頃の話。



 アメリアの先祖である男は、王宮に仕える魔術師であった。水の属性魔力を持つ事以外、ひどく平凡な男だった。

 彼の名前は残っていないので、正確なものはわからない。けれど、固有名詞がないと不便なので、便宜上ハンスと呼ぶとしよう。


 ハンスは平凡な魔力と平均的な才能、そして、人並み外れた純真さを持っていた。ハンスは己の力が仲間たちに比べ、ひどく弱い事を恥じていた。


 国の役に立ちたい、人々を守る為に働きたいと願った彼は、ある伝説に縋ることにした。それは、シュタルクの住まう国の何処かにあるという、ミーミルの泉——そこに住まう智慧者に相談しようと、彼は旅に出た。


 長い長い旅の末、彼は竜種の国(アンファングラント)のどこかで、偶然その泉を見つけた。


 泉の主、ミーミルは言った。ここは、誰にも侵される事のない場所でなければならない。この場所が知られれば、恐らく人はここに押しかけるだろう。お前の望むものを与える。その代わりに、泉の在り処は誰にも言わないでくれ、と。


 ハンスは了承した。そして、ミーミルから泉の加護を受け、彼は自身の国へと戻った。


 泉の加護を得たハンスは、これまでとは比べ物にならないくらいの力を発揮した。水という水が彼に従い、ハンスは国一番と言っても良い程の魔術師になった。

 しかし、それは束の間の栄光であった。

 ハンスがミーミルの泉で加護を得たと知った同業者が、挙って彼に問い詰めた。泉の場所は何処にある、と。


 ハンスは語らなかった。語らない約束であったからだ。


 けれど、人々は、今度は彼を詰り始めた。泉の加護を独り占めにする気だと。

 妬みや嫉み、様々な噂がハンスを貶めたが、それでも彼は口を割らなかった。そして、とうとうそれは起こった。


 魔術師の一人が、国王にこう進言したのだ。

 泉の在り処を見つける為に、アンファングラントへ侵攻しては如何か、と。


 思案する国王に、ハンスは焦った。王の命令で軍が侵攻すれば、当然戦争になる。見つかろうと見つかるまいと、多くの命が奪われ、自然が荒らされ、クルークにもシュタルクにも甚大な被害を与えるだろう。


 悩みに悩み、ハンスはとうとう覚悟を決めた。

 この世の絶望全てを抱えた顔で、ハンスは王に告白した。


 これまでの己の報告は全て偽りであり、皆に披露した魔術はイカサマであった、と。


 ミーミルの泉は無く、その加護も自分にはない。あるのは、民を守り、国の繁栄を望む心のみ。皆を鼓舞する存在になれればと思い、虚偽の報告を致しました、と。


 ハンスは国王を謀った罪として、王宮を追い出され、小さな村に流れ着いた。そこで、自身を拾った領主に報いようと、泉の加護を受けた素晴らしき水の魔術で、小さな村を——いつか大きな街になるのではと期待される程、発展させた。


 皆の思惑は外れ、小さな村は小さな町となっただけだったが『いつか都会に』と願った名前は、今もそのまま残されている。


 そして、ハンスはミーミルの泉の場所を己の内に隠したまま、墓場まで持って行ったのだった。


 それが、アメリアの祖先であり、ヴァイツェンシュタットの始まりだ。




 泉の加護を受けたアメリアの回復魔術は、通常のそれより強い癒しの効果を発揮し、彼女の魔術で浄化した水は、ミーミルの泉に近い水質をしている。


 本来の属性であれば、それだけの加護が発揮されたのだろう。けれど、残念ながら私の属性は風だ。浄化と癒しを司る水と異なり、変化と解放を齎す風。これっぽっちも作用しようが無いくらいに、属性の相性が悪い。掠りもしていない。


 けれど、それはどうでも良い。少なくとも今はまだ。


 大事なのは、この情報がまだエルフリーデに知られていなかった、という点だ。


 ゲーム内で、アドバイザーキャラのニコラより、情報収集において上位に立つエルフリーデ。その守備範囲は計り知れないが、とにかく彼女はアメリアの事を調べ尽くした。そして、ミーミルの泉があるのか無いのか、その真偽の沙汰はともかくとして、アメリア本人ですら知らない彼女の先祖の話を知る。


 アメリアの力を——仮にそれが本物であったなら、と、エルフリーデは己の計画に彼女の力を組み込む。


 ヴェルナー家の発展の為、アメリアの力も、婚約者であるディートハルトの地位も————時には自分の身ですら、彼女は踏み台にするのだ。まるで、それが自分の生きる意味だとでも言うように。


 あの場でエルフリーデに嘘を吐くメリットはない。もちろん、彼女の言葉を鵜呑みにするのは危険だが。それでも、エルフリーデが上記の話を既に知っていたとしたなら、私の属性を火だと思いはしなかっただろう。


 知っていたのなら、自分の情報収集力を誇示する為にも、水だと答える筈だ。仮に私が自身の祖先について知らなかったとしても、布石は打てるのだから。


 それがわかっただけでも、私にとっては収穫があったと言える。

 たとえ弱点を知られてしまっても、それ以外の質問が、うまいこと躱されてしまっていたとしても、何も得られなかった今までよりはずっとマシだ。少なくとも、今のエルフリーデに、アメリアの過去を探るだけの情報収集力はない。


 …………なんて、割り切れたら良かったんだけどね。


「ニコラは、地の属性魔力を持つのよね」


 エルフリーデと一杯の紅茶を交わした翌日。私は約束通り、二人の友人とのお茶会を決行した。持ち寄った茶葉から、どれを飲むか選ぶ彼らを前に、私は思わず昨日のことを思い出す。


 口をついてボツリと出た問いに、声をかけられたニコラが動きを止めて振り返った。


「そうだけど、急にどうしたの?」


「……違う属性の魔術を使うことってできるものかしら」


 ギルベルトとニコラが不思議そうに顔を見合わせる。変な事を言った自覚はある。使える魔術の属性は、魔力の属性に左右される。二種類以上の属性魔力を持つ魔術師はいない。なら、答えはわかりきっている。


 予想通り、二人は「あり得ない」と答えた。


「そうよね……」


 もし、私が貴族でなければ、今頃、頭を抱えてテーブルに突っ伏していただろう。


 魔術教本を読んでも、風読み以上に有用な諜報魔術はなかった。基礎教本だからかもしれないと、図書室の魔術書を一通り漁ってみたが、これといって目ぼしいものもない。教員の許可が必要な上位の魔術書はまだ未確認だが、さすがにエルフリーデとはいえ、そんな上位魔術を使えるだろうか。


 ならば、彼女は一体どうやって……と一人考え込んでいたのがいけなかったのかもしれない。


 いつの間にか私の顔を覗き込んでいたギルベルトに、全く気が付かなかった。


「っ……!」


 思わず仰け反りそうになる体を鋼の理性で押し留め、僅かに背を背凭れにぶつける程度に済ませた。偉いぞ、私。


 真面目な顔で見つめるギルベルトに、私は冷静を装って「な、にかしら?」と問う。装えきれなかった自覚はある。


 ギルベルトの返事は一言、


「くま」


 だった。


「クマ?」


「うん。アメリア、昨日あんまり寝てないだろ。隈ができてる」


 そう言って指差された目元を指先で擦る。当然、それで落ちるわけがなく、ニコラまでもが「本当だ」と顔を覗き込んできた。


 確かに、昨晩は教本を読んでいて、あまり寝ていないかもしれない。地属性のページを初めて開く事もあり、諜報系の魔術がどの辺りに書いてあるかわからなくて、だいぶ苦戦したせいだ。


 けれど、この程度の寝不足なんて、テスト前の一夜漬けや成人してからの残業に比べれば大した事はない。

 根を詰めすぎじゃないか、という問いに、私は大丈夫よ、と笑う。ニコラの目がキラリと光った気がした。


「あっまぁーいっ! 一日の寝不足がどれだけ美容と健康に悪いと思ってるの? ダメ! 今すぐ帰って寝なさい!」


「落ち着いて、ニコラ。今寝たら夜に寝れなくなるわ」


「そうかもだけど!」


 膨れるニコラに、今日は早めに寝るから、と約束する。絶対だよ、と念を押すニコラに良い子の返事をしていると、ギルベルトが私を呼んだ。返事をすると、彼はゆっくりとその若草色を細めた。


「こっちに来る前、エッダ婆さんが乾燥させたリンデンの花を持たせてくれたんだ。後で分けるから、寝る前に飲んで」


「まあ、エッダお婆さんご健在なのね。別れる前、風邪を引かれていたから少し心配だったの」


「ピンピンしてるよ」


 久し振りに聞いた知人の名前に口元が綻ぶ。礼を述べれば、ギルベルトは何でもないといった風に笑う。


 ほのぼのとした空気の中、そういえば、とあることに気が付いた。


 この世界に来てからは勿論、かつて、ゲームの中でさえ、私はエルフリーデが魔術を使うところを見た事がない。ただ、解説書の登場人物紹介で、地の属性魔力を持つと書かれていただけだった。

 私は当然のようにその情報を鵜呑みにしていたけれど。


 果たして、彼女の刻印は本当に地属性なのだろうか——……







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