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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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2話

 

「やあ、アメリア。手伝おうか」


 お使い帰りに掛けられた明るいボーイソプラノ。数年後には、爽やか好青年な声質に変わるそれも耳馴染みのものになってしまった。


 預かり物を落とさないようにゆっくりと振り返る。


 陽の光を目一杯浴びた短い飴色の髪を揺らし、子供らしい、しかし私よりも幾許か大きな手を差し出す見慣れた少年がそこにいた。


 青リンゴのような瑞々しい若草色の双眸が人懐っこく笑う。



 ヴァイツェンシュタットの町を統べるヴァイツゼッカー子爵家の次男、ギルベルト=ヴァイツゼッカーだ。



「こんにちは、ギルベルト様。お気持ちだけで結構ですよ」



 差し出された親切心を、失礼にならない程度にお断りする。言葉通り気持ちは嬉しいが、子爵子息に荷物持ちをさせられるわけがない。


 しかし、その態度が彼はお気に召さなかったらしい。むっと寄せられた形の良い眉根がその証拠だ。



「アメリア、いつも言ってるだろ。変に気を使うなよ」



 そっちかよ。



「……難しいことを言いますね」



 どうやらギルベルトは手伝いを断った事よりも、私が彼を領主の息子として扱う事の方が嫌らしい。


 彼の言葉通り、いつも言われている事だけに、私がこの態度を取り続ける限り、彼の機嫌が損なわれたままになる事は承知している。しかし、外聞というものもあり、そう簡単には崩せない。


 が、子供のギルベルトにそれはまだ少し難しいようだ。



「アミィ……」


「……その甘ったれた呼び方をやめてくれたら、私も態度を改めましょう」



 駄々を捏ねる子供のように、愛称を呼び始めるギルベルト。ごめん、ギルベルトが悪いわけではないのだけど、その呼び方は鳥肌が立つ。




 既に気付いている人もいるだろうが、ギルベルトはゲーム内の攻略対象の一人。


 それも隠しルートのひとつ。バッドエンドを除き、全キャラのルートを最低一つずつ開けなければ、攻略不可能という一番めんど……とっておきのキャラである。


 他ルートでは、アメリアの幼馴染としてアドバイザーの立ち位置にいるギルベルト。エンディングが近付くにつれて、彼はもう一人のアドバイザーであるアメリアの親友——ニコラと結ばれる事になる。


 個人的には、ギルベルトにはその立ち位置のままでいて欲しかった……!



 かつてゲームの中で、今よりずっと成長した彼が最後のエンディングで呼んだアメリアの愛称。蜂蜜のように甘い、蕩けそうなその声が、私のメンタルに大ダメージを与えた。勿論マイナスの方向に。

 どうにも私はこの手のウィスパーボイスが苦手だ。

 何度でも言おう。ギルベルトは悪くないんだけど、本当にやめてほしい。



 私の言葉にパッと顔を華やがせるギルベルト。再び人好きのする笑みをその整った顔立ちいっぱいに浮かべる。



「わかったよ、アメリア」



 飲み込み続けていたため息がうっかり口をついたが、まあ、その笑みに免じて許しましょう。



「それで? 今日はお父様はご一緒じゃないの?」


「さっきまで一緒だったよ。麦畑の様子を見て来た。父上と兄上はそのまま隣町の視察に出掛けたよ」



 一ヶ月くらい戻ってこないんじゃないかな、とギルベルトは言う。


 どちらからともなく歩き出した私たち。足の長さは然程変わらないものの、やはり男の子は一歩が大きい。

 歩幅を合わせようとする私に気付いてか、ギルベルトは少しだけバツの悪そうな顔で歩調を緩めた。



「視察ねぇ…….貴方たちもっと都心部に邸宅を構えれば? 領内の視察も今より楽になるでしょ」



 ヴァイツェンシュタットは王都から離れた小さな田舎町だ。ヴァイツゼッカー子爵の所有する領地の中で、最も外側に位置している。


 近くに海や大きな川はないが、その代わり辺り一面に黄金色の絨毯を敷いたような小麦畑が広がっている。風が吹くと麦穂が揺れ、まるで中を獣が走っているような音が鳴る。

 国内に回る小麦の半分が、このヴァイツェンシュタットで作られていると言っても過言でない。


 しかし、それだけだ。


 無くてはならない町。けれど、決して利便性の高い町ではない。

 領主が椅子を置くには少し立地が悪いのでは、と思うのだが、どうやら息子の目からはそうではないらしい。呆れたように頭を振られてしまった。



「便利なのも良いけど、やっぱり長く住むなら居心地の良さが大事だよ。父上もオレも、この静かな町が好きなんだ」



 物好きなお貴族様もいたものだ。


 七歳の言葉とは思えない程穏やかなギルベルトの口調に、思わず口に出せないような感想を抱く。


 誤魔化すようにあっそ、と素っ気なく返す私の反応を、軽い笑顔で受け流したギルベルト。しかし、すぐに「そんなことより」と再び語調を強くした。


「荷物を貸しなよ、アメリア。女の子の隣で手ぶらなんて、格好がつかないだろ」


「大丈夫。ギルベルトの顔はお父上そっくりの男前だから」


 パッと色付くギルベルトの丸い頬。しかし、すぐに目尻をつり上げて、ふて腐れたように「話を逸らすなよ」と文句を口にする。



「確かに、オレはアメリア程しっかりはしていないけど、荷物持ちくらいオレにだって、」



「ギルベルト」



 静かに、しかし遮るように名前を呼ぶ。

 言葉半ばに話し出すのはあまり上品な事ではないけれど、今はまだ下町娘なのだから許して欲しい。


 ぐっと黙ったギルベルトに向けて、私は改まったように話しかける。



「気持ちはありがたいよ。でも、これは私の仕事。お客様からお預かりした大事な大事なお品物。私がそれを無責任にも、誰かへ任せるような女だと思う?」



 仄赤くなった頬をそのままに、ギルベルトはわざとらしく怒ったような顔をつくる。

 しかし、すぐに眉を下げ、小さな声で「しない」と断言した。その通りである。


 よくできました、と言いたい気持ちを飲み込み、私は少しだけ荷物を傾けた。


 飴玉のような目が寂しそうに見え、少しだけ罪悪感が湧く。



「ごめんね。だけど、万が一のことが起きた時、誰かのせいにしたくない」


「……わかったよ。自分でできることを人に押し付けたくないって言うんだろ」


「うん。……でも、ギルベルトの親切心も無駄にしたくないから、腕に下げてるのだけでも持ってもらおうかな」



 両手に抱えた包みは、先の言葉通り仕立て直しの依頼を受けた洋服たち。しかし、それとは別に購入した紙やインクは父さんから頼まれた消耗品だ。

 持って来た手提げに放り込んだそれを、両手の荷物を落とさないように気を付けてもらいながらギルベルトへ渡す。



「お手伝いよろしく」


「お任せあれ」



 にっこりと浮かべられた笑みは、陽の光を浴びた麦穂のように輝いていた。









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