23話
授業が終わり、私は迷わず教室を飛び出した。
「ヘア・リヒター! お待ち下さいませ!」
「おう、どうした。授業の感想か?」
「質問です」
はしたなく声を上げたというのに、ローラントは注意する素振りも見せずに立ち止まる。けれど、無駄話をする時間も惜しい身としては、その気楽さに救われた。
私からの質問、というので、先程の事を思い出したのだろう。ああ、と軽く声をあげると、歩きながらでも良いか、と問いかけて来た。勿論、問題ない。
「それで、博識なアメリアお嬢様は何が知りたいんだ?」
「先生、そのような揶揄はやめて下さい。魔力の属性についてです」
「……属性、ね」
具体的には、と薄い唇が問う。こちらを見下ろす琥珀色が少しだけ真剣味を帯びた。
間近に見て改めて気付いた事だが、ローラントは意外としっかりした身体付きをしている。白地に金と朱の差し色を入れた教員制服の下は、恐らく見た目以上に鍛えられている事だろう。手足の長さに比べ、背の高さは平均的だが、それでも私より遥かに高い。
ギルベルトを見る時より更に首を上にあげ、はっきりと答える。
「属性が魂の質に寄る、というのであれば、シュタルクたちの魔力に、属性の偏りがあるのは不自然ではないでしょうか」
鳥人族は風の属性魔力を持つ事が多く、人狼族の殆んどは火の属性魔力を持つ。稀に異なる属性魔力を持つ者も産まれるが、クルークに比べ、その偏りは酷い。
まるで、そうなる事が決まっていたようだ。
属性が魂の質に寄るというならば、シュタルクは魂の質が一定であるというのだろうか。同じ、感情も思考もある人間だと言うのに、種族が違うというだけで、そんなにも差が出るものなのか。
ローラントは私の問いに、頭を掻く。
彼が答えを持ち合わせていない事を察した私は「それも調査中ですか?」と続ける。ローラントは肩を竦めた。
「そうだな……そもそも、魔術刻印の発現条件も、まだ正確な事がわかっていない。ある一定量の魔力を持つ者にのみ出る、という事以外はな」
刻印の形が属性ごとに違う事はわかっても、それぞれがどのような形をしているのか。それはまだ解明できていないらしい。
それを見るに足る魔力量のクルークがいない事と、シュタルクの協力者がいない事。その二つに起因しているとの事だ。
「……どんなに多くの魔術を生み出せても、その根源である魔力と刻印について、俺たちはまだまだ知らない事が多い。……だからこそ、俺たちはこの力を制御出来るまで、安易に使うべきじゃない」
静かに、そう語るローラント。
先程までのいい加減な態度とは違い、その横顔は憂いを帯びている。きっと彼の脳裏には燃え盛る炎が映っているのだろう。
かつて、彼が焼いてしまったラフテェンの森が。
彼の心情を慮り、次の反応を待つ。思いの外すぐに、思考をこちらに戻した彼は、ふわりと口角を上げた。
「さて、続きはまた今度だ。俺も次の授業の準備があるし、お前もそろそろ教室に戻れ」
「……はい、ヘア・リヒター。興味深いお話、どうもありがとうございました」
「生徒の疑問に答えるのは、教師の務めだからな」
失礼いたします、と頭を下げ、いつの間にか着いていた教官室前で踵を返す。来た道を十歩程歩んだところで、ローラントは「ああ、そうだ」と思い出したように、私を呼び止めた。
「もし本格的に興味があるなら、近い将来、王立魔術研究所に行ってみると良い。あそこは、十五歳から見学が可能になるからな」
「王立魔術研究所?」
「俺もよく知らんが、王宮の魔術師様方が魔術研究の為に作った建物らしい。王城の一画にあって、申請は必要だが、学園からの紹介なら、現役魔術師による解説付きで見学できるはずだから」
という事は、最低でも五年かかるわけか。……上等。
「覚えておきますわ。重ね重ねありがとうございます」
「おー」
ひらりと手を振られ、再度一礼をする。
教官室へ入っていくローラント。大きな背が見えなくなってから、私は制服のスカートを大きく翻す。教室へと向かいながら、白々しいローラントの言葉を反芻した。
俺もよく知らんが、だって? そんなわけないだろう。
ローラント=リヒター、本名はローラント=ヴィルヘルム=フォン=バルドブルク。
現コーネンプレッツェル国王レオンハルトの甥にして、かつての第一王位継承権の持ち主が、城内にある施設を知らないわけがない。
白々しい、と思うが、同時に仕方ないとも思う。
かつて、己の世話役だった鳥人族の故郷である森を、彼は焼いた。意図としてではなかったが、それは戦争にも繋がる重大な事件になる筈だった。
しかし、そうならなかったのは、世話役の彼女がその咎を隠蔽したからだ。
幼いローラントは罪に問われる事なく自国に戻り、そして激しく後悔した。生まれ持った己の力が使いこなせなかった事に。
彼は自らの刻印を封じ、城を出た。十年近い失踪の後、彼はふらりとバルドブルクに戻り、こう言ったのだ。
「俺には、魔力持ちを正しく導く責任がある。己の力を過信せず、自らの意思で制御できるように導く責任が。
だから、王位は継がない」
騒然とする城の中、彼は自らの力のみで手に入れた学位を元に、教員への道を進んだ。……大きく、消えない傷を抱えたまま。
彼の持つ火の魔術刻印は、十数年前のあの日から、一度も使われていない。
長い廊下を歩みながら、私はこの先のことを考える。
「王立、魔術研究所……か」
王宮魔術師の管理する施設という事は、おそらくあの男が関わっているのだろう。嫌だなぁ……関わりたくないなぁ……。
ふう、と小さなため息を吐く。悩んでいても仕方ない。今は、解決できるところから解決していこう。
あれから、何度も私はエルフリーデのところへ足を運んだ。彼女がどこまで知っているのか、聞き出そうという目的の為に。
教室を出る前、毎回と言って良い程ニコラが心配そうな顔をする。以前、彼女にピシャリと跳ね除けられた事が堪えているのだろう。大丈夫よ、という私の言葉は、どれほど彼女の不安を和らげられただろうか。
そして、それよりもギルベルトの方が、更に不満気だ。ついて来たがる彼に、見ていて気持ちの良い会話はしないだろうから、と同行を拒否した事がある。どうしてもエルフリーデと対峙すると『貴族らしく』なってしまうから、と。
一度拒まれた事を繰り返し要求する程、ギルベルトは強引ではない。けれど、それ以来エルフリーデのところへ行くと言うと、わざとらしく口を尖らせるのだ。
「オレ達に聞かれたくない話?」
「場合によってはそうだけれど、聞かれて困る話は今のところしてないわ」
「なら……その話、オレ達じゃ駄目なわけ?」
何か相談事でもしている、と思っているのだろうか。
今日は珍しく引き下がるな、と肩を竦める。ニコラがギルベルトを嗜めるが、彼は少し眉を下げただけで、私の返事を待つ。座ったギルベルトと立っている私。いつもと逆転した目線で、私は言い聞かすように答えた。
「ごめんなさい、ギルベルト。私、彼女に確かめなければならない事があるの。その答えを貰えるまで、少しだけ見逃して貰えないかしら」
「……わかったよ」
我が儘言った、と謝るギルベルト。しゅん、と怒られた仔犬のように落ち込む彼に、罪悪感が湧く。私は、そうだわ、とわざとらしく声を上げた。
ゆるりとこちらを向く若草色に、少しだけ顔を近付ける。
「明日はお休みでしょう? 温室を一部屋お借りして、みんなでお茶会でもしましょう」
週に一回、学園はお休みになる。街に降りる人もいれば、学外活動——ここでは、学問以外の部活やサークルのような集まりを指す言葉として、使われているようだ——に参加する人もいる。研究室や調理室を借りる人もいるようで、生徒たちは比較的自由に過ごしている。
温室でお茶会、と繰り返すギルベルトに、ニコラが「じゃあ、私お菓子作って持って行くよ」と嬉しい提案をしてくれる。どうかな、と二人でギルベルトを伺い見る。気を使われていると思ったのか、ギルベルトは少しくすぐったそうにはにかんだ。
「楽しみにしとく。……いってらっしゃい、アメリア」
「はい、いってきます」
穏やかな友人たちと別れ、いざ、敵陣へ。




