22話
「そういえば、アメリアってヴァイツェンシュタット出身なんだね」
私の前に座るニコラ。これから始まるのは魔術に関する授業の為、ギルベルトは別室へ向かった。おそらく他の——魔術刻印を持たない生徒と一緒に、自己学習を命じられているのだろう。もしかしたら、抜け出して、剣技でも学んでいるのかもしれないけれど。
行儀悪く後ろ向きに座るニコラは、周囲から浮いているものの、それを気にした様子はない。私も気にしない。
言ってなかったかしら、と返す私に、ニコラは小さく頷いた。
「フォーゲル家が養子を迎えた話は知ってたし、ギルベルトの幼馴染だから、ヴァイツゼッカー家の領地内だとは思ってたけどね」
「あら、ならどうしてヴァイツェンシュタットだと?」
「え? だってさっきエルフリーデ様が小麦の束より軽いって言ってたから」
小麦といえばヴァイツェンシュタットでしょ、と言うニコラの言葉に、思わず椅子を引いた。ガタンッと普段なら決して立てない音を立て、思わず立ち上がる。ニコラの葡萄色の目が大きく見開かれた。
「ど、どうしたの……?」
「っ……!」
気が付かなかった。見落としていた。
こちらが向こうの情報を知っているが故に、向こうがこちらを把握している事に、何の疑問も持たなかった。知られているわけがないのに……!
私が平民の出で、養子だということは知られててもおかしくない。ニコラの言う通り、どこどこ家が娘を亡くしただの、養子を取っただの、そういったお家の噂は少なくない。ニコラやギルベルトたちの名前だって、社交の場やその他の機会に見かけることもあっただろう。
けれど、親しくもない家の養子がどこから貰われたかなんて、そんなの詳細に調べなければわからない。
いつ? どこで私は彼女の興味引いた? 会ったのは昨日が初めて、それもほんの挨拶だけ。それこそ、彼女に群がるその他大勢と同じようなものだ。
本来エルフリーデがアメリアを敵視し、その素性を調べ上げるのは、アメリアがディートハルトと親しくなってからだ。アメリアを己の障害として見做した後。
ならば、何故?
いや……今は、いつ、どうして調べたかはどうでも良い。それよりも、彼女は一体どこまで知っている……?
「あ、アメリア……? ごめん、アタシ、なんか変なこと言った?」
突然立ち上がったまま、無言を貫く私にニコラが不安げに声をかける。教室中の視線を集めていることに気付き、私は緩慢な動作で椅子に座り直した。
ニコラの視線が、心配を示す。
「……ごめんなさい、ニコラ。驚かせてしまったわ」
「ううん、アタシ……じゃなかった。私、は大丈夫だよ。ただ、アメリア……その、顔色悪いよ?」
「ちょっと……気になることができただけよ。ニコラが気にする程のことじゃないわ」
私の言葉に、どこか納得していなさそうな表情を浮かべながらも、ニコラは「そう」と飲み込んだ。ありがたい。あまり『これ』には触れて欲しくない。
タイミングが良いのか悪いのか、予鈴と共に見覚えのある魔術教師が入って来る。だらしない格好の彼は「座れー、出席取るぞー」と、まるで普通の教師みたいな事を言う。
「……何かあったら、相談してね」
「ありがとう、ニコラ。……そうするわ」
そのうちね、と心の中で付け足して、一先ずエルフリーデの事は忘れることにした。アメリアの秘密は、まだ周囲に知られるわけにはいかないのだから。
初めて受ける魔術の授業は、所謂基礎の基礎、ありとあらゆる魔術に通じる『魔術理論』の授業だった。理論、と言っても、理論立てて説明ができる程、魔術に対する理解が進んでいるわけではない。
なので、これはどちらかと言うと魔術を使う上での心構えを説くような、道徳の授業に近い。今わかっている範囲での理論展開はあれど、魔術の授業としてはイマイチ面白味にかけるだろう。
ましてや、担当教師がおよそ魔術師らしくない、汚らしい白衣の男では。
魔術理論担当教師、ローラント=リヒターは四人目のゲーム攻略対象人物になる。
錆色の髪をだらしなく伸ばし、前髪はバサバサと顔の前まで垂れ下がっている。カーテンのように長い前髪の間から、見え隠れするのは垂れた琥珀色の瞳。気付くと目が合い、一体いつからこちらを見ていたのかと不安に駆られる。
例えるならば、今まさに。
「じゃあ、難しい顔でずっとこちらを見ているフォーゲル家の……えっと、アメリアか。何か質問があれば、どーぞ」
柳のように長い手をずい、とこちらに向けて、立つように促すローラント。出席簿をチラ見しなければ、もう少し評価も変わるだろうに。
無精髭こそ生えていないものの、本当に教師らしくない教師を絵に描いたような人だわ、と思った。
一礼し、質問というほどではないのですが、と前置きを置く。ローラントは「別に何でもいいよ」と口角を上げた。
「どうせ今日は自己紹介と簡単な授業概要……まあ、どんな授業をやるかって事と、生徒の質問に答えて終える予定だし」
「では、お言葉に甘えて」
貴族とはいえ、子供相手だと言うのがあるのだろう。言葉を選びにくそうに話すローラント。見てくれも性格も、確かに子供向けではないな、と内心苦笑する。
「魔力の相続は遺伝、その属性は魂の質により変化すると聞いた事があるのですが、実際のところ、魔力の属性はどのように決まるのでしょうか?」
「初っ端えげつない質問来たな」
もっと可愛い質問予想してたわ、と肩を落とすローラント。可愛い質問ってなんだ。どんな魔術が使えますか、とかそういうの?
じとり、と半目になった事に気付いているのか、いないのか、ローラントは「もっと先生を立てる質問をするよーに」と前置きを置いて、ハッキリと答えた。
「正確なところはわからん。まだ調査中だ」
「調査中」
「そもそも、シュタルクに比べてクルークは魔力持ちが少ない。研究に協力的な魔力持ちとなると尚更だ。事例が少ない以上、その研究調査も停滞しがちだし、その研究自体の信憑性がない。よって、現段階では、アメリアの言ったものがそのまま答えとなる」
「……シュタルクに協力をお願いできないのでしょうか? 」
私の、学園に来た目的。それをそんな簡単に諦めるわけにはいかず、つい食い下がってしまう。
クルークの知識では、その理解に足りないと言うのなら、シュタルクの力があればもっと研究が進むのではないだろうか。
「彼等なら、クルークより魔力に対する知識が、」
そう思ったのだが、その答えは子供たちが持っていた。
「シュタルクの力を借りるなんて、あり得ないわ」
誰かがそう言った。それを皮切りに、皆口々に言う。検体としてならまだしも、協力だなんてあり得ない、と。
当たり前のように彼等を見下げる生徒たち。騒つく教室内に、区切りをつけたのはローラントだった。大きく柏手を打った彼は、ショックを受け立ち竦む私に苦笑を向ける。
「こういうこった。……シュタルクを検体に、という声も上がったが、人道に反するという事でその話は無くなった。それが、今の魔術研究の形だ」
ローラントの琥珀色が悲しげに細まる。
そうだ、日常の中で忘れてしまっていた。あまりに平和だったから、頭から抜け落ちていた。
私のいる世界は、クルークとシュタルクが対立する——些細なきっかけで容易く戦争が起こる場所だ、と。




