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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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21話

 

 エルフリーデとの邂逅と穏やかな食事を終えた後、ニコラが知り合いを見つけたため、私たちはその場で別れた。先に教室へ戻ろうと、無意味に長い廊下をギルベルトと二人で歩く。


 次の授業は何だとか、寮の部屋がどうだったとか……そんな取り留めもない話をしていたギルベルトが、ふと思い出したように若草色をこちらに向ける。


 その目がどこか責めているように見え、私は「何かしら」と問いかけた。


「……アメリア、貴族っぽくなったよな」


「貴族だもの。貴方のお家に通い始めた時から、そうあるように躾けられていたわ」


「…………オレ、アメリアが貴族になるって聞いて少しだけ嬉しかったけど、やっぱり貴族になんてならなきゃ良かったな」


 それは、どういう意味で言っているのだろう。


 難しい顔をするギルベルトに、問いかけて良いものか悩む。

 布の入った袋を抱え、大股で綿のスカートを翻していた頃よりも、ずっと狭くなった歩幅。家事を手伝わなくなった手は、以前より綺麗で柔らかく……どこか頼りない。


 淑女らしくなったと——少なくとも見かけや所作は、以前よりもずっと淑やかになったと思う。けれど、それはギルベルトのお気に召さなかったのだろうか。


 まさかとは思うけれど……田舎町で近所の悪ガキを小突いていた、拳骨母さんみたいな頃の方が、好感が持てると言われたらどうしよう。ギルベルトの将来が不安になる。


 つられるように、私も難しい顔をしていたのだろう。ギルベルトが慌ててフォローを入れる。


「ごめん、今のアメリアが嫌だってわけじゃないんだ。……アメリアの事情だってあるし、家の名前を背負ってる以上、いろいろ考えて行動しなきゃいけないのはわかってる」


 不安に揺れる瞳が、ハの字眉の下で苦しげに歪む。

 ギルベルトの言いたいことがいまいちわからず、私は言葉の続きを待つ。二、三度の瞬きをし、ギルベルトは言葉を選ぶように口を開いた。


「けど、オレはアメリアに、誰かを推し量ったり、値踏みしたりするようなことはして欲しくなかった」


 すごく寂しそうに、辛そうに言うギルベルト。


 一瞬、何の話だかわからなかった。それくらい、私は、私の何がギルベルトにそんな顔をさせていたのかが、理解できなかった。

 余程虚を衝かれた顔をしていたのだろう。ギルベルトが再び「ごめん」と小さく謝る。今度は私が慌てる番だった。


 ゲーム本編前にエルフリーデと接触しておくことは、以前から決めていた事だった。万が一好感触であればそのまま友として、対立することがあっても、一筋縄ではいかない相手だと印象付けさせる必要があった。


 エルフリーデは頭の良い相手だ。彼女が本領発揮するディートハルトルートでも、彼女自身は何もしていない。カップを傾け、微笑みひとつ落とすだけで周りが動いた。アメリアを上手く利用し、何ひとつ損することなく、彼女は己の地位を確立する。


 ディートハルトとどうこうなるつもりは無いけれど、上手く利用されるのは勘弁したい。誰かの踏み台になる人生なんて真っ平ごめんだ。


 だから、様子見のつもりで彼女と接触した。

 けれど、それがギルベルトにとって不快な感情を抱かせたようだ。


 フォーゲル家での日々が、私の良心を鈍らせていた事もあるだろう。嫌味の言い合いなんて日常茶飯事だったから。


 ギルベルト、と彼の二歩前に進み出た私は、彼の行く手を遮る。そして、言わなければ良かったと思っているのか、どこか後悔を含んだ顔をするギルベルトの若草色を真正面に受ける。


「私の頬を叩いて」


「は、あ? な、何だよそれ! 叩かないよ!」


「なら私が自分で叩くわ」


 両頬を引っ叩くように、準備した私の両手首をギルベルトが慌てて抑える。ちょ、意外と力あるな、十歳児!


 距離の近くなったギルベルト。こうして真正面に並ぶと、ギルベルトがどのくらい大きくなったのかがわかる。私も成長期な筈なのだけれど、とどこか悔しい気持ちになった。


 以前と逆転した位置から、明らかに困惑した様子でギルベルトが「急にどうしたんだよ」と心配する。


「貴方を、不快にさせてしまったもの」


「いや、それは、」


「わかっているの。貴族として人々の上に立つなら、更にその上に立つ人をきちんと見定め、推し量り……値踏みをして、その人間性を把握しなければならない。それに相応しくなければ、時として己が立ち上がらなければならないもの」


 飼い犬になっては駄目なの、と重ねれば、彼は静かに肯定した。ギルベルトもわかってはいるのだろう。だから、彼は言ったのだ。貴族らしくなった、と。


 優雅であれば良いわけではない。品位を保ち続ければ良いわけではない。どちらも保ちながら、王の目の届かぬ場所で、王の目として各領地を治めなければならない。

 私とギルベルトは後継ぎでないけれど、それは後継ぎでないというだけだ。貴族としての本質は変わらない。


 けれど、



「もしそれが貴方の、友人の気持ちを不快にさせる行為なら、私はそれを貴方の前ですべきではなかったわ」



 かつて、私はアドルフに言った。

 自分たちが不仲で傷付く人がいるならばそれを少し省みるべきだ、と。


 私は、自分で言ったその言葉を実行できていなかった。


「手を離して、ギルベルト。これはその罰よ」


「いやいやいや、難しく考え過ぎだから。落ち着こう、一旦落ち着こう、アメリア!」


「落ち着いているわ。これは冷静に自己分析した結果よ」


 一歩も譲らない攻防。睨むように見上げたギルベルトは、やはり困ったように——……


「なに、笑ってるのよ」


「いや、だって……アメリア、真面目だから」


「はあ?」


 思わず漏れた声に、慌てて空咳をする。しかし、それがよりギルベルトの笑いを誘ったようだ。

 押し殺すように笑うギルベルト。彼の手から力が抜けるのにつられ、私も当初の頬を叩くという目的を忘れ、ギルベルトの下がる手に大人しく従った。


「……真面目なのは、笑われることかしら」


「ううん……ただ、アメリアらしいと思って」


「っ……参考までに、どの辺りに真面目さを感じたのか教えて頂戴」


「アメリア、オレの事を気遣いながらも、もうそういうことはしないって言わなかっただろ」


 嘘吐けないところは変わってないな、と笑うギルベルト。思わず視線を逸らす。笑われたことの羞恥は勿論、生まれ変わってもその評価は変わらないのかと少しだけ嫌になる。


 直せそうなら、直そうと思ったのに……どちらも難しそうだ。


 しかし、ギルベルトが嬉しそうに笑うなら、まあ、その評価も決して悪いものではないのだろう。以前のような、揶揄を含んだ『真面目』ではないのだから。


「なんか、アメリアが貴族になったらこんな感じなんだろうな」


「……悪いけれど、私はその『貴族になったアメリア』よ」


「そうだった」


 くくっと喉を鳴らすギルベルト。悪戯っぽく笑う目は、私の良く知る彼の目だった。



 だから、私は見落としていた。

 教室に戻り、先生を待つ間、ニコラが発した一言に気付かされるまでは。









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