19話
ヴァイツゼッカー家の次男ギルベルトは、本来学園に来る必要はない。
第二子故に魔力持ちではなく、家督を継ぐわけでもないので婚姻に焦る必要もない。更に、ギルベルトは勿論、その父ランベルトにも特別出世欲があるわけでもない。故に、彼が特別な学位を求める理由はまるっきりないのだ。
ならば、何故ギルベルトは学園に来たか。
ゲーム内で語られた理由は、初恋の相手、アメリアに再会する為だった。
ならば、嫌われてしまった私は、きっとギルベルトに再会する事は無いだろう。
そう、踏んでいた。
けれど——……
「なっ……!」
見慣れた飴色の髪と、男の子にしては大きな若草色の瞳。最後に見た時よりもすらりと伸びた背と、未だ子供らしさが残る身体付き。少し日に焼けた気がするが、さすがにそこまで詳細に憶えていない。
けれど、見間違える筈がない。
その青リンゴのような目に私を写し、少しだけ照れ臭そうに彼は言う。
「久し振り、アメリア」
声変わり前の少年は、嬉しさに頬を染めて笑った。まるで、あの日なんて無かったかのように。
「な、んで……いるのよ」
あまりに信じられない光景に、僅かに震える声。
入学式前にクラス表を見に来たら、なんとその前にギルベルトが居たのだからびっくりだ。開いた口が塞がらないとはこの事である。
対するギルベルトは、少しだけ眉を寄せる。口を尖らせるような顔は幼い頃のままだ。
「なんでって言うのは失礼だろ。確かに魔力持ちじゃないけど、オレだって貴族子息なんだぞ」
「そうじゃなくて!」
思わず荒げた声に、周りの学生がちらほらと振り返る。慌ててはしたない口を指先で抑え、睨みつけるようにギルベルトを見る。そんな私を、彼は困ったように見返した。いや、私がそんな目で見られる謂れはないぞ。
私は押し殺したように声を出す。
「っ……来る、理由が貴方には無いじゃない」
魔術は使えない。
良縁も要らない。
学問も家庭教師で充分。
私に会いたい理由も、ない。
「なのに、なんで」
「なんでって……アメリアに会いたかったから来たんだよ」
アメリアなら学園に来ると思ったから。
そう何でもない事のように言うギルベルト。あまりに自然と言うものだから、一瞬都合の良い耳が聞き違えたのかと思った。
信じられないと言いたげな目をしていたのだろう。ギルベルトが、困ったように頭の後ろをかく。
そして、形の良い眉をゆるりと下げた後、バツが悪そうに手を下ろした。
「やっぱり、怒ってる?」
それはこっちのセリフだ!
そう怒鳴ってやりたかったけれど、人目がある事と、不覚にもギルベルトとの再会に、胸を打たれていた事がそれを邪魔した。
「っ……怒ってるのはそっちでしょ……嫌われたかと、」
「はあ? なんでオレがアメリアを嫌うんだよ。あり得ないだろ」
「だって、叩いちゃったし、怒ったし……それに、私の事避けてたじゃない」
まるで子供のような口振りで言った私に、ギルベルトは一瞬不思議そうな顔をした。あ、こいつ私の事避けてたの忘れてるな。
私の目が冷えたのを感じ取ったのだろう。慌てて思い出したように、ギルベルトは「それはっ」と言葉を繋げた。
「わ、悪かったよ。アメリアと顔を合わせ辛くて……格好悪いくらい泣いたし……オレの方こそ嫌われてると思って」
「なんで私がギルベルトを嫌うのよ」
「オレのせいで危ない目に合っただろ」
少しだけ伏せられた目に、罪悪感の色が映る。
そう言えば、ギルベルトも自分に責任があると子爵に主張したんだっけと、私も昔の記憶を思い出した。
なんだ、と胸をついたのは安堵だった。
結局のところ、私たちはお互いに責任を感じ、お互いに嫌われていると勘違いしていたわけだ。
まるで道化だわ、と思ったら、ようやく口元が緩む。ギルベルトがつられるように微笑んだ。そして、改まったように向き合い、私たちは互いに想いを口にする。
「アメリア、ごめんな。あの日、見送りに行かなくて」
「良いのよ。私こそごめんなさい。頬、痛かったでしょう」
「……どうだったかな。もう覚えてないや」
おどけるようにそう言ったギルベルト。細くなった若草色は、昔と変わらず私の心を穏やかにさせた。
ギルベルトと私は同じクラスだった。
喜んだのも束の間、教室に張り出された席は、ほぼ対極に位置している。残念そうな顔のギルベルトに、そう都合良くはいかないわよ、と笑う。どうせ同じ教室なのだ。落ち込む程の距離はない。
そして、私は新しく友人ができた。
彼女の名前はニコラ=カウフマン。煉瓦色の髪を二つのおさげにし、良く日に焼けた肌色にそばかすを付け、葡萄色の目を猫のように笑わせる可愛らしい男爵令嬢だ。ご実家は貿易商を営む家で、悪い言い方をすれば所謂『成金令嬢』というわけだ。
以前少し話に出て来た、ギルベルトルート以外に進むと、ギルベルトのお相手役となるのがこのニコラだ。
個人的には、是非とも二人には幸せになってほしい。面倒見が良いくせにやんちゃなギルベルトと、姉貴肌でしっかり者のニコラは、ゲーム内でもアメリアのアドバイザーとして素晴らしいコンビネーションを見せた。
作中一可愛いカップルと言っても過言ではない。
しかし、まあ、あれだ。こういうのは、周りがどうこう言うものではない。
私は推しているものの、ゲームと違い現実にシナリオなどない。なるようになるだろう、と私は三年振りに女友達との会話を楽しんだ。
「そういえば知ってる? 今年の新入生、少し注目されてるんだよ」
「注目?」
「うん。ノイマン公爵家の子息と、ヴェルナー家の令嬢が入学してるから。さっき見かけたけど、すっごい美男美女だったよ」
目の保養だわー、と惚けるニコラに、私はぴたりと動きを止めた。そして、背筋を伝う冷たい汗に気付かぬ振りをする。
「アメリア? どうかした?」
「ううん、何でもないわ」
そう、今はまだ、何でもない。
聞きたくなかった情報に、私は心の中で悪態吐いた。
やっぱりシナリオなんてクソ食らえ。




