17話
お義母様に嵌められ、アドルフとお茶会をした日、私たちはたどたどしくも、会話らしい会話を交わした。
大した話はしていないが、その一部を抜粋するとこんな感じだ。
「アドルフは手先が器用なのね。貴方の作った罠、目的は最低だったけれど、出来はすごく良かったわよ」
「ああ、あれ。……昔、シャルロッテ姉様が山ウサギを見たいと言い出して、でも外に出れるほど体調が良くなかったから、僕が代わりに捕まえて来ようと思って作ったやつ」
「ちょっと待って。本当に対獣用だったの? それを人に使ったのね?」
「っ……ちゃ、ちゃんと人用に改良しましたよ」
「そういう問題じゃないわよ! 私をウサギと同じに扱ったわね!」
仲良く——とまではいかないが、少しは姉弟らしく話せたのではないだろうか。
この後、カロリーナが微笑ましそうに仲裁し、ドーリスはこちらを気にしつつ、ビアンカを手伝った。飲み過ぎたと腹を押さえるアドルフを、ビアンカは少しだけ申し訳なさそうに支え、その日は解散となった。
そんな、当たり障りのない家族をどうにか築き上げつつあった。
————リヒャルトを一人除いて。
「アメリア。支度は順調か」
フォーゲル家に養子入りをして早二年、来年の生誕日に私は王都の学園——王立学園アルバイテンへと入学する。
生誕日とは、所謂年始の事で、この世界では年初めの日に全員が揃って一つ年を取る。いわゆる数え年方針だ。つまり、年末に生まれた子供は、例え首が座っていなくても、生誕日を迎えれば一歳と数えられる。覚えやすくはあるが、難儀なところがないでもない。
それはさておき、次の生誕日で私は十歳になる。本家ゲームにおいて、物語の中心となる学園へ行く日が、刻一刻と近付いて来た。
今はその準備中だったのだが、リヒャルトの問いをぞんざいに扱うわけにもいかず、私は姿勢を正し「はい、お義父様」と答える。
ちなみに、貴族のお嬢様らしく、支度は全てドーリスが整えている。私がやっている事と言えば、ドーリスが無理に持たせようとする煌びやかな服を、置いて行けと命じるくらいである。
リヒャルトは、従事者らしく頭を下げるドーリスを一瞥し、そうかと重々しく頷いた。
そして、まじまじと私を見た後、小さく鼻を鳴らした。アドルフのあれはどうやら父親の真似をしているようだ。その所作は不気味な程似ている。神経の逆撫で加減も。
「ランベルトが寄越した娘だから、どんな田舎娘かと思ったが……そこそこにらしくはなったな」
聞き慣れない名前に一瞬だけ頭を捻ったが、すぐにそれがヴァイツゼッカー子爵のファーストネームだと気付く。町では誰も名前を呼ばないし、ゲームでも表記はヴァイツゼッカー子爵だった為、理解が遅れた。
というか、それはどういう評価だ。確かにヴァイツェンシュタットは田舎だけども、これは褒められているのか? それともバカにされているのか。……それとも、試されているのか。
最後の可能性に思い当たり、私は静かに頭を下げる。
「お義父様のご期待に添えられているようならば、幸いですわ」
「……少しは賢くなったようだな。宜しい。学園でも、忘れるな。お前はフンベルクの人間だ」
やはり、と下げた頭の中で嘆息する。
リヒャルトは私を試していた。ヴァイツェンシュタットをバカにされた時、私がどう反応するかを見ていたのだ。
どこまでも気位の高い男だと、心の中で悪態をついた。
「知っていると思うが、学園に集まるのは貴族ばかりではない。下らぬ男を捕まえてくるようであれば、お前の評価を改める事になると承知しておけ」
「……お義父様、私は魔術を修めに学園を目指しておりました」
「だからどうした。お前こそ履き違えるな。私はお前に魔術師としての力は期待していない。修めたければ好きに学べ。ただし、お前は伯爵家の令嬢だ」
貴族令嬢の使命を忘れるな。
ぐっと下唇を噛む。何の為に自分がこの家に呼ばれたのか、そんなのは百も承知であった。けれど、改めて突き付けられた事実がこれ程までに口惜しいとは。
怒りに震える身体を必死に押し殺し、心配そうなドーリスの視線を受けながら私は貴族令嬢らしく答えた。
「はい、お義父様」
学園に入学試験のようなものはない。けれど、入学資格はあり、入学できる人間は限られる。
曰く、一般階級及び女子は魔力持ちに限る事。
曰く、クルークである事。
曰く、定められた学費を払えるだけの資金的余裕がある事。
特例として、シュタルクは伯爵以上の爵位を持つ者の従者としてのみ、従者クラスへの入学を認められる。
つまり、クルークは金と魔術刻印さえあれば、爵位を問わず学園に入ることはできる。そして、多くの貴族と多くの魔力持ちが集まる学園は、良縁を見繕う社交場として最適な環境だ。
リヒャルトが言っているのはそういう事だろう。
わかりやすく言えば、伯爵家より低い身分の男は捕まえてくるな、という事だ。
「……エーリアスの言った通りね」
別れ際、彼に貰った忠告を思い出す。
『貴族になるって事は、決して楽しいことばかりじゃない』
二年以上経った今でも鮮明に思い出せる声に、私は全くもってその通りだわ、と口の中で同意する。
魔術師としての能力は期待していない? 上等だわ。
「最良の成績で卒業してやろうじゃない」
出世にしか興味のない義父に、私は静かに闘志を燃やした。




