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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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16話-2

 

「アドルフは、私が嫌いなのよね」



 静かな午後の時間が流れる中、いい加減面倒臭くなった私はそう切り出した。

 単刀直入に言ったせいか、アドルフが一瞬変な顔をする。まるで、自分が話しかけられるとは思っていなかったような顔だ。


 ややあって、先程とは違い丁寧な所作でカップを置くアドルフ。カロリーナ似の長い睫毛を軽く伏せ、ぎゅっと眉間にしわを寄せる。



「別に」



 返ってきたのは素っ気ない一言。



「あら、意外ね。てっきり『だからどうした』って言われると思ったわ」



 今度は何も言わない。


 できるだけこちらを見ないように視線を彷徨わせ、時々伺うようにカロリーナの歩いて行った先を見るアドルフ。残念ながらまだ彼女が帰って来る様子はない。


 こんなに気まずい沈黙が未だかつてあっただろうか。ふう、とため息をつくと、アドルフは不自然な程肩を揺らして怯える。思わずじとりと睨み付けてしまった。



「何よ。別に取って食ったりしないわよ」


「アメリアお嬢様」


「……別に取って食べたりしないわ」



 ビアンカの指摘に訂正をする。アドルフは少し呆れたような顔を浮かべた後、静かに「何が言いたいんですか」と問いかけてきた。


 特別言いたい事もなければ、話したい事もないのだが、話さなければ気まずくて、おちおち紅茶も飲んでいられない。

 と、正直に言っても仕方ないだろう。席を立たれるのがオチだ。


 さて、何を話そうか。



「……そうね。貴方と、ちゃんと話をしてみたいだけよ」


「ちゃんと?」


「ええ。貴方とはケンカや嫌味の言い合いばかりで、まともに話した事がないから」



 アドルフに対して、どう歩み寄っていいかわからない。

 既に完成された家族の中に、養子として入るなんて初めての体験で、歓迎してくれている両親とは違う義弟に、どう接して良いのか私にはわからない。


 ならば、何が好きで何が嫌いか、何をどう見て、どのように感じ、考えるのか。その主義主張を理解したいと思うのは、自然な事だろう。



「相手の理解には、対話が一番だと思うのよ」



 アドルフの目が僅かにこちらに向いた。探るような、伺うようなその目を避けることなく見返せば、すぐに逸らされた。

 仕方ない。独り言のようだが、一人で勝手に話すとしよう。



「別に、私は貴方に嫌われていようと構わないの。姉だと認めてもらえないのも、他所者扱いされるのもね」



 返ってくるのは無言ばかり。けれど、言葉を止める事は、私の言葉自体を否定してしまう気がして、つい無意味とわかっていても投げかけてしまう。


 アドルフのカップを弄る手が僅かに止まるが、すぐにまた中身を空にする。そして注がれる。学習しないやつだ。

 落ち着かないのならお菓子でも食べてれば良い、と思い、ビアンカに恨めしげな視線を送るアドルフへ菓子皿を押しやる。意外そうな目で暫くこちらを睨んだアドルフは、最終的にどこかぎこちない手つきでクッキーを一枚摘んだ。


 懐かない猫のような義弟を見つめながら、私は一人話を続ける。



「人間だもの。嫌いなものがあって当然だわ。それを無理矢理好きになれとは言わない」



 好きになろうとする努力も、好かれようとする努力もしようと思えばできるだろう。けれど、どう足掻いたって全てを好きになる事は難しい。


 どんなに好きな人にも、嫌いな——とまではいかなくとも、嫌だなと思う側面がある。また、その逆もそうだ。

 そこを見て見ぬ振りをするか、口にするかは、その人の付き合い方次第だが、私はそれで良いと思う。無理して相手を肯定する必要もなければ、無理に相手を敵視する必要もない。


 それが人の感情というものだと思う。


 新しく淹れられたお茶で喉を潤しながら、私は「でもね」と視線を外す。



「私たちが不仲である事に傷付く人がいるならば、少しだけでもその事を省みるべきよ」



 私が視線を向けた先に誰がいるか、アドルフにはよくわかっているだろう。手を止め、眉を寄せたままカップの中に目を落とす。琥珀色を写した瞳で、彼は何を思っているのだろうか。



「好きになる必要も、仲良く振る舞う必要もないわ。けれど、無意味にいがみ合う必要があるかしら?」



 返事はない。けれど、アドルフはどこか落ち着いた様子で私の話を聞いていた。澄んだ瞳の色がまっすぐに私を向く。

 視線はもう逸らされない。



「大人になりましょう、アドルフ。貴方も私も、少し子供っぽ過ぎたわ」



 組んだ指をカップの前に置き、身を乗り出す。まるで、内緒話をするように囁いた。



「折り合いを付けましょう。妥協点を明確にして、必要以上の干渉を無くし、尚且つお義母様にいらぬ心配をかけないようにしましょう」



 それでどうかしら、と問う私に、アドルフはようやくしかめっ面でない顔を見せた。



「はあ……、初めからそう言えば良いでしょ」


「悪かったわね、話が長くて!」



 盛大なため息と共に吐き出された言葉に、思わず声を荒げる。少し自覚があるだけに、余計ショックだ。

 ビアンカに睨まれ肩を落とす私に対し、失礼なアドルフは「けれど」と言葉を繋ぐ。



「長いだけあって、言いたい事は理解できました」


「……それは何よりだわ」



 長いは余計だけど。すっごく余計だけど。

 じと、と睨むようにアドルフを見れば、彼はその綺麗な顔に涼やかな表情を浮かべている。強めに吹いた春風を少しだけ煩わしそうに目を細める。


 煽られた髪を抑える私を、アドルフは静かに呼んだ。



「僕だって、母様に迷惑はかけたくない」



 淡々と、夜色の髪を風に揺らして、今度はアドルフが言葉を紡ぐ。



「……正直、アメリアの事をシャルロッテ姉様と同じようには思えない」



 それはそうでしょうよ、とは言わなかった。アドルフは私の長い話を聞いてくれたのだから、私も静かにアドルフの話を聞くべきだと、無言で続きを待つ。


 しかし、



「姉様と違って、アメリアはガサツだし、口煩いし、短気だし」


「…………」


「怒ると怖いし、話長いし、怖いし」



 どんだけ私が怖いんだ! そんなに怒られたのがトラウマか!


 つらつらと流れて来た悪口に、私の耳はすぐにギブアップを宣言した。

 これ以上聞いていたら、また怒ってしまいそうだと思い「もう良いわ」と口を挟む。それと同時に、アドルフは「けれど」と逆接を挟んだ。


 つまりそれは、



「表面的なものだけで良いなら、母様の為に歩み寄ってあげても良いですよ………義姉上」



 あねうえ。


 確かにそう呼ばれた事に、私はようやく心からの笑みを浮かべる。

 ビアンカが、静かにお茶を片し始めた。





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