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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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1話

 夢を見た。

 困ったような、取り扱いにくい子供を見るような目を、初めて大人から向けられた時の夢。



「お前、真面目なのは良いんだがなぁ……少し遊びが足りないな」



 あれは確か、高校……いや、中学生の頃の担任だ。顔も名前もうすらぼんやりとしか思い出せないが、声だけははっきりと覚えている。


 もごもごと、口の中でぼやくように話す先生だった。目上の人間でなければ、はっきり喋れオラと胸倉を掴んでいたかもしれない。



 ともかく、この時私は大人しく「すみません」と謝罪の言葉を述べた。そりゃそうだ。相手に非があるとはいえ、それなりに自尊心があったであろう年頃の男の子を、言葉でとはいえ、完膚無きまでに叩きのめし、全クラスメイトの目の前でガチ泣きさせたのだから。



 でもね、先生。


 やっぱり私は、私だけが叱られた事が納得できません。


 どう考えたって学校行事をサボる方が悪いと思うのです。


 そう言い訳を心の中でしたのは何回目だろう。



 きっと私はどれだけ頑張っても、先生の言う遊び心のある人間にはなれない。

 その証拠に、生まれ変わって、第二の人生を歩み始めた今も変わらず、真面目で短気な偏屈娘のままなのだ。



 そんな自虐を抱きながら、ふわりと浮上する意識。


 うっすらと瞼の向こうに陽の光を感じ、もう起きなければと重たい頭を揺らす。


 寝返りを打った私に、カーテンなど引かれていない東向きの窓から容赦なく降り注ぐ陽の光。どうやら今日は洗濯日和のようだ。


 嫌々こじ開けた視界に映るのは、窓の向こうに広がる煉瓦造りの町並み。テレビの中でしか見たことのない風景が当たり前のように広がっている。


 下町らしい、飾りっ気のない建物が判を押したように並んでいる。小麦の町と呼ばれたヴァイツェンシュタットが、私——アメリア=シュナイダーの生まれた町だ。




 もそもそとベッドの中から体を起こす。母さん譲りのカラスのように真っ黒な長い髪がボサッと顔の半分を隠した。


 部屋の隅にお情け程度に置かれた古びたドレッサー。その曇った鏡に写る私は寝起きであることを除けば、人並み以上の容姿を有している。



 雪のように白い肌、黒曜石のような髪と瞳。紅を指したわけでもないのに、頬と唇は仄かに色付いている。



 さすが乙女ゲームのヒロイン、アメリアの顔である。



 そんな、どこぞの姫と見紛う容姿だが、残念ながら我が父上様は国王などではなく、下町の小さな仕立て屋の店主だ。顔が良く、人も良いが、女の趣味だけは悪いと常連の独身おじさんが言っていた。


 そんなおじさんを一喝したのは、気が強く恰幅の良い母。痩せれば美人なのでは、との噂だが、いずれにしても「たられば」の話だ。今日も道幅と同じだけある身体を揺らし、キビキビと仕事に励んでいる事だろう。


 見目を除けば、仕事も早く、生真面目な母は娘としては誇らしいのだが、如何せん語調のキツさと手の早さがおじさん的にはマイナスポイントらしい。似るなと言われてしまったが……ごめん、もう遅い。


 前世からの引き継ぎダウンロードコンテンツの中に、短気と口汚さはデフォルトで組み込まれている。体型だけは気をつけるから許して欲しい。




 そんな、ゲームでは設定だけであったアメリアの過去を私は自らの身で追体験している。


 生まれ変わってからの七年はあっという間だった。混乱する間も無く季節は巡り、言葉を話す頃には現状に慣れてしまっていた。


 過去を振り返る事も勿論あるが、困った事に私は既にアメリアとしての人生を自然と受け入れつつある。最初はあんなに絶望していたのにね。



「七歳……そろそろか」


 ドレッサーに向かい、髪を一本の長い三つ編みにする。ゲームのアメリアは可愛らしいボブカットだったが、私はそれに逆らうように髪を伸ばした。


 私はアメリアであるが、アメリアその物ではないという小さな抵抗。


 しかし、きっとこれからの人生は私の小さな意思でどうこうできる問題ばかりではない。



 例えば、今年中に魔術の素養が現れるとか。


 それを知ったお貴族様が私を養子にするとか。


 そのお陰で本来ならば受けられるはずもない高等教育を受けられるとか。


 その先で問題のあるイケメンたちと出会うとか。


 そのせいで…………いや、ともかく、そんな二次元的な展開が待ち受けているのだ。



 かつてハイビジョンな実家のテレビ前で一人叫んだ事を思い出し、血の気が引く。やばい、私耐えられるかな。さすがに貴族のお坊っちゃまを殴っちゃまずいだろう。


 私は鏡の中のまあるい頬を挟むように叩いた。



「大丈夫。私はアメリアであってアメリアでない。アメリアの轍は踏まない」



 頑張れ私、と自分を励まし、私はようやく自室の扉を開けた。


 ともかく今は家の手伝いが最優先だ。





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