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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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13話

 

 フォーゲル家に来て、最初の一週間は総スカン、次の週が嫌味を始めとした可愛らしい暴言。

 そして、今週、とうとう物理的な嫌がらせに発展した。



「あっの、やろうっ……!」



 誰も見ていないのを良いことに、淑女にあるまじき声を出す。ついでに拳を床に叩きつけた。もふ、と長毛の絨毯がわずかに凹む。


 あまり人の通らない廊下に仕掛けられたブービートラップに見事引っかかった私は、受け身を取る間も無く顔から床に突っ込んだ。柔らかい下敷きのお陰で怪我はしなかったが、肌が白い事もあり、きっと額と鼻は真っ赤だろう。

 血が出ていない事だけ確認して、さっと立ち上がる。値の張りそうなスカートを軽く払い、自分が引っかかった罠を確認。くっそ、意外と手が込んでやがる。




 フォーゲル家に来て二週間、未だに部屋の場所がわからなくなる事がある。それは屋敷の中の話だけでなく、街に出ても屋敷の場所がわからなくなったりする。特別方向音痴というわけでもないが、空間把握能力が低いのだろう。なので、レッスンのない時間は自己学習が終わると、なるべく屋敷の中や街中を散策するようにしている。


 街を歩く時はドーリスが付くのだが、流石に屋敷内で彼女を連れる必要はない。だって安全だもの!本来は!



「こんなのあったら危ないでしょうがっ…!」



 全くもう、とはしたなく声を荒げる。何が腹立つって、普段この廊下は殆んど人が通らない。つまり、邸内を散策する私をピンポイントで狙った罠が、その通りに作用したところだ。


 仕掛けを全部外し、一纏めにする。ゴミとしてドーリスに処分して貰おうと思ったが、想像以上に出来が良いので、本人に突き返す事にした。後で材料費を請求されても困る。


 アドルフの部屋をノックし、開けてくれたアドルフ付きの侍女ビアンカに、義弟がお手隙かどうかを問う。

 追い返される可能性も考えたが、ビアンカはすんなり通してくれた。部屋主の許可を取ることもなく「構いませんよ」と身を引くビアンカ。良いのか、それで。


 中に入ると、アドルフらしいシンプルな部屋が広がっていた。奥にある一人用のソファで、彼は読書中だったらしい。部屋に入って来たのが私だとわかると、彼は再び手元の本に視線を落とした。

 そうはさせるかと、手の中の物を彼の膝上に落とす。

 物凄く嫌な顔をされたが、それは私の反応だ。ようやく本を置き、視線を上げた義弟に文句を言う。



「随分と手の込んだ嫌がらせね」


「嫌がらせとは心外ですね。ネズミでも捕まえられたらと思って仕掛けただけですよ。……かかったのはアメリアみたいですが」



 赤くなっているであろう鼻と額を見て、ふっと人を馬鹿にした笑みを浮かべるアドルフ。この野郎。



「こんな大振りな罠でネズミが捕まえられると思ったの? 貴方の頭も高が知れるわね。獲物と罠の丈を合わせてから仕掛けた方が良いわ」


「……ご忠告が終わりましたら、さっさと出て行ってください。勉強の邪魔です」



 形の良い眉が顰められ、嫌気を含んだ目が先程まで読んでいたのであろう本に落ちる。綺麗な指先が急かすように扉を指し示し、ビアンカに開けるよう指示した。少しだけ困ったように眉を落とした彼女は、それでも部屋の主に従う。

 ……仕方ない、確かに用は済んだので大人しく帰ろう。



「次に罠を仕掛けるなら、人を巻き込まないようなものにしなさい」


「大丈夫ですよ」



 他人(ヒト)は巻き込みませんから。


 不穏な含みに勢い良く振り返るが、丁度鼻先で扉が閉められた後だった。眼前のそれをぐっと睨む。しかし、その先に私の苛立ちが届くはずもなく、私は静かに息をついた。


 なんだか無駄に疲れてしまった。ドーリスに暖かい飲み物でも貰おうと、額をさすりながら歩き出す。

 まだまだ和解には遠そうだ。






「もう、明日は何が来るのか、楽しみになって来たわね」



 屋敷内——他の人が立ち入らないような所へ様々なトラップが仕掛けられるようになった。これがまた、アドルフの隠蔽が上手いのか、私が間抜けなのか……結構な頻度で引っかかるのだ。

 時々視界の端に映った糸をたどって回避することもあるが、明らかに引っかかった数の方が大きい。


 明日はどこに何が仕掛けられているかしらね、と遠い目で膝を抱えると、ドーリスがはしたないと嗜める。そっと足を下ろした。


 トラップだけならまだ良い。いや、良くないけど。

 アドルフの優しさなのか、偶然なのか、怪我をするような卑劣な罠は無い。足を引っ掛けるような物も、全てクッション性のある床の上で仕掛けられている。

 だからといって、転んだ時の痛みや羞恥が無くなるわけではない。地味にイラっとする。


 それ以上に腹が立つのは、もっと地味な嫌がらせだ。

 読みかけの小説をダイニングテーブルに忘れた時、挟んでいた栞が別のページに移し替えられていた。それも、丁度犯人を暴くシーン。推理小説最大の禁忌である。


 その他にも、食事で使うフォークやナイフの持ち手を私の分だけ上下逆さにしたり、部屋の前に虫のおもちゃを仕掛けられたり——これは私よりもドーリスの方に響いていたが——ネタは様々だ。


 いずれにしても、対象を私に絞った、巧妙な嫌がらせが続いていた。



「すみません……私共が止められれば良いのですが」


「気にしないで、ドーリス。自分で解決すると言ったのは私だわ」



 先日、あまりに地味な嫌がらせが続くので、リヒャルトに相談してはどうかとドーリスが進言してくれた。しかし、相手にされないどころか、彼の中での私が『そんな事も解決できない凡骨』認定されそうだったので、私はその意見を跳ね除けた。自分でどうにかするわ、と。


 それに、神経を尖らせるという意味では確かに多少の疲れは生じるものの、やはり程度が子供の悪戯レベル。鬱陶しいとは思うが、それも慣れてしまえば日常の一部だ。小麦畑の害虫駆除と一緒で、煩わしいが慣れてしまえば然程の苦も無い。


 攻撃対象が私だけなら、どうにでもなる。



「ドーリス、明日の朝はミルクティーにしてくれるかしら」


「かしこまりました。ご用意しておきますわ」


「ありがとう」



 ————そう、私だけなら良かったんだけどね。






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