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真面目で何が悪い  作者: 桜庭


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9話

 

 王都でエーリアスと別れ、私たちはとうとう山岳地帯へ入った。このまま進めば、明日の昼にはフンベルクへ着くようだ。

 王都の詳細は後々——具体的には、私が入学する頃にでも語るとしよう。


 ともかく、エーリアスと別れを告げた。

 別れ際、彼はそれまでチラリとも見せなかった名残惜しそうな表情を、その優しげな顔に浮かべる。



「それじゃあ、アメリア。達者でね」


「うん、ありがとう。エーリアスも、学業も家業もで大変だろうけど、頑張って」



 ありがとう、と笑ったエーリアス。それで終わりかと思いきや、彼は少しだけ言い澱むような素振りを見せ、私を呼んだ。

 こちらを見つめる明るい色の瞳が、何故か酷く冷たく感じ、無意識に背筋が伸びた。


 エーリアス、と私が呼ぶ前に、彼は静かに口を開く。



「貴族になるって事は、決して楽しいことばかりじゃない。特に、魔力持ちはね。利用される事も、謀られる事もある。……怖い思いをするかもしれない」



 淡々とした、エーリアスにしては珍しく感情のない声だった。しかし、まるで耐えるように下唇を噛むその行為が、抑えきれない彼の感情を物語っている。


 本当に優しい人だ。

 私を案じ、それでもいい加減な嘘だけは吐くまいと、脅すような言葉を口にする。本当はそんな忠告をしないといけない場所に誰かを見送るなんて、絶対にしたくない筈なのに。


 彼のその真摯さが、逆に私を奮い立たせる。



「大丈夫よ、エーリアス。そんなの、覚悟の上だわ」



 そんな彼に私が出来るのは、精一杯の強がりで笑うことだけ。彼の優しさに報いる他の方法を私は知らない。


 男の人にしては大きな目に、私の顔が映り込む。我ながら上手く笑えているようだ。ふ、とエーリアスの顔に柔らかさが戻る。そうだね、と彼も笑った。



「アメリア。もし、どうしても——どうしようもないくらいヴァイツェンシュタットに帰って来たくなったら、その時は手紙をおくれ。父上に頼んで、アメリアが僕かギルベルトのところに嫁げるよう、フォーゲル家に話をつけてもらうから」



 アメリアなら父上も歓迎するよ、と冗談を言うエーリアス。



「それは、私が魔力持ちだからかしら?」


「関係ないって言ったら嘘になるかな。……でも、忘れないで。どれだけ素晴らしい魔術を使えても、使うのは君の意思だ」



 弟を助けてくれて、ありがとう。


 それが、エーリアスの最後の言葉だった。

 だんだんと小さくなるエーリアスを残し、フンベルク行きの馬車は再び走り出した。






「フロインライン・アメリア、この先ひどく揺れますので、舌を噛まないようお気を付け下さいませ」


「私、そんなにお喋りしてたかし、らっ……わっぷ!」



 ガタン、と大きく揺れ、バランスを崩した私はペトラの膝に顔から突っ込む。まるで漫画のような展開に恥ずかしくて顔があげられない。

 恐る恐る見上げたペトラはやはり表情筋が固まったように静かだった。



「ご、ごめんなさい……すぐに退くわ」



 怖ぇよ! この場面での無表情やめろや!

 切れ長の静かな目にビビりながら、元の席に戻ろうとした。しかし、それより早くペトラの「失礼、しばしこのままで」という声と共に、力強い手が私の身体を支える。え、ちょ、このまま? 結構つらくない?



「ブルーノ。座席を変わってもらえるかしら」


「りょーかい、ちょっと待ってな」



 ヨッと軽い掛け声と共に、ブルーノはペトラの隣からその正面に、大きな身体を反転させる。間抜けな私の隣に座った彼は、そのままペトラに何かを視線で促した。

 中途半端な体勢でペトラの膝の上に押さえ付けられている私は、されるままにその体勢を維持する。けど、ちょっと、あの、そろそろマジで腰がきつい。



「フロインライン・アメリア。座席を移動させますわ」


「えっ……ぅわっ!」



 ぐいっと、その細い腕から出てるとは信じがたい力で、ペトラの隣——先程までブルーノが座っていた席へ移動させられる。そして、そのまま引き寄せられるように抱き寄せられた。



「あの、ペトラ……?」


「失礼致しました……この体勢の方が宜しいかと存じます。この先も山を抜けるまで、暫く荒れた道が続きます。舗装された道に出るまで、私にお掴まり下さい」


「あ、はい」



 言われるがまま、私はぎゅうとペトラの服を握る。冷たい態度とは裏腹に、くっついたペトラの身体はやけに暖かく感じる。

 ガタガタと車輪が壊れそうな音を立てて走る中、ペトラの目が一瞬だけ柔らかく見えたのは、きっと気のせいだ。……だって能面メイド(ペトラ)だもの。


 荒れた道を抜け、山の隙間を縫うように進むと、ようやくフンベルクの街並みが見えてきた。

 イーヴォに呼ばれ、窓から顔を出す。ゴゥと風が吹き、朝、宿でペトラに纏めてもらった髪があっという間に崩れた。



「さぁて、着きましたよ、皆様方」



 カタカタカタカタ、と勢いよく回る風車。まるで全ての家に付いているのではないかと錯覚させる程、風見鶏が彼方此方にの屋根に設置されている。

 どちらかと言えばカラリと暑いヴァイツェンシュタットに比べ、やけに肌寒い。吹き止むことのない風が、頬をヒリつかせた。


 一番大きな通りは急勾配な坂になっており、その先に、街一番の屋敷があった。大鷲が描かれた家紋を掲げるフンベルクの領主——フォーゲル伯爵の邸宅だ。


 ここが、新しい私の家になる。









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