7話−2
ギルベルトルートに入ると、アメリアは二つの大事な約束を思い出す。どちらも叶うはずの無い、子供の頃の綺麗な思い出で終わる筈だった。
ひとつは、子爵邸の裏庭にあるオークの木の上でギルベルトと交わす結婚の約束。
ずっと君が好きだよ、と幼いギルベルトが笑うスチルに向かって、お前別ルートだと他の女とくっつくじゃんと頭を抱えた憶えがある。
そして、もうひとつは仕立て屋の父親と交わした、可愛らしい約束。
いつかアメリアが嫁ぐ時、誰よりも素敵な花嫁衣装を仕立ててあげる、というものだ。
子供の頃の——アメリアが遠く離れた家へ養子に行くなんて、誰一人として想像していなかった頃の、幸せな約束。
彼女はある日、唐突にその約束を思い出す。
そして、部屋で一人笑うのだ。二人共、約束を覚えてるかしら、と。忘れてたのはお前だと私はここでも頭を抱えた。
私にとっては、そんなどうしようもないストーリーイベントだった。些末で、頭痛にしか繋がらない。そんなものだった。
アメリアでない私にとって、彼らとの約束なんて。
だから、二年前、父さんが先のような約束を口にした時も、私はいい加減に流してしまった。
初めて夫人のドレスを間近に見て、興奮気味だった私に気を使ったのだろうとか、そう言えばこんなイベントもあったなぁなんて、他人事のように思いながら。
私は、無理しなくて良いよ、と言ってしまった。
どうせ叶わないだろうから、なんて酷い事を思った。いつか、笑って娘を見送ろうと決めていた父さんの気持ちに気付く事もなく。
————きっと父さんの思い描いていた日は、今日ではない。
ごめんな、と父さんが再び謝るのと、私が踵を返すのはほぼ同時だった。父さんと母さんの手が伸び、飛び込むような私を捉える。
養子に行くと決まった日から、父さんも母さんもくり返し言った。
元気でやるんだよ、
体に気を付けて、
辛いことがあったら我慢するんじゃないよ、と。
そんな事を言いながらも、二人は決して「いつでも遊びにおいで」とは言わなかった。……言えなかったのだろう。
そう簡単な話ではない。
治める領主が違う土地へ行くという事は、万が一争いが起こった時、問題が起きた時、そこの民として生きなければならない。
もう二度と会えない事を覚悟して、私は行くのだ。
だというのに、父さんのバカ。なんて事を言うんだ。人が、折角覚悟を決めたのに……!
七年、たった七年。私はこの人たちの娘だった。人生の中では短い、瞬きのような時間。
けれど、たとえ中身がどんなに大人でも、私は——アメリアは生まれてから七年しか経っていない。アメリアの全てはこの人たちの下で、この小さなヴァイツェンシュタットの町でつくられている。
煉瓦の建物、丘の上に立つ領主邸、長閑で笑いの絶えない人々、そして、領地の大半を埋め尽くすような黄金色の麦穂。
当たり前のようにあったそれらが全て私の生活から無くなる。
怖くないわけがない。この町を出ることが、私は当たり前のように恐ろしい。
けれど、行く事を選んだのは私だ。私が決めた。
なのに、どうして、
「どうして、父さんが謝るのさぁああ……!」
両親の温かい腕の中で、わあわあと一気に泣いた。
子供らしく、着飾る事も取り繕う事もなく、前世も何も関係ない——純粋な感情のままに泣いた。
それは、私がただのアメリアとして泣いた、最後の日だった。




