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蛹とドール  作者: 氷星凪
第三章
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最終話:永遠に萌ゆる

 メードに強く腕を握られて抗えないまま、シュウィは彼女に付いて行くような形で階段を登っていった。

 シュウィからは、彼女の顔は見えない。涙を流す姿を見た後だから、余計彼女が進み続ける理由が自分には分からなかった。


「もういいよ……メード……。いくら逃げても、もう私達は殺される。王城の外なんかに出れるはずない」


「そんなの、分かってるよ」


「え?」


 メードは前を向いたまま、答えた。槍を持った王城の兵士とすれ違いながらも、彼女はその登る足を止めなかった。息を切らしながら、シュウィもそれについていく。


「でも、どうしてもやりたいこと、最後に思いついちまって」


 階段を登り切り、一階。赤と金の模様が目立つカーペットが敷かれた、長い廊下が眼前に広がる。


 メードは再び強くシュウィの腕を引っ張ると、二人はその絢爛な景色を走り抜けていく。

 廊下を駆ける。駆ける。駆ける。シュウィの背中に背負った銃から、わずかに付いていた血が足跡のように落ちていき。


「いたぞー!みんなそいつら二人が裏切り者だー!捕まえろー!」


 背中側の、少し離れた場所から聞こえた兵士の声。二人を見る周囲の視線が、疑念から殺意に変わる。

 槍を振り回しながら、追ってくる大勢の兵士。前には、待ち構える兵士も。挟まれながらも、シュウィもメードも息を切らした状態で足を動かしていく。


「シュウィ!飛べる!?」


「え?」


「普段踊っているように!ほら、くるよ!」


 槍を持って、進行方向から突っ込んでくる兵士の姿。シュウィは、兵士、メードと交互に視線を向けながら、戸惑いつつもメードの合図に合わせ、走りながら構えをする。


 足を交差させてから、大きく床を蹴り上げる。腕も足も、大きく広げ、シソンヌ・ウーヴェルト・アン・ナヴァン。

 浮遊する中、メードは突っ込んできた兵士の横に回り、槍を強く蹴り上げると。


「そこに乗れ!」


 彼女の言う通り、槍に足をつける。二人で廊下を進みながら、シュウィの乗った槍をメードは一瞬持ったと思ったら、それを強く投擲した。そして、床を思いっきり蹴り、メード自身もそれに乗ると。


 廊下に縦に並んだ兵士達の列の上を、シュウィとメードが乗った槍が通過していく。双方向から中心に向かった兵士達が廊下の中心でぶつかり合う中、槍は廊下の一番反対側に刺さった。その勢いでメードはシュウィの手を引くようにして槍から降りると、二人はまた階段を登っていった。


 今度は三階まで繋がっている階段。踊り場でも多くの兵士が待ち受けており、一人の兵士の槍がシュウィを襲おうとすると。


「危ない!」


 勢いよくシュウィの手を引き、その体が横に回転しながらメードの腕の中に戻っていく。

 お互いが向き合い、メードがシュウィの背中に手を回し、片方の手は繋いだ状態で、二人はステップを踏みながら階段を登って行った。シュウィが背中を仰け反らせて槍を避けると、その隙をついてメードはその兵士の顔を蹴り上げた。


 あらゆる兵士を薙ぎ倒し、二人は遂に三階の廊下へと辿り着く。

 廊下を駆け、襲ってくる兵士。メードは右足首を捻り、右に続く道へとシュウィの手を引っ張っていく。後ろで倒れる兵士達。


「見えた!あそこだ!」


 奥に続く廊下の先に見えるは、大きな扉。その扉を守るようにして、二人の門番が槍を構えている。

 それを見て、メードはより強くシュウィの手を握り、更に足を回す速度を加速させる。息切れするシュウィも必死に付いていく、彼女の腕まで握って。


「そこ!止まれえええええ!」


 扉が近づく。同時に、二本の槍の先も二人に近づくと。

 メードは背負っていた銃を右手で引き抜き、前方に銃口を向ける。片目をつぶってから、こちらを向くと。


「よし、行くぞっ!!!」


 引き金を引き、銃弾が飛んでいく。その銃弾は交わった双槍の先端へと激しくぶつかり、その反動で矛先は天井を向いた。


 刹那、二人は床を蹴った。走っていた勢いそのままに彼女達は扉に飛び込んで行き、その扉を破壊しながら、宮廷舞踏会の会場である大広間へと入っていった。


 大理石の床を滑り、部屋の中心で座り込むシュウィとメード。こちらを見つめる、仮面をつけ、豪華なドレスに身を纏わせた貴族達。


 シュウィは本で見たその景色が、眼前に現れたことに心が今までにないくらいに揺れていた。

 走り過ぎて視界がぼやけていたが、その景色は確かに本物であり、お姉ちゃんとずっと夢見ていた舞台が、今、手の届くところにあった。


「ちょっと!何なのよこいつら!」


 貴族達のどよめきが大広間中に広がっていく。声が耳に響いてくる度に、その景色がより現実味を帯びてくるようだった。


 そんなシュウィを見るメードの顔は、血に塗れつつもどこか爽やかに笑っていた。廊下の奥からこちらに向かってくる兵士達の声が聞こえてくると、メードは表情をすぐに切り替えて、シュウィの両肩を強く掴んだ。


「シュウィ、お前はここで踊れ」


 強く肩を掴まれる感覚。既視感。貴族達の罵声のようなものが、あちらこちらから投げかけられている。シュウィは周囲を見回すと、小さく体を縮こまらせた。


 下級舞踊会で観客だった貴族達が、そこには多くいた。必死に首を振るシュウィ。それでも、メードは更に強く両肩を握り、まっすぐな目を彼女に向ける。


「俺は、お前の自由な踊りが好きだ。だから、見せてくれ。お前の好きなように、ここで、踊ってくれ」


 その時、彼女の目の奥の灯火が、シュウィにははっきり見えた。そして、自分の心の中に眠っていた感情が少しずつ蘇っていくような気がした。

 不器用に笑い、両肩から手を離し、立ち上がろうとしたメードにシュウィはまたもや既視感を覚える。シュウィは必死にメードの腕を掴む。


「メードは……?メードはどうするの?」


「俺はお前が踊れる舞台を作り上げる。大丈夫だ。心配すんな」


 そう言って、メードは立ち上がった。シュウィから見えるその背中は堂々とし、今まで見えなかった力強さが湧き出ていた。


 メードは持っていた銃の銃口を天井に向け、思いっきり銃弾を放つ。激しい銃撃音に周囲の貴族は狼狽え、後退りをしていく者もいた。


「お前ら!死にたくなかったら邪魔すんじゃねぇぞ!」


 部屋にある二メートルほどのオルゴールから飛び出たハンドルを、メードが銃で一発撃ち抜くと、そのハンドルが回り始め、止まっていた音楽が再び流れ始めた。


 そしてその銃を携え、彼女は入り口の方へと駆けていく。向かってくる兵士を躊躇なく撃ち、その血飛沫が大理石にどんどんと垂れていき。殴り、撃ち、掴み掛かり。


 大勢の兵士に一人で立ち向かう姿を見ていると、シュウィは自然と立ち上がっていた。貴族達の、仮面越しの視線が一斉に集まる。


 彼女は深呼吸をすると、両腕を自身のお腹の前に、右足の爪先を右、左足の爪先を左に向けた状態で足を前後に密着させる。腕を広げ、構えて。


 両爪先を上げる、ポアントの姿勢。細かい音色に合わせて、右に、左に、小さくステップを繰り返す。背筋を伸ばしたアン・ドゥ・オールの姿勢を意識する。直線だ、直線の動きだ、ここでは自分を縛るものは何もない。


 右足を軸としたピルエットを小気味良く、一回転、二回転、三回転。のち、左足を空に高く上げ、両腕も、足も、大きく広げたポーズ。自分の体の全てを、曝け出すような。頭よりも早く体が動いていた。


 細かいステップ。ステップ。体をしならせ、両足を開脚させた状態で横に飛んでいく。何度も何度も、跳ね、回り、飛び、空を駆け。


 ああ、自分ってこんなに踊れたんだ。


 貴族達の首が振り付けに合わせて、動いていく。前のめりで見入る人や、座り込んで顎に手を置きながら見る人。

 メードが血に塗れながら、兵士達を殴り、殴られ、床に倒され、倒し。その全てを、シュウィは目に焼き付けた。夢に見た宮廷舞踏会の場所で、亡き姉の顔を浮かべながら。


 メードは兵士達に倒され、うつ伏せの状態で銃を頭に構えられていた。真紅に染まったその髪が、顔が、シュウィに向いている状態で。彼女は踊り続けた。回転しながら足を高く上げ、右腕を前へと伸ばすピルエット・ランヴェルゼ。


 音色は激しさを増し、合わせてシュウィも最後の構えに入る。右足を軸にして、左足を横に上げ、両腕を広げたまま、腰を捻る。


 そして、床を蹴り、空中を回転、回転、回転。メードは涙と血でぐちゃぐちゃになった視界の中で、確かにシュウィが飛んでいるのを感じた。


 着地後、音が途切れる直前。シュウィは、メードの目を見て。


 足を爪先立ちにしてから左足を上げ、上げた足を緩やかに曲げて二秒保持。連続して、両手の人差し指と人差し指をぶつからせる動き。最後に両足を揃え、右足を左足に交差させて右足を軸に右回転、それから彼女はピタリと止まった。


 メードはより一層涙を目から漏らした瞬間、引き金は引かれ、彼女の頭は勢いよく爆ぜた。


 果たして。


 兵士から銃を奪い取った桃色のドレスの貴族は、すぐにシュウィへと銃口を向け、引き金を引いた。

 大きな銃撃音と共にシュウィは倒れ、王女ホロウ・グロリアは肩で息を切らしながら、銃を下ろした。


「私より、目立つやつなんて許さない……!」


 その瞬間、ホロウはハッとした顔をして、銃を地面に落とす。それを見て、仮面を外した前王女、トール・ルナは白いドレスを揺らしながら、他の貴族に訴えかけるように言う。


「あれぇ〜?貴族が殺生に手を染めるなんて忌避される行為を、ましてや国の王女様がそんなことをするだなんて。これはみなさん、いかがなものなのかしらね?」


 王女と前王女の視線が激しくぶつかると、貴族達は口々に言葉を発し、徐々にそれは衝突へと変化していった。白く塗られたその肌がひしめき合い、やがてその風潮は国中にまで広がっていき────。



 楓暦1742年、12月31日。この日に起きた「人形(ドール)31日のクーデター」により、ブルムス帝国は、内部でグロリア派とルナ派に分かれ、争いを始めることとなった。


 その内戦ゆえに国全体が不安定になっている時期に先進国群は目をつけ、連合となってブルムス帝国を制圧することに成功し、領土はのちに多くの国によって植民地として分割統治された。


 当時、死者を入れる棺桶が足りなかったことから、クーデターを起こした二人の遺体は一つの棺桶に入れられ、三日三晩灰が残らなくなるまでに燃やされた。


 彼女達が、天国にも、地獄にも、行けないように。そう、願いをこめて。

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