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蛹とドール  作者: 氷星凪
第三章
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第7話:裏切り者

 メードは勢いよく王城の廊下を駆け出した。地下に繋がる階段を体を前のめりにして降り、足を素早く回す。


 まずい。早く処理室に向かわないと。シュウィが、あいつが、見つかってしまう。見つかったら、絶対、殺され────。


 長い石造の廊下。一人の足音が、タンタンタンと素早く響く。手前から六番目、奥から五番目の部屋。

 案内なんてない、でも分かる。自分には、そこだけ扉の色が違って見えるから。


 処理室の鍵を開け、その重い扉をめいいっぱい退ける。近くの壁を叩きながら、その棺桶の広がった景色にメードは目を血走らせ。


「おーいシュウィ!俺だ!いるか!?いるなら出てきてくれ!」


 棺桶の一つが震え、御扉が手を振るように開く。棺桶から出てきたその白く細い体。

 それが見えた瞬間、メードはほんの一瞬の安堵の後、シュウィに急いで近づく。シュウィは棺桶から足をするりと出すと、彼女の目を見ながら。


「今日は、早かったね……。じゃあ、」


「シュウィ!今すぐここから逃げるぞ!」


 メードがシュウィの手を固く掴む。突然の提案にシュウィは少し体を震わせ、数ミリ眉に皺を寄せる。


「ど、どういうこと。そんな、急に」


「もう少ししたら軍の奴らが来るんだよ!見つかっちまったら、お前は殺される!だからだ!さあ、ほら早く!」


 彼女の手を引っ張り、メードは扉の方へと向かおうとする。足を踏み出した瞬間。シュウィは、その彼女の筋肉質な腕を小さな手でめいいっぱい掴み、そして、握り。


「……シュウィ?」


 軍人であるメードの動きを止めるには、少なすぎる力だった。でも、メードは彼女が自分に行った初めての抵抗に、足を止めざるを得なかった。


「私は、ここにいる」


 茶色く光る、まっすぐな瞳が二つ。メードは笑うでも、悲しむでもない彼女の表情が心に染み込んでいくようで、手を強く握ったまま顔を歪ませる。


「なんで……どうして……」


「私に行く場所なんてない。どこにも逃げ場なんてない、だから、」


「でも!」


 遮るように、響き。メードは徐々に足を意識に移す。進まなければ。その思いが頭に反芻する。その様子を見て、シュウィはその握っていた手の力を抜いていく。


「なぜ、あなたはそこまでするの?」


「……」


「私を外に出したら、あなたは軍を裏切ることになる。そうなったら、あなたこそ死ぬ。そんなリスクを冒してまで、なぜあなたは私に」


「……それは」


 メードの頭に浮かんだのは、今は亡き弟の顔だった。今まで、自分が辿ってきた景色が頭の中を駆け巡っていく。

 自分は、何なのだろうか。一体、自分は何のために生きているのだろう。メードの沈黙による、数分間。


 そんな静寂を切り裂くかのように、突如目の前の鉄の扉が音を立て、開いた。そこには、手を後ろに組み、不動の姿勢を崩さない、必死に追ってきた父親の姿があった。


「お、お父様……!?どうして、ここに」


「やはり、そうだったか」


 上品に扉を閉め、再びこちらに向き直ってから、オークはシュウィに目線を合わせる。


 彼女のレンプリッヒ人である印、その茶色の双眼を確認すると、彼は背中に担いでいた銃を一瞬で構え、シュウィに勢いよく銃口を向けた。

 メードは目を見開き、無意識にシュウィの前に被るように立つ。


「お父様!待ってください!」


 銃口を向けられても、シュウィは表情一つ変えなかった。

 メードは、ただ無言でその場を制圧する彼の威厳を感じ取り、無意識にも喉から言葉が押し出されるようだった。


「俺は、彼女から施設内での情報を引き出していました。事実、その影響で人形(ドール)達の行なっていた独自の意思疎通法が解明され始めました。彼女はまだ情報を持っています。だから、ここで殺すのは……」


 オークは彼女の言葉を依然無言のまま、咀嚼する。彼は向けていた銃口をゆっくりと下ろし、それを床に向ける。軍隊帽を左手で直しながら、メードの目をじっと見ると。


「いずれにしても、施設内のレンプリッヒ人全員の処刑は決定事項だ。メード、お前は処刑人だろ。今、その銃でそいつを殺せ」


「お父様!それでは情報が!」


「出来ないなら、この場で、お前を撃つ」


 初めて向けられた、父親からの銃口。引き金にかかった彼の指は、容赦無く動くだろうとメードは今までの経験から思った。


 彼女は、立ち尽くすシュウィの顔を見る。シュウィは彼女の顔を見て、ただ一度、頷くだけだった。

 そして、メードは諜報員としての緊急時に使う小型銃を、軍服のポケットから少しずつ空気に触れさせた。手は、小刻みに震えていた。


「……分かりました、お父様」


 メードは、シュウィに向かい合うように立ち、ゆっくりと銃を向ける。父親から向けられた銃口の重みを背中に感じながら、そこを汗が通っていく。

 シュウィの後ろの焼却炉から漏れる火花が、その目の前の標的(シュウィ)と重なる。引き金に、指をかけ。


「いきます」


 彼女の頭に、銃口をずらす。その時に見えた彼女の顔が、夢に出てきそうで。そしてメードは、そのまま、引き金を────。


 右足を後ろに下げ、足首を捻る。床を蹴ると、左回りに彼女は振り向き。


 引いた。


「だめ……!」


 その瞬間、シュウィは自然と声をこぼすと、メードの腕を掴んで下へとずらす。彼女が頭を狙ったはずの銃弾は弾道をずれていく。


「くっ!」


 ズレた対象に一瞬で銃口を合わせ、オークが引き金を押し込もうと刹那。スコープから見えたのは、娘の姿だった。息を飲む。


 一コンマ遅れて引き金を引いた時にはもう遅かった。飛んできた銃弾が手首に突き刺さり、銃を床へと落とす。放った銃弾は虚しくも天井に当たって、落ち。


「はああああ!!!!ああああああ!!!」


 一心不乱に銃の引き金を何回も引くメード。銃を離さない彼女の手を後ろから掴むのは、その白く、細い腕だった。


「だめ……!こんなの……!」


 銃弾が四方八方に飛び散る。オークの足、胸、腕、何箇所かに当たり、急所を捉えることはなかったものの、彼はその場で床に倒れ込んだ。

 メードは銃弾がなくなっても、叫びながら引き金を引き続けた。その目には、うっすら涙が浮かんでいた。


「メード!」


 耳元で放たれた掠れ声。それはまるで囁くような声だったにも関わらず、メードの頭の中にはそれが強烈に響いた。

 我に帰り、目の前の光景を見て、銃を手から落とす。こちらに流れてくる血の発生元と、目が合った。雫が頬を伝うと、彼女は腕を宙に残し、膝から崩れ落ち。


 目の前には、シュウィがいた。彼女は目尻を下げ、ただただメードを見ていた。シュウィはその細い指を、メードの頬に滑らせる。それはやけに暖かく、涙を拭き取られた後の頬は、酷く、冷たく。


「かっ……ぐはぁっ……」


 床に伏し、血を吐き出すオーク。その声を聞き、メードは深く深呼吸すると、一度閉じた目を閉じる。それが、もう一度。

 そして次に目を大きく見開くと、メードはシュウィの手を強く握って引っ張り、彼女を無理やり立ち上がらせた。


「行くよ」


 戸惑うシュウィの顔も見ないで、メードはその手を強く引っ張っていった。

 落ちているオークの銃とこぼれた弾を乱雑に拾い上げると、彼女はシュウィを連れ、そのまま勢いよくその部屋を後にした。


 オークは血を吐きながらもなんとか手で体を起こした。時間をかけて床を這いずり、部屋の外に出て、顔を上げる。


 見える景色には、彼女達はいなかった。地上に続く階段に向かって、匍匐前進を続けていると、一人の兵士が降りてきて、こちらを見るなりすぐさま駆け寄ってきた。


「オークさん!どうしたんですかその怪我!?」


「……王城内兵士各員に伝えろ。一人の軍の裏切り者と、一人の人形(ドール)が処理室から抜け出した……。私のことはいい。その二人を、直ちに捕まえるんだ……」


「りょ、了解致しました!」


 兵士は来た道を急いで戻り、階段を駆け上がっていった。オークは壁にもたれかけるようにして座り込むと、手で口の血を拭い、天を仰いだ。


「結局、私も同じだったな……」

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