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蛹とドール  作者: 氷星凪
第一章
2/8

第2話:抜け殻

 ガシャンという鈍重で冷たい金属の音。隣の檻の鍵が開錠された音で、シュウィは不本意に目を覚ました。


 座り込んだまま寝てしまっていたせいか、背中と腰の体温が妙に奪われているような、そんな体の不自由さを感じる目覚めだった。

 すぐに彼女の檻の扉も開かれ、後ろに手を組んだ看守のそれは凛々しい目線が今日はその日なのだと思い知らされる。


「隣の人形(ドール)に続いて並べ。舞踊会の会場に向かう」


 不意に立ち上がったせいか、背骨から淡白な音が連続して響いた。腕を規律的に振りながら命令通りすぐに檻から出ると、看守によって扉は再び閉められ、もうそこには戻れなくなっていた。


 突然、向かいの檻から大きな音。破裂音のように聞こえるそれは、檻の中で大の字で寝ている219番のいびきだった。

 彼女はブルムス人であり、我々のような人形(ドール)という扱いを受けることはない。そのため、彼女はレッスンに参加することも出来ず、もちろん舞踊会に参加することも出来ない存在なのである。


 シュウィはたまに彼女のことが、気の毒に思えた。彼女はこれからも死なない程度に傷められ、ずっとこの施設で囚われ続ける。

 もはや今の彼女には、自分達のように死ぬ権利すらないのだ。破れた施設服の隙間から見える、彼女の腕についた焼印がシュウィの杞憂をより現実たらしめていた。


 看守は舌打ちをしながら後ろに進み、また機械的に他の人形(ドール)達の檻を開け、列をどんどん伸ばしていく。

 シュウィは前の人形(ドール)の後頭部をじっと見たまま、気をつけの体勢を崩さない状態でただひたすら次の指示を待つ。


「それでは!進めぇ!」


 檻を出てから数十分後。足が痺れてきたぐらいの時間帯で、軍人の張りのある声と共に列はゆっくりと動き始めた。シュウィはほんの少しだけ目線を右に逸らす。

 自分が過ごしてきた檻の中を外から見るのは、もちろん初めてではない。空っぽになった檻の中。でも今日はなぜか不思議と、いつもと違う、そんな漠然とした感覚だけがほんのりと心を埋めていくようで。


 看守を先頭にした列はやがて施設を抜け出し、外の大きく広がった草原の真ん中をまるでアリの隊列かのように、続々と進んでいく。

 そして、施設の敷地と王城の敷地を隔てる、看守の身長の三倍高い金属製の鉄格子を王城側の軍人に開けてもらい、シュウィ達は裏門から王城の内部へと入っていくのだった。


 煌びやかなシャンデリア。壁に立ち並ぶ絵画。木製の台が点々と並び、その上には花瓶に入った綺麗な花々。

 廊下一つとっても王城内はまさに豪華絢爛という言葉が似合うような装飾具合であり、貴族がつけていた香水であろう甘い匂いが常に強く鼻に突き刺さってくる。


 廊下に続く多くの花が刺繍されたカーペット。だがその柄は、上に敷かれた麻の布のようなもので隠されており、人形(ドール)達はその布の上を通れということなのだと自然と理解出来てしまった。


 発表する舞台の部屋の装飾は更に激しく、ステージに向かって並べられている椅子の数は恐らく約百個を超えているようだった。

 シュウィ含めて三十人程度の人形(ドール)達は舞台裏の満足とは言えない広さに案内され、机に置いてある衣装にすぐに着替えるよう命じられた。


 近くの人形(ドール)達と肌が触れそうなほど人で埋まっている部屋の中で、仕切りも着替えを置く場所もないまま、各々が施設服から白色のクラシックチュチュに着替えていく。

 施設服を脱いだシュウィの体は健康的とは言えない白さであり、強く浮き出たあばら骨を隠すように彼女は着替えを手早く終わらせる。


 シュウィの隣の人形(ドール)達は、しきりに彼女の方を見ては眉を顰める。片側の人形(ドール)が着替えをしながら、こっそりと肘で彼女を遠ざけるような動きをすると、一方もそれに返すように彼女を肘で押していく。

 着替えが終わり、その場にいる人形(ドール)達が振り付けの確認をし始める。だが両隣からのその待遇は続き、シュウィはただでさえ細い四肢を縮こませることしかしなかった。

 

 部屋の扉が開き、野太い看守の声が響く。


人形(ドール)達、もうすぐ出番だ。これから袖への移動を開始する。それとあと一つ。今日は現国王の血を引くグロリア家の王女、ホロウ・グロリア様と前国王の直系の娘であるルナ家のトール・ルナ様が観覧に入られるそうだ。無礼のない下級舞踊を見せろ。それでは、並べ」


 指示に従い、続々と部屋を出ていく人形(ドール)達。シュウィもその大勢の波に揉まれながら、隊列を構成する一員となる。


 移動を経て舞台の左袖に着くと、閉まっている幕を貫通し、舞台と対面となる客席の方向から貴族の談笑や甲高い笑い声が聞こえてきた。

 その喧騒の大きさからどれだけの貴族が集まっているのかが容易に想像出来ると、もう開始が近いということが経験からよく分かっていた。


 開演ブザーが鳴り、拍手が部屋中に響き渡る。幕が開き、舞台上に光が差し込んで音楽が流れ。

 看守が首を舞台側に向けたのを合図に、人形(ドール)達は舞台上へと飛び出していき、遂に貴族達の前に姿を晒す。


 ホールルームの端で弾かれているオルガンの音色に合わせ、人形(ドール)達はステップを刻んでいく。

 6×5の隊列を崩さぬまま、教えられた踊り以上のことを何もしないように心がけたその動きは優雅とは程遠いようないかにも下級舞踊らしい動きだ。


 奇しくも最前列の端で踊ることになったシュウィは、以前の舞踊会と違って今回はいつもより観客の顔がよく見えるような感じがしていた。やはりその面々には女性貴族しか見えない。

 みな、顔含め見える肌全てを化粧で異常なまでに白く染めており、装飾品で煌びやかなドレスは椅子からはみ出そうなほどの大きさを誇っている。


 左足に重心をかけてそのまま右に飛ぶ。着地。その流れで右足を上げ、つま先を天井に向ける。教えられたステップを淡々とこなす。

 貴族達は言葉などなくとも分かるような軽蔑の目線、嘲笑をこちらに向ける。たったこれだけが、下級舞踊会の目的だ。私達は今、彼女達の権力を誇示するための舞台装置として役目を果たしている。

 

 演舞も終盤に差し掛かる頃。シュウィは時々、客席の一際装飾の多い桃色のドレスを着た貴族の人と視線が合うことがずっと気になっていた。

 彼女は開演時から表情を変えずにまっすぐな目でこちらを見続けており、他の貴族の嘲笑の表情と対照的だったためずっと印象に残っていた。


 シュウィには彼女の真意は分からなかった。別に分かろうとも思わなかった。だが、シュウィはそこで何かを感じた。そう思った瞬間、彼女の足は振り付けとは違う動きをした。

 でもたった一瞬だった。たった一瞬、足をピンと張った。同じ踊りを数百回見なければ分からないようなほんの小さなアドリブを。意図的だったか、反射的だったか、シュウィはその行動の動機を自分でも理解出来なかった。


 小さな抵抗。そうとも見えるそのわずかな動きの後、その客席の貴族は眉をピクリと動かした。本当にわずかな動きゆえ、貴族側も、軍隊側も、それには気づくことなくそのまま演舞は終わり、幕は閉じられることとなった。


 

 もはや故郷とも言える施設を眺めながら石の壁に寄りかかり、風で揺れる乾いた草原でシュウィは縮こまって座っていた。集まって舞を披露し合っている、人形(ドール)達を遠目に見ながら彼女はただ静かな場所で俯く。


 舞踊会後の恒例の自由時間は、外というには仮初の、大きな石壁で囲まれた施設の敷地内の草原で与えられる。

 とは言ってもこれは、人形(ドール)達が檻内に王城から物を持ってきていないか確認する時間であり、この後身体検査も行われる。自由な時間なんて、どこにもない。


「おーい」


 囁くような声が聞こえる。顔を上げないでも声の主がシュウィには分かった。219番は何度かシュウィに声をかけた後、彼女の隣に座ると距離を詰めてきた。


「ねえねえ、また教えてよ。あの踊りで喋るってやつ。俺、お前以外に嫌われちゃってるみたいでさー」


 219番は口をほぼほぼシュウィの耳にくっつけるようにして、非常に小さな声で喋っている。

 外だからある程度言葉を交わすことが出来なくもないが看守がいないわけではない、流石に昨日のことがあったから彼女も学習したんだろう。


 彼女は二年前から突然この施設に入ってきた。なぜブルムス人の彼女がここに入れられることになったのか、その理由は今も聞けていないし、別に知りたいとは思わない。


 ただ他の奴らと違って拒まないから、という理由だけで彼女に粘着され続けている。確かに彼女はブルムス人だ。自分達の国を滅ぼした国の民族だ。


 顔を一瞬だけ上げる。遠くの他の人形(ドール)達がこっちを指差しているのが分かった。この共和国民しかいない閉鎖された空間の中でブルムス人と関わりを持ってしまえば、自分も同族と見なされるのは自然な流れだと思う。


 でも、正直もうそんなこと全部どうでも良かった。何を恨んだって、もうお姉ちゃんは帰ってこないんだから。


 シュウィが黙っているのを見兼ね、219番は自身の施設服の中に手を入れる。そこから取り出したのは、ある本のページ数枚のようで、そこには宮廷舞踏会の様子が描かれていた。


「ほら、これ見ろよ。お前好きだろ?」


 シュウィは顔をゆっくりと上げ、219番の差し出すページの切れ端に目を映す。そこでは可憐なドレスを着た華やかな女性達がまさに踊っている最中の絵が描かれていた。

 他のページには、教本から引っ張ってきたであろう踊りのテクニックについて挿絵付きで記述されていた。


 思わず見入ってしまうシュウィ。じっとページを見つめる彼女の様子を伺い、少し口角を上げながら219番は口を開く。


「な。だからさ、これと交換条件で教えてくれって、」


「これにて自由時間を終了とする!各自、即刻施設前に集まるように!」


 言葉を遮るように、遠くから看守の雄々しい声が聞こえた。219番は焦ってそのページを草原の土の中に埋め、すぐに立ち上がる。

 彼女はシュウィに手を差し伸べると、シュウィは一瞬その土の場所を見てからその手を握って立ち上がった。


 身体検査が終わり、看守に連れられて検査室を出て行こうとした瞬間。別の看守がその看守に耳打ちをし、シュウィは収監エリアとは逆方向の談話室に連れられることとなった。

 鉄の扉が閉まると、部屋の真ん中にある小さな石机を挟むように置かれた椅子二脚にシュウィと看守は向かい合うように座った。看守は机の上で腕に腕を乗せて手を組むと、彼女にまっすぐな視線を向ける。


「王女様の命令により、お前の処刑が確定した。執行時刻は明日の昼だ。次の収監者の準備のために、お前にはこの談話室で明日まで過ごしてもらう。伝えることは以上だ。いいな?」


 シュウィは無言で、ただ頷くことしかしなかった。それ以外の選択肢なんか、最初から無いのだと気づいていたからだった。何より、その方が良いと思ってしまっていた。もう、とっくに。



 施設と王城を隔てる鉄格子の前。シュウィは木で作られた十字架に、縄で括り付けられていた。曇り空の中、冷たい風が体に酷く染みるのがやけに生を感じて。


 鉄格子の奥には、人形(ドール)の処刑を見に来た多くの貴族達が立ち並んでおり、その中には昨日目が合い続けた桃色のドレスの彼女もいた。

 彼女の周囲には、護衛と見られる異常な数の軍人が構えており、それだけで彼女が何者だったのかは十分に察せた。


 ザッザッザッと枯草を踏み締める音。その足音と共にシュウィの目の前に現れたのは、噂に聞いていた処刑人の姿だった。

 全身を黒いローブで包み、顔も黒いフードで隠れていてよく見えない。幼子が見たら死神が現世に降りたと信じてしまうような、その異形な姿はこれから命を葬り去る者の正装としては十分すぎた。


 処刑人は当たり前に、躊躇なくシュウィに銃口を向ける。シュウィはそれでも表情すら一切変えず、恐ろしいほど体を動かさなかった。まるでもう、死んでいるようだった。


「それでは、始めい!」


 軍人が手を高々と上げると同時に、処刑人はその引き金を重々しく、だが何度も引く。銃声。銃声。銃声。


 首元に一発、胸に二発打ち込まれた弾丸は命中し、シュウィは力が抜けたかのように首を俯かせた。

 処刑人が迫力の余韻を感じている貴族達に向かって一礼すると、軍人は縄を外し、シュウィの胸に耳を当て、もう動いていないことを確認した。

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