ドラゴンの王子様の背中は、私だけのもの。
婚約者は、クールで優しいドラゴンの王子様。
恋なんて知らなかった私に、まっすぐ愛をくれる。
初めての気持ちに戸惑いながら―空中散歩のお時間です。
「おめでとう、シオン。とりあえず、よかったな」
そう声をかけてきたのはファリス。
明るい茶色の髪を無造作にかき上げ、どこかチャラついた笑顔を浮かべる青年――それがファリスだった。けれどその目の奥には、場の空気を読んで誰よりも気を配るような鋭さがあった。
「ありがとう。ちゃんと婚約して貰えて嬉しいよ」
シオンが穏やかに微笑んだその言葉に、私は小首をかしげた。
「私に婚約を求めにきたの……?」
私が疑問を口にすると、ファリスがこちらを見てにやりと笑った。
「姫さん、シオンはこう見えて王子なんだぜ」
「王子? それに、姫さんって……私のこと、知ってるの?」
驚いて一歩近づいた瞬間、シオンがすっと私の前に出てきた。
「ファリス、あまり近づくな」
「……って、姫さんの方から寄ってきたんだけど?」
ファリスが肩をすくめて笑いながら続ける。
「ま、いいか。俺たちは隣国ドラゴニアから来た。で、シオンはそこの王子ってわけだ」
「ドラゴニアって……すごい大国よね。それに――」
ドラゴニア。隣国にして、魔力国家としても名高い大国。
そして何より――
「そう。俺たちは、ドラゴン族だ」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓が跳ねた。
「……ドラゴン族……!」
シオンがドラゴン族――なんて幻想的。噂にしか聞いていなかったがまさか本当の話なんて。
でもそれ以上に気になったのは――
「それで、そのドラゴニアの王子様がどうしてわざわざこんな小国に?」
疑問を口にした私に、ファリスが口を開きかけた、が――
「ファリス」
シオンが、低く静かな声で遮った。すっと冷たい空気が漂う。
「なにかあるの?」
私が問いかけると、シオンは少しだけ困ったように笑い――そしてまっすぐ私を見る。
「なにもないよ。ただ……僕は君に結婚を申し込むためにここに来た」
「……っ」
「好きになった相手がエルミナだったのは、正直驚いた。でも、婚約できて嬉しいよ」
真剣な目で、優しくそう言ってくれる。
胸がきゅっと苦しくなった。嬉しくて、息が詰まりそう。
(ちゃんと、私だけを見てくれる人が……
この人になら甘えられる。)
「私も、嬉しいわ。……ねえ、シオン。ドラゴンの姿って、見せてもらえる?」
「もちろん。見たい?」
「見たいっ!」
彼は少し笑って「じゃあ少し下がってて」と言い、私から距離をとって変身した。
――次の瞬間、まばゆい光とともに現れたその姿は、思わず息を呑むほど美しかった。
白銀の鱗は陽光を受けて宝石のように煌めき、広げた翼は空そのものを抱いているようだった。
翡翠の瞳がまっすぐ私を見つめ、まるで――選ばれたことを告げているようだった。
まさに――神話の中の、神獣。
私は思わずそっと近づき、手を伸ばそうとした。が、そこでファリスが止めに入る。
「姫さん、悪いけど、今のシオンにあんまり近づかない方がいい」
「え、触れないの?」
私ががっかりしていると、シオンが人の声で答えてくれた。
「ごめん。鱗に棘があるし、翼を動かすだけで君を吹き飛ばしてしまうかもしれないんだ」
「……おいおい、シオンは一国の王子だぜ? 乗るとか、気安く言っちゃ駄目だろ。」
「そっか……。ちょっと、乗ってみたいなって思っただけだから。気にしないで」
「いいよ、乗っても」
「……へ?」
「翼の魔力制御はできてるし、エルになら――乗ってほしい。君の体温、感じてみたい」
シオンの白いドラゴンの顔が、明らかに赤く染まっている。
そしてその様子を見た私も、頬がじんわりと熱くなる。
「はぁ〜〜〜……やってらんねぇ!」
そんな私達の様子を見て、ファリスが両手を上げて叫ぶ。
「俺も、恋人が欲しい‼︎じゃ、俺はどっかで休憩してるから、ラブラブ終わったら呼んでくれ」
そして去り際に、ぽつりと冗談のように呟く。
「姫さん乗せるなら、俺も一度くらい乗せてくれよ。他人の背中から見える景色ってやつを、見てみたい」
それに対して、シオンは静かに、しかしきっぱりと答えた。
「……僕の背中に乗せるのは、エルだけだ」
その言葉に、私は胸の奥がきゅんと鳴った。
(……私だけ、って)
シオンの優しさと独占欲が、まっすぐに伝わってくる。
初めての、誰かの温もり。
シオンのまっすぐな好意が胸に刺さる。
高鳴る胸に私は今、初恋をしたのだと実感した。
初めての恋で、どう受け止めていいのかわからない。
でも――嬉しくて仕方がない。
「シオン」
私はそっと、彼の背中に手を伸ばした。
「エル、君が背中に乗るのは僕だけにして欲しい。
他の誰の背中にも乗ってほしくない。
もちろん、ファリスにも。」
「うんー。私も、シオン以外に触れたくない。」
少しむず痒い気持ちを抱きながら、棘に気をつけてシオンの背中に乗る。
そして、ふわりとその体が宙に浮いた。
風が巻き、視界がゆっくりと浮き上がる。
空へ――シオンの背に抱かれて、私の初恋が羽ばたき始めた。
「シオン。まじで背中に乗せるって思わなかったぜ。」
「僕はエルには嘘はつかない。」
「シオンッ‼︎」
「バカップルになってるな。」
「フンッ…。気に入らないならお前も恋人作れ。
行こう、エル。」
「恋人か…。欲しいけどよ。俺はお前のお守りで時間がねーんだよ。
…幸せになれよ。」
ファリスの呟きは空に消えた。
「あーあ!誰か俺の恋人になってくれぇ!
あと、ブックマークや評価をくれる女神にもなってくれ。」