改訂前 3最強兄に「お前は弱い」って全力で甘やかされてます。
婚約破棄されたその夜、私は“兄”を名乗る男に攫われた。
辿り着いたのは、あまりにも美しくて、どこか懐かしい世界。
けれど、そこで語られた“かつての妹”の話に、私は奇妙な痛みを覚える。
記憶と感情が揺らぐ神の世界で、私は少しずつ「真実」に触れはじめていた。
現実とは思えないほど神秘的な森の中。
空は水彩画のように淡く透き通り、風は花の香りを優しく運んでいた。
その中で、アスガルドはふと歩みを止めて言った。
「……俺には、昔、妹がいたんだ」
「え?」
不意に漏れたその言葉に、私は足を止める。
「お前に……よく似ていてな。
気が強くて、頑固で、だけど、よく笑って、よく泣いて……」
懐かしむような表情。
けれど、その奥に微かな痛みが滲んでいる。
「彼女、神なのに“人になりたい”って言ってたんだ」
「神様が……人に?」
「理由は単純だよ。好きになった相手が人間だった。
人間として、その人と同じ時間を生きたかったんだろうな」
風が木々を揺らす音が、まるで誰かの泣き声のように響く。
私は、少しだけ声を落として聞いた。
「……あなたが、その願いを叶えたの?」
「……ああ。叶えてやったよ」
ほんの一言。でも、その重さが伝わる。
きっと、それが彼の後悔になっている。
「でも、その妹さんは――」
「裏切られた。人に。
信じていた男に、全てを踏みにじられたんだ」
静かに語られた言葉が、心に深く沈んでいく。
(だから彼は、私を守ろうとしてるんだ)
気がつくと、私は尋ねていた。
「……じゃあ、私をその妹の代わりに?」
「違う」
アスガルドは、首を振る。
「お前の口調も、仕草も……全部があまりに似てる。
だから思うんだ。もしかしたら、お前は――あいつの“転生”かもしれないって」
「……!」
ドクン、と心臓が跳ねた。
(違う、違う、私は私……)
そう言い聞かせるように、自分の胸に手を当てる。
「妹の名前は?」
聞いてはいけない気がした。でも、止められなかった。
アスガルドは、ほんの少しだけ微笑んで──
「リリシア=ルキフェル」
その瞬間、視界が揺れた。
「ツッ……!」
猛烈な頭痛が私を襲う。
何かが、目覚めてしまうような――そんな怖さに襲われた。
「リリ……エル! 大丈夫だ!」
アスガルドの手が、そっと私の額に触れる。
そのぬくもりが、波のように頭を撫でていく。
「……すまん。言うべきじゃなかった」
彼は何度も謝っていた。まるで、何かを許してほしいように。
その姿が、幼く見えた。
私は、慰めるように手を伸ばしたけれど──意識は、そこで途切れた。
***
「ん……」
「エル! 目が覚めたのか?」
優しい声に、ゆっくりと目を開ける。
「私……寝てたの?」
「少しな。新しい土地に疲れたんだろう?」
何か……何か大切な話をしていた気がする。けれど、思い出せない。
「そうだ、エル」
唐突に、アスガルドがこちらを覗き込んだ。
「もし、お前に“大成する未来”があるとしたら……どんな未来が欲しい?」
「……急に言われても」
けれど私は、答えていた。
「私をちゃんと愛してくれる人に出会って……
私にしかできないことで、その人を幸せにしたい。
そんな未来が、あればいいな」
たぶん、言葉にしてしまえば脆くて。
それでも、初めて心の底から出てきた想いだった。
「きっと、あるよ。エルなら」
アスガルドは、微笑んで……涙を流していた。
(なぜ泣くの?)
わからない。でも、その姿が、あたたかかった。
***
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
私は歩きながら、ぽつりと聞く。
「私、強そうに見える?」
「全然」
即答された。思わず苦笑がこぼれる。
けれど、アスガルドは手を離さなかった。
ただ黙って、優しく私の手を握っていてくれた。
「私、強いよ?」
それは強がりだった。でも、誰かに言ってほしかった。
ようやくアスガルドが立ち止まり、私の頭をくしゃりと撫でる。
「弱いよ」
「なによ、それ……」
でも、不思議と心が軽くなっていた。
「頑張ってるのは偉い。でも、お前は俺の妹なんだから……
たまには、頑張らなくていいんだぞ」
頑張らなくていい。
その言葉を初めて“優しさ”として受け取れた気がした。
(無償の愛って、こういうものなんだ……)
私は、ほんの少しだけ泣いた。
「ありがとう、お兄ちゃん。もう大丈夫」
「エルっ! 今、お兄ちゃんって……!」
感動で涙ぐむアスガルドを残し、私は森の奥へ駆けていく。
「知らないー!」
空の下、土を踏む感触がこんなにも心地よいなんて。
まるで、生まれ変わったような気がした。
***
ふと、胸に小さな違和感が灯る。
(あの時……兄のジルは、妙に積極的だった)
普段は私に話しかけようともしない彼が、あの日に限って──
(……もしかして)
王子と私を壇上に向かわせたのは、兄だった。
あの冷たい目、あのタイミング。
今になって、すべてが繋がっていく。
「まさか……全部、仕組まれてたの……?」
小さな疑念は、確かな確信に変わりつつあった。
「……ねぇ、本当私のこと妹だと思ってる?」
「当たり前だろう! 見た目も声も性格も、そのまんまだ。運命だ!」
「運命感じて勝手に神界連れてくのやめて? 普通に犯罪だから」
「妹を連れ帰るのが犯罪なわけないだろう。それに俺は神だ、ルールは俺が決める!」
「……もうちょっと話聞いて?」
「エルが可愛いのが悪い! あと、泣いたらだめだぞ! 俺、泣かれると弱いから!」
「(意外とちょろいな、この神様)」
「というわけで! ここまで読んでくれてありがとう! 俺が落ち着く日はくるのか!?乞うご期待だ!」
「……それ、私も知りたい」
「次回もお楽しみにーっ!」