ep.3 最強兄に「お前は弱い」って全力で甘やかされてます。
「力が欲しい? よーし、ダンジョン行くぞ!」
神界初心者のエルが挑むのは、まさかの魔力耐久試験。
しかも舞台は、神専用ダンジョン《試練の森》!?
王子の侮辱、兄の陰謀、そして婚約破棄の裏にある真実……
全部ひっくるめて見返すために、エルは今、泡を吹く。
最強の魔法使いへの道は、スパルタすぎて遠かったーー!
「どんな力が欲しいんだ?」
アスガルドに問われ、私は悩んでいた。
「うーん。どっちにしようかな…」
「どっちでもお兄ちゃんは、構わないぞ。
それにエルが望むなら、エルを虐めた奴はお兄ちゃんが退治してやる。」
ジャリっと音をたて、私の向かいにしゃがみ込む自称兄、アスガルドが言う。
すでに舞踏会のことは話している。
「それはいいの。お兄ちゃん。
私は自分の手で力をつけたいの。」
思い出すのはあの時の屈辱。
王子からは壇上からバカにするように見下ろされた目に兄からは面白いものを見るような目、群がる令嬢達からはゴミを見るような目を向けられた。
あの場での借りを他人に任せたくなどない。
「お兄ちゃんに任せたらすぐに退治してやるのに…。」
「駄目。これは私が自分の手でやりたいの。
決めた‼︎私、1人で生きていける力、魔法使いの力が欲しい!」
「おう!わかった。なら、特訓だな‼︎」
アスガルドは勢いよく私の手を掴み歩き始めた。
光が差し込む美しい森の中を、進んでいく。
「ところで、特訓って何をするの?」
少し無言が気になって、話しかける。
そんな私にアスガルドは嬉しそうに答えた。
「俺の魔力を受け入れる特訓だ。」
「魔力を受け取るだけなのに、特訓が必要なの?」
「俺は神だからな、下手すりゃエルが壊れる。」
さらりと今、怖い事を言われた気がした。
「…壊れるってなに…?」
明るかったはずの森が心なしか暗く見えて、足取りが重くなる。
アスガルドは特に気にしていないようで私の手をブンブンと振っている。
少し痛い。
「だから、特訓して俺の魔力に耐えられるようにするんだ。」
「ねぇ…壊れるってなんなの…。」
私の小さな呟きは、森のさざめきと共に消えて行った。
「まぁ細かい事は気にすんな。
仮にエルが死んだらお兄ちゃん、生き返らせてやるから。
張り切ってダンジョンに行くぞ。」
「ちょっと待って⁉︎生き返らせるって何?怖い!」
半ば叫びになる私にアスガルドは、親指を立てて振り返った。
「大丈夫、最初は俺の魔力を5分でいいから体に止める。それだけだ!」
(本当に大丈夫なのかしら…)
つい数時間前、はじめて出会って、連れ去られて、手を引かれて歩いている。
それなのに何故か頼っていい、安心していいんだという気持ちが湧き出る。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
アスガルドは、足を止めてこちらを振り向く。
聞こえるか聞こえないかわからないような声量で私は言う。
「私、強そうにみえる?」
「全然」
その瞬間、先ほどまで聞こえていた風の音や水の音、森の全ての音が消えた。
2人を照らすように光があたり、まるで世界に2人だけのような気分になる。
(この人だけは私をわかってくれるのかもしれない)
「私、強いよ?」
それでもどこかで信じきれない。
強いと言われてきたからこそ、裏切られらたくはないのだ。
自分を守るためにも、あえて明るく伝える。
しかし、アスガルドは私の頭をくしゃくしゃと撫でて言う。
「弱いよ。大丈夫だ。強くなろうとしてることは伝わるから。でもな、お前は俺の妹なんだから頑張らなくていいんだ。
頑張ってるのは偉いけど、兄としては頼って欲しい」
「なにそれ…。」
はじめて、私の寂しさや不安に気づいてもらえた。
こちらを見て優しそうに微笑むその瞳の奥にアスガルドの無条件の愛が見えた気がした。
(お兄ちゃんって本当はこんななのかな?)
頬を伝う温かい涙に、自分自身で驚いた。
そんな私にアスガルドは、私の頭を今度は少し乱暴にくしゃくしゃと撫でた。
ーーーーー。
「ありがとう、お兄ちゃん。
もう大丈夫‼︎」
「エルッ!今、お兄ちゃんって…。」
感動するアスガルドを置いて、私は森の奥へと進んでいった。
もう森に暗さを感じることはなかった。
足に伝わる土の感触すら心地よかった。
ーーーー
「あれ…」
ふと、微かに感じる違和感。
思い出したのは、本当の兄、ジルの不自然な行動。
いつもは話しかけにくる事など絶対にないのに、何故かあの日はわざわざ話しかけに来たのだ。
それに、私を壇上に向かうよう消しかけたのも、兄だ。
あの時のバカにしたような王子の目と兄の好奇心が光目。
「もしかして、全部仕組まれてたんじゃ…」
小さな違和感は私の中で確信へと変わっていた。
「よし、この辺でいいか。」
アスガルドが急に立ち止まる。
「ここでいいの?ダンジョンは?」
「まずはここでステップ1、俺の魔力を受け止めろ。」
「受け止めるだけでいいの?
どうやって?」
「やればわかる!」
とてつもない魔力をアスガルドは放ってきた。
「ちょっと!こんなの聞いてなー」
最後まで言い切る前に、私はー気絶、した。
「エルッ⁉︎
しっかりしろ、エルー‼︎」
アスガルドの絶叫がこだました。
「お兄ちゃん。勇者が壊れるって……どういうことなの?」
「そのまんまだ。壊れた。」
「どう壊れたのか聞いてるの‼︎」
「えーっと……魔法が使えなくなって、戦えなくなって、なんかこう……ポンってな?」
「説明になってない! っていうか、怖すぎなんだけど⁉︎」
「安心しろ、エルは壊れてもお兄ちゃんが生き返らせてやるから!」
「その発言が一番怖いのよぉぉお!」
「さぁ始めようか! お兄ちゃんの愛を受け止めるんだーッ‼︎」
「ちょ、ちょっと待って! 心の準備が‼︎」
「いくぞーー!」
「バタンッ」
「エルーーッ‼︎しっかりしろ‼︎お兄ちゃんを置いて逝かないでくれーーッ!」
「……お、お兄ちゃんの愛は……受け止め……られ……ない……」
「エルーーッ‼︎‼︎‼︎」
──ということで、エル初の“命がけ訓練”は開始前にリタイア⁉︎
次回、泡を吹いたヒロインが神界ダンジョンで無双……できるのか⁉︎
お楽しみに♡