13話
「倍率3.8倍とかいう恐ろしさ」
「これママになんて説明すればいいのよ」
「しばらくアーセナルの口座に預けとこうぜ。一人暮らしなんだろ?」
「個人で1900万も持ってる学生がこのご時世どこにいるよ」
現在はしっかり元金の3.8倍まで増えたポケットマネーに怯えながら、アスランのレース勝利の祝賀会をやっている。場所はホームサーバーにあるサムライソード行きつけのカフェ。
「シルバーバレット様、ワイン飲みますか?」
「サムライソードさん、僕まだ学生ですし敬語やめません?」
「いえいえそんな、今まで店の資金の充てにさせていただいてたのでもはや神のような存在ですよ」
サムライソードは確か30後半だと言っていたので年齢がほぼ自分の2倍ある相手に敬語で話されるのもかえって落ち着かないのは分かる。
「正直俺も敬語にしようか迷った」
「なんでアーセナルまで」
「いや、なんかアスリートみたいな気質を感じたよ。かっこよかったぜ。な、シロル」
「うんうん、やっぱうちのゆーちんは最高だね」
頬に大きな傷の走った軍人が猫耳獣人に頭を撫でられているというラノベでもなかなか見ない光景に、ヴァルキリーも苦笑している。
「さて、ここからは私たちの番だな」
「ああ」
クエストを進行したレイヴの画面にも、俺と同じく待機メッセージが表示されたので、アップデートが来る前に残り3人のクエストも進行させることが目下の目標となる。
「でも最後の一つのゲームはどうするんだ? お前たちはレースゲームができるのか?」
「いや、それも悩みどころだな。アスランはなんとか私たちが補助してジ・エンドで稼いでもらえばいいが、私もシロルもほかにゲームはやってない」
「うちも。お姉ちゃんが何かやってた気がするけど鬼畜ゲーだったわね」
ここに来て未開拓領域に進出しなければいけないという課題が出てきて、全員が黙りこむ。
「ないことはない」
そこで口を開いたのは、まさかのサムライソードだった。
「宛があんのか?」
「実をいうと俺結構なヘビーゲーマーなんだが、一回で1,000キルできそうなゲームがある」
「なんだそれは」
「お前らなら多分聞いたことがあると思うが………『ダイノブラスト』だ」
一瞬場に静寂が蔓延る。
「それって………」
「ああ、あの…」
「どんなゲーム?」
「なんでやねん。今のは知ってるノリだったろ」
全員の顔を見た感じ誰も知らなさそうだ。俺も知らない。
「どんな過疎ゲーだ?」
「過疎ゲーではあるが意外と楽しい。プレイヤー同士で協力するタイプだしPKもよっぽど起きない」
「……よっぽど?」
「すいません実は俺がPKに遭って辞めたんです」
耳ざとく聞きつけたアスランの一言に、サムライソードは一瞬で土下座して白状した。
「自称ヘビーゲーマーがPKに遭うって結構じゃない?」
「まあ、と言っても俺たちはPKが本業なわけだが」
「内容簡潔に話すぞ」
『DinoBlast』。プレイヤーは恐竜を駆って基地に迫りくるゾンビを蹴散らし、ボスを倒すというシンプルなゲーム。爽快感と恐竜を駆る他にはないアクション性を売りにしていたが、恐竜のサイズがデタラメなのと余りに飽きやすい内容だったため、レビューと掲示板でボロクソにこき下ろされ、更に恐竜をメインとした別の有名ゲームがアストロゲームサーバーにリリースされたため、もはや話題にも上がらなくなったゲーム。
「クソゲーじゃん」
「クソゲーだな」
「クソゲーだね」
「俺も今話してて自分でもクソゲーだと思った」
「クエストを進める云々の前に楽しいゲームがやりたいよね」
フルボッコに言われるそのゲームが、というよりは開発者が不憫でならない。
「ちなみにその比較に上がった有名ゲームは?」
「こっちは聞いたことあるだろ。アークだよ」
「ああ」
数十年前、年号が平成から令和に変わったころにリリースされ、アストロが出現した後もフルダイブVRゲームに進化して参戦した人気ゲーム。恐竜を捕まえ、広大なマップを探索し、ボスを倒すという最初期から変わらないスタンスのゲーム性にも関わらず今も多くのファンを抱えている。
「やるには長いなあ」
ただ単純に難易度が高く、初心者がやっても死にゲーと化すだけらしい。
「一旦アップデートを待つっていう手もある」
「私もそう思う。ある程度難易度が高いゲームでも、追加されたゲームに人が流れたすきを狙って参加すれば死ぬことはないだろう」
「確かに」
アップデート時に追加されるゲームは当日までの秘密だ。運営の存在自体が秘匿されているアストロではリーク情報の類が一切存在しないため、アップデート時の公開放送は一種のどんちゃん騒ぎとなる。
「じゃあ一旦今日は解散で」
「ああ、またな」
ヴァルキリーの解散という言葉に、アスランとシロルが即座にログアウトする。
「この後どうする? 調達来るか?」
「いや、今日はいい」
「そうか、じゃ、また今度」
俺に一声かけて、サムライソードもログアウトしていった。
「レイヴ、ヒルデがキレてたら教えてくれ」
「りょーかい」
レイヴはログアウトはせずに、机に座ったままメッセージ画面を開いているので、そう声掛けだけして席を立ちあがる。
「アーセナル」
店を出ると後ろから声をかけられ、振り向くとヴァルキリーがいた。
「どした?」
「いや……礼を言っておきたくて」
「何の?」
心当たりがない。
「私は今まで神器使いとして一人でプレーしてきたから、こんな風にチームで一緒になってゲームをすることはなかった。すごく楽しかった、だから……ありがとう」
「ん、まだ始まったばっかだろ」
胸に手を当ててそう言葉にしたヴァルキリーに片手を上げると、返事も曖昧に後ろを向いてログアウトする。
「これからもよろしく」
視界が消える直前、ヴァルキリーのそんな声が聞こえた。