プロローグ
VR・AR混合型アプリケーション『アストロ』。ヘッドホンサイズのデバイス一つで、人々を別世界へと誘わせてくれる、総利用者数50億人超の『もう一つの世界』。
今日の我が国では一人に一台と言われるアストロでは、バーチャル空間での仕事、買い物、勉強などの日常生活から、映画やゲーム、番組放送などの娯楽までが提供されている。
そんな人気ゲームサーバーの一つ『ジ・エンド』。その名の通り世紀末的な、混沌としたポストアポカリプス調のフィールドでのサバイバルゲームである。空は晴れることはなく、乾燥した風が吹き、延々と破壊された都市が続いている。
ジ・エンドは、簡単に言うとfpsゲームだ。もちろんVR空間である以上、視点は一人称しかないが、『自分で銃を撃つ』というアクションが最初に取り入れられたゲームである故に、全世界では総ダウンロード数は驚異の4億超、リリース当初から他の追随を許さない勢いの人気を博している。
俺、梶原樹も、その4億人のうちの一人だ。
「ふぅ」
傾いた高層ビルの五階に身を隠し、息を殺している。
両手で自動小銃を構え、窓から外の様子を伺っていると、待ち構えていた獲物が姿を現した。
高層ビルへと続く大通りを歩いてくるのは、軍服を着た骸骨のアバターだ。手にはごつい剣を持っている。
「・・・『気配遮断』『感覚強化』アクティブ」
スキルを使い、戦闘態勢に入る。残り15m。
「・・・・・」
自分の心臓の音がよく聞こえる。緊張でやや高ぶった鼓動が、銃身を握る手先を震わせる。本日4回目の獲物、それも初の剣士だ。逃しはしない。
残り10m。
「『身体強化』アクティブ」
引き金にかける指に力を入れる。残り5m。
・・・・4・・3・・・・2・・・・・・・・
「・・ッ!?」
敵が目標地点に到達した瞬間、口の中に入れておいたC4のスイッチを押し、骸骨のアバターが爆炎に飲まれるのを見て、隠れ場所から勢いよく飛びだす。
路上に降り立ち、銃を構えながら無造作に歩を進める。
「アアアアアアァ!!!!」
炎を切り裂いて骸骨のアバターが姿を現し、視界の上方に会敵を知らせる敵の名前とHPバーが表示される。
骸骨のソードマンの名前は『poteto tips』。体力は残り3分の1ほど。
「名前だっさ。チップスのスペル違うし」
「クソヤロォ!!」
剣を構えてこちらを睨んでくる(目があるわけではないので分からないが)アバターに向かって一言そう呟くと、ブチィッ、と神経が切れる効果音が聞こえるほどの形相で(もちろん表情筋もない)叫んだ。
敵が剣を構えて一歩目を踏み出した瞬間、自動小銃を握る両手に力を籠め、照準をピンポイントで合わせながら引き金を引く。が、骸骨の軍服に穴をあけるはずだった銃弾は、骸骨が剣を8の字に振り回すと歯切れの良い音を立ててことごとく撃ち落された。
「なっ!?」
焦ったように俺が声を出すと、笑っているのか、髑髏の顎をカタカタと震わせながら突っ込んできた。
「ふっ!!」
「あっぶっ!!」
寸前で後方に大きく跳躍すると、つい今しがたまで俺がいた地点にギザギザの剣身が振り下ろされた。
「次は・・・当てるぜ?」
骸骨のアバターは剣を振り下ろした姿勢のまま、再び10mほど距離をとった俺に向かってそう声をかける。
そんな敵に向かって俺は・・・
「お前ガキか」
堂々と小馬鹿にした表情を作った。
「いや、分かるよ? 剣ゲットして強くなったと勘違いして、だれかを倒して優越感に浸りたくて、だけど罠にまんまと引っかかって、ガンナー相手にHP半分も削られちゃってさ、でも銃弾切ったらビビってるからこいつはそんなに強くないから勝てる、って思ってんでしょ? 何歳のお子様か知らんが、自分に都合のいいゲームがしたかったら『ソードファンタジー』でもプレイしてきたらどうだ? ん?」
「ぶっ殺す!!」
俺の口から飛び出るマシンガントークを、初めはぽかんとして聞いていたが、馬鹿にされていると分かった瞬間、髑髏の顔面を限界まで歪めて突っ込んできた。すぐさま俺も銃の乱射で応戦する。
「ああああああぁ!!」
怒り狂った骸骨アバターとの距離を保ちつつ後ろに下がり続け、時折挑発射撃を挟んでいく。
「口だけのビビりが!! 逃げてんじゃねぇ!!」
「おお怖い怖い。お前絶対現実でクソガキだろ」
「死ねっ!!」
「やだ怖い死んじゃう・・・・・・・お前がな」
腰についたスイッチを起動させると、二人の間で再び爆炎が上がる。
「うらあぁ!!」
しかし決定打にはならず、再び炎の中から骸骨のアバターが飛び出てくる。
「死ねぇ!!」
そのまま、バックステップのスピードを緩めた俺の心臓めがけて剣を突き出そうとして、
地面に張られたワイヤーに引っかかって転倒した。
「あいよっ」
倒れたアバター目掛けてスタングレネードを投げ、確実に動けなくする。
「やっ・・・やめろ!!」
「お願いすんなら態度があるだろ」
「やめてくれ!!」
主武器を散弾銃に変えて近づく俺に向かって喚きたてる骸骨を軽くあしらう。
「おねがっ・・・・」
「・・・・・」
銃口を髑髏の眉間に当て、引き金を引いた。
『プレイヤー『poteto tips』を撃破しました。経験値と報酬が与えられます』
残り少なかったHPバーが消し飛び、ネームタグが消える。その代わりに、俺の正面には経験値獲得と戦利品獲得のアナウンスが現れた。