表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/16

8. クロスロード伯爵令嬢イリス(1)

 クロスロード伯爵令嬢イリスも領地で忙しくしていた。ようやくテレーズ川を渡る代替手段――飛竜が到着し、荷の積み替えのための広場や、検問の手順を整え終えたのが、三日前。いよいよ老朽化の進んだフランゴ橋を通行止めにして、飛竜での輸送を始めたのだ。



 夏は小麦が収穫時期を迎える。北の穀倉地帯から小麦が次々とイドリー街道を下って王都へ運ばれてくる。そして、フランゴ橋は大河テレーズ川にかかる唯一の橋だ。北から来るすべての荷も人もこの橋を通ると言って過言ではない。フランゴ橋の袂には、早くも輸送待ちの荷馬車で行列ができていた。


挿絵(By みてみん)


 フランゴ橋は関所でもある。ここで荷物や人間を審査して、王都へよからぬ者(物)が入らないよう監視しているのである。

 特に学園の夏至祭を前にした今は、領地から貴族も多く訪れる。夏至祭は保護者観覧もできるので、王都に屋敷を持たない下級貴族や田舎で隠居暮らしをしている爺婆がこぞって押し寄せるのだ。

 イリスの仕事は、そういった気位の高い貴族夫人や令嬢の身体検査――下民の前で服を脱ぐのはプライドが許さない、と言い張る人々担当である。


「孫の下半身をちょおっと元気にするだけで、すぐ効果が切れるのよ。いいでしょ?」


「コルプス夫人、ダメです。そちらのお薬は国王陛下が使用を禁じております。お孫さんが罰を受けちゃいますよぉ」


「もおぉ、四角四面ねぇ。だから婚約者に嫌われるのよっ!」


 こんなのの相手もしなければならない。


「何、我が商会も金を払わねばならないのかね。まったく大したご身分だ」


 人間の審査は、今まで通り橋の袂にある屋敷で行われる。テレーズ川を渡るほとんどの人間は、礼儀正しく審査に応じ、飛竜の輸送費を払うのだが、そうでない者も稀にいる。


「この橋の建て替えに誰が金を出していると思うのかね!」


 威圧的な態度を隠しもしないコイツはアメティス商会の支店長だとか。つまり、アメティス家の親類である。さっきのコルプス夫人もそうだが、こんなのがいるから、渡橋が集中する時期はクロスロード伯爵家の人間が交代で待機しなければならないのだ。


(肝心のお金は滞ってますけどねぇ)


 クロスロード伯爵家からはとうの昔に建て替え計画と予算を提示しているにも関わらず、資材も人手も資金も微々たる量しか寄越してこない。そのために工事の第一段階にすら踏み込めないのだ。


 工事の第一段階――川の流れを一時的に魔導具で変えるわけだが、魔導具運転には大量のエネルギー源――魔晶石が要る。そんな大型魔導具が、五台。それを工事の期間中動かし続けるのだから、その費用たるや……。それに、一度工事を始めると、途中でやめるわけにもいかない。


(私がジャスティン様に気に入られていると良かったんですが……)


 少なくともイリスとジャスティンの仲が冷えきっていなければ、このような小者の相手などしなくて済んだはずだ。自分のせいで家族に余計な負担をかけて申し訳ないと思う。


(かといって婚約解消も難しいんですよねぇ。ウチから言ったら慰謝料が)


 さすが商人というべきか、抜け目なく婚約の取り決めの書類を作ってあった。父もアメティス家のやり方には辟易しているが、下手に動くことができないのだ。


(リーゼロッテ様たちと陛下に直訴しましたけどぉ、それだけで本当に解消できるでしょうか……)


 ジャスティンは遊び人のボンボンだが、伯爵は野心家で頭の切れる人物だ。それを知っているイリスとしては、もう一押し決定打が欲しいところだが……。


「お嬢様、お耳に入れたいことが」


 考えに耽っていると、侍女がやってきてイリスの耳元で何やら囁いた。


「あらぁ……」


 入ってきた情報に、イリスは目をパチパチと瞬いた。



◇◇◇



 その薬を取り寄せたのは、第一王子レナードからの命令だった。


「父上が最近、結婚の時期を早めてはどうかと言ってくるんだ。だが、私はあの女を妃にはしたくないのだ」


 苦悩するレナードから相談を受け、ジャスティンが商会のツテを使って取り寄せを命じたのは、女性にのみ効果が出る毒薬だ。命こそ奪わないが、子供は望めない身体になる。

 アラーチェ公爵令嬢シャイアは、見た目はアレだが中身はかなり優秀だ。国王の覚えもめでたい彼女を引きずり落とすにはもってこいの薬だった。無色透明で無味無臭。男性が服用しても何の影響も出ない薬――王宮で毒見役が飲んでもバレることはあるまい。


 小さな薬瓶をガチョウに飲み込ませ、王都に届けるよう、ジャスティンは手配した。しかし――。


(届かないなぁ。ま、いっか)


 とりあえずレナードにはただの水が入った薬瓶を薬だと偽って渡しておいた。ジャスティンとしてはレナードのことはどうでもよく、むしろレナードをシャイアが引き取ってくれるならピピナをめぐるライバルが一人減るので万々歳なのだ。


 とにかくジャスティンは、禁製品の毒薬のことは忘れることにした。後にこれが我が身を滅ぼすとは想像だにしないまま。



◆◆◆



「どうしましょう! 夏至祭に間に合いませんわ!」


 アラーチェ公爵令嬢シャイアは慌てていた。ジュリアス殿下と会議やら資料の読み込みやらをやっていたら時間はあっという間に過ぎていき、もう夏至祭までひと月もない。さらに悪いことに、リーゼロッテは工事現場に強力な魔物が出たとのことで、現場に急行して不在。


(レナード様たちはきっと何にもやってないわ!)


 ピピナが現れて以降、普段の生徒会の仕事もおざなりにしていた男たちである。夏至祭だけキチンとできるわけがない。

 チラッと監視役の文官に目をやると、無言で首を横に振られた。つまり、レナードからこちらに手紙も届いていないし、なんならレナードはシャイアが領地から隣国に赴いたことすら知らないのかもしれない。


(さすがに……夏至祭を疎かにしたら王妃様に呼び戻されてネチネチ文句を言われるわ)


 何を隠そう、学園の夏至祭が国王と王妃の馴れ初めなのだから。


「水くさいぞシャイア嬢。プロジェクトも大切だが、学園での役割も放置はできまい」


 軍服という凛々しい格好ながら、青くなったり白くなったりしているシャイアを見かねて、ジュリアス王太子が声をかけた。


「ジュリアス殿下……」


 隣国の王太子ジュリアスは、話してみると王族らしい責任感の強さや有能さはあるが、とても気さくで女性であるシャイアたちに対しても敬意を払ってくれる。女だからとバカにしたりもしない。博学で、会議に不慣れなシャイアたちをさり気なくフォローしてくれたりもする。


「ふぅむ。貴国の王族なら、メリリア王女が在学ではないかな? ああ、卒業してしまっているだろうが、ニルヴァ公爵令息アーノルド殿なら生徒会の経験があるのではないのかい?」


 ニルヴァ公爵は王弟で、アーノルドはその嫡男。順位は低いが王位継承権も持っている。そして、幸いなことに、二年前に卒業するまで生徒会長を務めていた。


「なに、このプロジェクトが両国にとって重要なことは明白。協力してくれるさ。なんなら私も一筆書き添えよう」


 ほら、元気を出せ、とジュリアスに頭をわしゃわしゃと撫でられてシャイアは目を瞬かせた。


 そんなこんなで、シャイアは大急ぎで王女と公爵令息宛に手紙を書いて、早馬で届けさせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >頭をわしゃわしゃと撫でられて  おやおや? 女性の髪型を崩すのって、何かの意思表示?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ