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6. アラーチェ公爵令嬢シャイア(2)

2024.6.30一部修正しました↓↓

【前】

叱責を受けると身構えていたシャイアは、髪をワシャワシャとかき混ぜられて目を瞬いた。


【後】

叱責を受けると身構えていたシャイアは、思いのほか柔らかな声に目を瞬いた。


誤字報告ありがとうございます(ノシ_ _)ノシ

 アラーチェ公爵令嬢シャイアは憂鬱だった。


 隣国で折衝中のリーゼロッテから救難信号を受けて行ってみれば、会議室に泊まりこむ隣国の王太子ジュリアスがおり、流れでシャイアも分厚い資料を読み解き、隣国の文官相手に会議を何度も重ねるようになったのだ。


 それはいい。問題は……


「シャイア様! 今日もとぉーっっても可愛くしましょうね!」


 まだ夜も明け切らぬ早朝、シャイアを叩き起こして鼻歌交じりに己の銀髪にコテを当てる、王妃が「美の伝道のためよっ!」とか言って付けてくれた王宮女官ターニャである。



 王妃はシャイアのお世辞を本気にした。



 そして、ターニャは何を隠そう、王妃にクルクル縦ロールとドーリー&ファンシーなメイクとファッションを教授した元凶であった。


「ターニャ、シャイア様のためなら気合いを入れますわ! 何と言ったって王妃様の思し召しですもの!」


 ただ、ターニャ本人は仕事熱心なだけで、別に悪い人間ではないのだ。オシャレのセンスと発想が前衛的過ぎるだけで。


「見てくださいませ、こちらはシャイア様のために考案いたしました!」


 そのターニャがドヤ顔で掲げたのは、ベビーピンク色のデカい毛玉。なにこれ?


「ラブリー♡コウモリのシャーリーちゃんです! 可愛いでしょう?」


(えぇ……)


 いや、コウモリにあるまじきピンク色だし真ん丸だし豚にしか見えないんだけど。あ、よく見ればピンクに埋もれるようにコウモリっぽい翼がくっつけてある。同じピンク色だから気づかなかったよ。え? こっちが本体? コスプレした豚じゃなく?


「今日はこのシャーリーちゃんをヘッドドレスに」


「待って」


 さすがにそれはよろしくない。会議にはジュリアスもいるのだし、あまりふざけた……ゲフンゲフン、華美過ぎる装いは顰蹙であろう。

 シャイアはこんな格好でも、アラーチェ公爵名代としてここに来ているのだ。家のためにもこれ以上おかしな格好をするのは避けたい。


「ターニャ、シャーリーちゃんはその……とっても可愛いし私も大好きよ。でもヘッドドレスじゃなくて、せっかくだからドレスにつけたいわ。この辺りに」


 妥協案としてドレスのスカート部分を指さす。


「えぇ~、ヘッドドレスとして作りましたのにぃ」


 ぬいぐるみサイズのヘッドドレスって、無理がないか。というか見た目がアレ過ぎる。本音を言えばドレスにだってくっつけたくない。


 しかし、ある程度は受け入れないと、王妃にバレたときが面倒だ。シャイアは必死で言い訳を考えた。


「それにね、私、会議中にシャーリーちゃんが見えた方が頑張れると思うの……ああ、王妃様が見ていてくださるのだと!」


 だんだん自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。でも、ターニャにはどうやら響いたらしい。


「まあぁ! まあぁ! シャーリーちゃんに王妃様を重ねられたのですねぇ!! わかりました!! このターニャめにお任せください! ヘッドドレスからコサージュに作り替えますから!!」


 ターニャは目にも留まらぬ速さで針と糸を操り、シャーリーちゃんをドレスのスカート部分に縫い付けた。




◆◆◆




「おはようございます。皆様、本日もよろしくお願いいたします」


 気を取り直して、シャイアは淑女の笑みを浮かべて会議室に入った。なお、カーテシーに紛れてシャーリーちゃんをスカートのポケットにねじ込むのも忘れない。近くに座っていた文官が、片方だけ異様に膨らんだスカートにギョッと目を剥いたが、シャイアが淑女のアルカイックスマイルを浮かべると目を逸らした。


(はぁ……)


 会議はつつがなく進んでいる。


 が、シャイアはモヤつく胸の内をどうにもできなかった。ターニャがくっついて毎日超早朝からヘアメイクにドレスアップをしてくれるのだが、インパクトが大きすぎるために男性陣からの視線が冷たい。


(絶対、嫌われていますわ……)


 夜明け前に叩き起こされるのはシャイアだけでなく、このエルド領主館の使用人もだ。しかも、長時間の支度のせいで朝の会議開始に遅れる日も多々ある。傍から見たら、隣国との協議よりオシャレを優先する女だろう。アラーチェ公爵家への心象だって悪くしているにちがいない。


 銀髪と赤く入れたチークが絶妙なコントラストをなすがゆえに、余計に道化っぽくお馬鹿そうに見えるのも、シャイアを悩ませていた。


(どうしたらいいんですの?)


 厄介なのはターニャが善意百パーセントであること、そしてオシャレとなると周りが見えなくなることである。彼女の後ろには王妃がいるので、シャイアも強く注意はできない。今、王妃に邪魔されるわけにはいかないのだ。



 今日も今日とて精神的ダメージでげっそりして会議を終えたシャイア。とぼとぼと廊下を歩いていると、反対側からジュリアスが姿を現した。思わず「げっ」と言いそうになったところをグッとこらえ、シャイアは淑女の笑みを浮かべた。


「先ほどはお疲れ様でございます、ジュリアス殿下」


 シャイアの挨拶にジュリアスは朗らかな笑顔で応えて、「少しいいかな」と目顔で近くの部屋を示した。ああ、これは……


(ついに殿下からも……?)


 これだけ迷惑を撒き散らしているのだ。苦情を言われても文句は言えない。ゴクリと唾を飲み込んだのは、怖かったからだ。このプロジェクトの足を引っ張ってしまうことが。そして、仲間の令嬢たちに迷惑をかけてしまうことが。


「王子の婚約者とは大変なものだな。それは王妃殿下の好みだろう?」


 しかし。

 叱責を受けると身構えていたシャイアは、思いのほか柔らかな声に目を瞬いた。


「貴女についてきた女官は王妃殿下の手の者だろう。監視とは違うようだが」


 苦笑しながらジュリアスが言った。この場にターニャはいない。朝の支度以外は暇な女官は、嬉々としてエルド領内に布地を買いにいったのだ。


「しかし、エルド領主の使用人から早朝からの勤務を強いられ困っていると苦情も来ているのも事実なのだ」


「申し訳ありません。私が至らないばかりに、皆様にご迷惑をおかけして……」


 やはり苦情はきていた。シャイアは申し訳なさでシュンと肩を落とした。


「いや、貴女の様子を見ていれば本意ではないことはわかっている。ただ、このままにしておくわけにもいくまい」

 

「う……」


 ジュリアスの言うことはもっともだ。けれど、シャイアにはターニャの手で普通の格好にしてもらえる絵図を全く想像できないのだ。彼女の感性は独特過ぎる。


「なに、私も協力するさ。こんなシナリオはどうかね?」


 耳元で囁かれた提案に、シャイアは目を見開いた。

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