4. ドロゼウス子爵令嬢マチルダ(1)
シャイアがアラーチェ公爵領へ旅立った頃、クロスロード伯爵令嬢イリスは、ドロゼウス子爵令嬢マチルダから困りごとを相談されていた。
「スピカ侯爵領と我が領はエノア橋という小さな橋で繋がっているのですが……実はつい先日、橋を渡ってすぐの地面が広く陥没してしまったのです」
マチルダの説明によれば、幅は広いところで十メトル、長さはなんと五十メトル以上も地面が崩れてしまったのだそうだ。陥没の深さはまちまちだが、深いところでは五メトル以上あるらしい。
「なんと……」
国王が監視に寄越した文官の青年も驚愕の表情を浮かべている。
「それは大丈夫ではありませんねぇ」
ちょっと板を渡せばいいなんてレベルではない。しかも、その橋へ続く道はスピカ侯爵領へ魔晶石を運搬するための唯一の道である。
「スピカ侯爵様に支援のお願いはしたのです。ですけど、先延ばしにされていまして……」
マチルダは深緑色の目をウルウルさせてシュンと肩を落とした。
「魔晶石鉱脈があるから大丈夫だろうって言われるんです。でも、実際はまだ利益が出るところまでは程遠くて……」
いくら魔晶石鉱脈があっても、鉱脈に至るまでの掘削費用はもとより、いざ採掘が始まっても道具やトロッコの敷設費用、人件費が大きくのしかかる。ドロゼウスの魔晶石採掘事業は、まだ先行投資分を回収できていなかった。
そこに命綱ともいえる主要街道の広範囲陥没である。あの街道は重い魔晶石運搬にも耐えられるよう石畳を敷き、幅も広めに取ってある。そこが使えなければ、魔晶石を買い取り先であるスピカ侯爵領へ運べない。
「クライヴ様にもお話ししたのですが……『ドレスを着る贅沢ができるのに援助しろ? バカバカしい』と取り合っていただけませんでした」
(うわぁ……)
イリスはクライヴのあまりに酷い対応にドン引きである。
(てゆーか、ドレス何着か売ったところで焼け石に水ってレベルだしぃ)
ドレスは王女の着る贅を尽くしたものでも、一着がせいぜい金貨百枚程度だ。引き比べて道路工事費用は金貨数千枚が飛ぶ。そもそもマチルダが着ているドレスは型落ちの既製品――贅沢をせず慎ましやかに見苦しくない最低ラインギリギリなのである。
(婚約者にこんなボロ……ンンッ、古めかしい格好をさせてる時点で自分の恥にもなるって気づかないのかしら)
クライヴは学園では秀才と名高いが、一番大切な常識は壊滅的なようだ。
ともあれ、シャイアから新道建設プロジェクトにドロゼウス領を巻きこむ話はイリスも聞いている。地面の陥没は由々しき問題だ。手を差し伸べるべきだろう。
「マチルダ様、もし差し支えなければ私の親戚に飛竜を育てている者がおりますの。その者にドロゼウス領にも何頭か遣れないか話をしてみますわ」
飛竜は名の通り、人間が家畜化に成功した小型の竜である。力持ちで重い荷物も運べるため、フランゴ橋建て替え中にテレーズ川を渡る代替手段として手配するつもりだったのだ。親戚――メディナ子爵家は飛竜の飼育と繁殖を生業としているため、派遣先が一カ所増えても問題ないだろう。