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2. 令嬢たち、陛下に直訴する

 園遊会からきっかり一週間後、リーゼロッテを始めピピナと浮気した婚約者を持つ令嬢たち四人でお茶会を開いた。リーゼロッテの他はアラーチェ公爵令嬢シャイア、クロスロード伯爵令嬢イリス、ドロゼウス子爵令嬢マチルダの三人である。


「クライヴ様ったらひどいんですよ。ピピナ様のことを注意したら無視ですよ、無視!」


 チョコレート色の柔らかそうな髪に深緑の大きな瞳の、小柄で小動物を思わせるドロゼウス子爵令嬢マチルダが頬を膨らませて、クッキーを頬張る。彼女の婚約者クライヴは、宰相を務めるスピカ侯爵の次男で、濃紺の髪に眼鏡がトレードマークの令息だ。


「ジャスティン様もよ~。私の容姿が絶世の美女じゃないのがお気に召さないらしくてぇ」


 フンッと鼻を鳴らしたのは、クロスロード伯爵令嬢イリス。黄土色の波打つ髪に絹花の髪留めを挿し、目許には最近出回り始めた貝の粉を混ぜたアイシャドーを使っているのだろう、派手すぎず品のいいメイクに目の覚めるようなオレンジ色のドレスを着ている。女性目線では十分華やかな装いだ。


 彼女の婚約者ジャスティンは、大商会を営むアメティス伯爵の三男で、明るい茶髪を舶来品のリボンで一つに結い、そこらの貴族令息が着るより数段上等な上着を着崩している……巷ではオシャレ令息と呼ばれているらしい。


「婚約者をサゲるってどうかと思うわぁ。だって向こうから持ちかけられた婚約よ」


 クロスロード伯爵の領地は王都と北の穀倉地帯を結ぶ中間地点にある。領の立地と、蛇行しながら国内を南北に分断する大河テレーズ川にかかる唯一の橋――フランゴ橋の建て替えの出資者になりたくて、アメティス伯爵は息子とイリスとの婚約を望んだらしい。


挿絵(By みてみん)


「嘆かわしいわ……」


 アラーチェ公爵令嬢シャイアは特に婚約者の愚痴は言わなかったが、呆れたと顔に書いてある。



 四人の願うことは一つ。浮気する婚約者との婚約解消だ。それを確認できたリーゼロッテはおもむろに切りだした。


「皆様。ここは一つ、陛下に直訴してみませんか?」


 


◆◆◆




「ふぅむ……。プロジェクトを早めるのは良い。しかし、婚約の解消とは……」


 緋の絨毯が敷かれた謁見の間にて、令嬢たちの訴えを聞いた国王は、婚約解消の願いに案の定眉をひそめた。それはそうだ。なにせ、この四人の令嬢の婚約は、国の将来を盤石にするためのものだから。


「婚約者様方は今年で学園を卒業なさいますし、ちょっとした抜き打ちテストと思ってくださいませ。それに、優秀な婚約者様ならきっと期待に応えてくださると信じておりますの」


 公爵令嬢シャイアが優雅な笑みを浮かべて言った。


「うむ。確かにそうであるが……」


「陛下、私たちは安心したいのです」


 ずいと前に出てリーゼロッテは嫣然と微笑んだ。


「女として、ではなくて家として、ですわ。ペリクルス新道建設プロジェクトには、長年敵対関係にあった隣国も絡んで参ります。あちらも我が国も一枚岩ではなく、二国が結ぶことに異を唱える者たちもおりましょう。そのようなデリケートなプロジェクトを担う婚約者様方が、私たちだけではなく家ごと蔑ろにする者では困るのです」


 そう。あくまでも浮気を理由に婚約解消を願っているわけではない、と、令嬢たちは強調した。家として、婚約者の政治能力を心配しているのだと。


「今年はフランゴ橋の建て替えも控えております。建て替えの間は北の辺境へ通じるイドリー街道が不通となりますし、物資の流れが一時的に滞ります。傍目には辺境からの食糧が滞る一方、武器類が集まっているとも見えます。それを立場ある者が誤った見方――北の国境がきな臭いなどと言い出せば、国内は混乱しましょう」


 イリスの進言に国王は「むぅ」と唸った。イリスの指摘したことは、プロジェクトにおいて国王が最も危惧していたことだからだ。

 加えて、学園で第一王子を筆頭に側近候補の令息たちが見目の良い男爵令嬢にかまけていることも、耳に入っている。学生の間だけのこと、と様子を見ていたが、婚約者の令嬢たちが直訴してくるほど目に余るのか。


「陛下、私たちは婚約者を信じておりますわ。きっと杞憂に終わりましょう。そうでしょう、皆様」


 アラーチェ公爵令嬢シャイアが取りなすと、残る三人の令嬢たちは「もちろんですわ」と笑顔を見せた。その様子に国王はこう思った。


(なるほど。ここに来たのは家の意向であって、本人たちは婚約継続を望んでいるのか)


 国王の脳裏に令嬢たちの父親の顔が浮かんだ。


(ハメをはずした学生の行いとはいえ、朝議で娘が蔑ろにされた故と同じ提案を出すのは角が立つし、家の醜聞になり得る。それを避けるために令嬢たちの直訴という形を取ったのか)


 しかし、そういうことなら願いを聞かないわけにはいくまい、と国王は思った。ぶっちゃけ全部国王個人の想像で勘違いも勘違いなのだが、幸か不幸かそれを指摘する者はこの場にいなかった。


「よかろう。プロジェクトの早期開始を許可し、万が一があれば、そなたらの願いを聞き届けよう」


 このとき、国王はその万が一が起こるなどつゆほども思わなかったのである。

アメティス伯爵は商人から貴族に成り上がった家です。地図には載せていませんが、王国南部に領地を持っています。

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