16. 令嬢たちのその後
季節はめぐり、また春がやってきた。
花が咲き乱れる学園自慢の庭園に生徒たちが集う――園遊会で、令嬢たちは久しぶりに顔を合わせた。
「まあ、シャイア様。今日もお美しいですわ」
「とてもお似合いですわぁ。素敵!」
マチルダとイリスに褒められて頬を染めたシャイア。星見の宴以来、縦ロールも王妃様激オシのオシャレかわいいメイクもやめたシャイアは苦笑した。
「あれは王妃様のお好みだったから……」
「ああ、王妃様ですか……」
王妃様は確かに可愛らしい。ただ、独特の可愛らしさの持ち主なのだ。クルクル縦ロール大好き。リボン大好き。盛るのも大好き。最近は動物モチーフに凝っているらしい。春の夜会ではファンシーな空色の鹿柄のドレスをお召しになっておられた。アレはちょっと……。
令嬢たちが遠い目をしていると、そこに見知った顔がやってきた。
「お越しいただき嬉しゅうございますわ、ジュリアス様」
優しく目を細めたのは、ジュリアス王太子殿下だ。レナードとの婚約が解消された後すぐに、ジュリアスがシャイアとの婚約を望み、国王が即断で許可した。隣国の進んだ技術を知り高位貴族令嬢の政略結婚を目論んでいた国王に、この求婚は渡りに船。何よりざわついた星見の宴の雰囲気をめでたいものに変えたかったのだろう。
「そうだ。マチルダ嬢、婚約おめでとう」
ジュリアスがシャイアの腰に腕を回しながら、後ろにいたマチルダに微笑んだ。そう。マチルダも新たな婚約相手を見つけていた。それは……
「オズワルド様にはたくさん助けていただきましたし、頼りになるお方なのです」
まさかのキリム伯爵令息オズワルド。スピカ侯爵との縁が切れて、災害復旧で多く助けてもらったオズワルドと婚約することになったのだ。「これだから女は……」が口癖のオズワルドだが、マチルダが幸せそうだから良いのかもしれない。「優しい方なんですよ」とはマチルダ談。……尻に敷かれているのかもしれない。
ちなみに、クライヴは夜会を騒がせ、家に不利益を齎した罰として平民に落とされ、侯爵家はドロゼウス領の窮状を知りながら放置した咎で伯爵に降格の上、宰相の職を辞した。厳しい処分となったのは、星見の宴でドロゼウス領の惨状を目の当たりにした貴族たちが、宰相を通して王家に不信感を抱かないよう考慮して、だ。いわゆる見せしめである。
「そうそう。報告があるんですぅ」
次に口を開いたのは、イリス。なぜか笑顔が黒い。
「アメティス伯爵家を禁製品で止めたって前に言ったじゃないですかぁ」
実は、星見の宴でイリスの婚約だけは解消されなかった。否、一足先に解消が成立していたのだ。時期的にはフランゴ橋が解体された直後である。
「そのあとに、ドロゼウス子爵領のブロッケン橋梁の情報を流しましたぁ。あのルート、抜け道があるんですよぉ」
ブロッケン橋梁を渡ってキリム伯爵領シリカ村に入るのは同じ。けれど、そこから南へ行かず、テレーズ川沿いに西へ鄙びた田舎道を進むと、なんと王都の手前、イドリー街道に出るのだ。
イリスはそれを逆手に取った。
「禁製品を扱う商人とつき合いがあるってことはぁ、また仕入れるってことですからぁ。ジュリアス殿下からいただいた禁製品を感知する魔導具を持って、商人が泊まる宿に待機していたら、見事に引っかかりましてぇ」
鄙びた田舎の男爵領は密輸ルートにはうってつけだが、田舎だからこそ宿屋の数はとても少ない。実に簡単な捕り物だったとイリスは笑った。
しかも聞いてびっくり、その宿があったのはロマーナ男爵領――ピピナの実家である。
結果、アメティス伯爵家は取り潰し、芋づる式にロマーナ男爵も関与していたことがわかり、セットで取り潰し。二つの家は仲良く一族郎党、ドロゼウス領の魔晶石鉱山送りになったそうな。
「アメティス伯爵はぁ、ロマーナ領内に密輸倉庫を建てる算段をしていたらしくてぇ、怖いですねぇ」
クフクフ笑うイリス。そのイリスも婚約が内定している。なんと第二王子ハロルド殿下と。つまり、未来の王子妃だ。今回の禁製品のことで、クロスロード領にこそ、王家の監視の目が必要と判断されたらしい。
また、フランゴ橋建て替えは王家の支援を得てようやく工事が始まったという。
「ハロルド殿下ったらとってもお可愛らしくってぇ。お茶会であーんなことやこーんなことをたくさん教えてますぅ」
ハロルド殿下はイリスの五歳年下の十四歳。いたいけな少年に黒い笑顔のイリスが何を教えているのかは非常に気になるが、仲は良好らしい。
ちなみに、第一王子だったレナードは王族の資格無しとされ、継承権剥奪の上、遠く南の僻地を領地に与えられて旅立った。温暖な地を与えられただけ温情である。
「そういえば、リーゼロッテ様はいかがお過ごしですかぁ?」
イリスが空気のように気配を消していた青年に水を向けた。彼は監視役としてリーゼロッテについていた文官で、今はリーゼロッテの新たな婚約者だ。
「リーゼでしたら、ペリクルスの森に」
そう。この場にリーゼロッテだけは不在だった。今の時期は冬眠から覚めた魔獣たちが活発化するとのことで、彼女は新道建設現場に行ってしまった、とのこと。
「もちろん、私も園遊会が終わりましたらあちらへ向かいます。どこぞの令息とは違いますので」
そのどこぞの令息――リーゼロッテの元婚約者のダレスは、ワイバーンでペリクルスの森を無用に騒がせたことがバレて、激怒したノクト侯爵から除籍を言い渡された。
今は償いのため、新道建設現場で一作業員として働かされているという。ダレスがワイバーンで追い立てたワーウルフによる被害――リーゼロッテの奮闘で死人こそ出なかったが、腕や足を欠損した者はいる。自分の愚行のせいで何が起きたのか。それを目に焼き付けよ、という意図での采配である。
また、ノクト侯爵家はダレスに代わり嫡男のロビンが魔物討伐部隊を新道建設現場に派遣し、自ら指揮を取っているという。
かつての婚約者たちはともかく、令嬢たちは政略が絡むとはいえ満足のいく結果を得られたようだ。また、星見の宴での騒動以来、女性を蔑ろにすれば痛い目に遭うと知れ渡ったのか、ナディルナルナでは妻や婚約者を大切に扱う風潮が生まれたとか。
完
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