15. 星見の宴(2)
誤字報告ありがとうございます(ノシ_ _)ノシ
「この馬鹿者どもが!! 王命での婚約を何と心得る!」
空気をビリビリと震わせるほどの怒声を浴び、レナードは「ひぃ!」と縮こまった。
「恐れながら申し上げます!」
そこに青い顔をしながらも割り込んだのは、スピカ侯爵令息クライヴだ。
「……よい。申してみよ」
「隣国との国境に武器と食糧が集積しているのは揺るがぬ事実にございます! これを謀反の芽と言わずして何というのでしょうか!」
国王は厳しい表情を崩さないまま、内心で深くため息を吐いた。
「……そなた、ここで声を大にして言うからには、裏は取ったのだろうな?」
国中の貴族が集まる場で、よもや憶測だけで申したのではあるまい?
そう問われて、レナードがすぐさま顔を上げた。
「父上! ここにおりますピピナが教えてくれたのです。身を危険に晒してまで!」
「そ、そうです! ピピナから……」
クライヴは言いかけて黙った。そのピピナは先ほど令嬢たちに害されたと嘘をついたばかり。そして、謀反の疑いを自分達は、ちゃんと調べたか?
「つまり、そこの娘の言葉だけでそなたらはこの場を騒がせたのかっ!!」
……否、何も調べていない。何の確認もしなかった。
これは貴族としてあるまじきことだ。嘘に踊らされて、衆目の前で大恥をかくなど……。
「そなたら学園でいったい何を学んでおった!!!」
国王の怒声に、レナードとクライヴはただ震えるしかできなかった。そこへ「ちょっといいかな」とジュリアスが割って入った。
「誤解を解くために、少し私から話をさせてもらうよ」
魔導具を使ったのか、ジュリアスの声は大広間の端まではっきりと届いた。なのに不思議とうるさくない。
「ペリクルス新道建設事業はね、ペリクルスの森に元からある獣道をきちんと整備して荷馬車が通れる広さにして、まわりの魔物討伐もして道の安全を確保し、オルド辺境伯領からアラーチェ湾へショートカットの道を作ろう、というものなんだよ」
ジュリアス王太子が補足した。
「アラーチェ公爵領の特産の染色植物を綿織物を生業とする我が国のエルド領が恒常的に買い入れることを条件に、我が国は破格の港湾使用料でアラーチェ港から貿易船を出せる。そういう契約なんだ」
「うむ。武器やドロゼウス領の魔晶石を辺境に運んだのは他でもない、魔物の討伐のためだ。そなたの家もこのプロジェクトに魔物討伐部隊を派遣する予定だったそうだが……残念ながら一人としてノクト侯爵領の者は来なかったそうだ」
「なんだと?!」
声を上げたのは、ノクト侯爵。騎士団長として職務中のため厳めしい甲冑姿のまま、嫡男夫妻と共にカツカツと踵を鳴らして、立ち竦むダレスの前に立った。
「ダレス! 討伐部隊を派遣しなかったとはどういうことか! オルド辺境伯令嬢の再三の要請に応えなかったとして、儂から直接手紙を送ったはず。そなた領地へ赴いたのではなかったのか? ワイバーンを借り受けたと報告を受けているが、顔を出したわけではないのか?」
「それ、は……」
ダレスは黙りこくって俯いた。言えるはずがない。ただ、ピピナをワイバーンに乗せるためだけに領地に行き、何もせず王都にとんぼ返りしたなどと。
(だって夏前だった。春の繁殖期が過ぎて、魔物だって大人しい時期だ。援軍なんかなくったって……)
どうにかなると思っていた。まさか、隣国も関わるこんな重要な仕事だったなんて、思いもしなかったのだ。
「そんな……私は何も……」
聞いていない、と誰ともなしに呟いた。青天の霹靂だと言わんばかりの顔をして。その背後で、彼らの父親たちも一様に青い顔をしていた。息子たちから何の報告も受けていないから当然である。ジャスティンの父親であるアメティス伯爵だけは、険しい眼差しで息子を睨むだけで、動揺らしき動揺はしていなかった。
「言っておくが、そなたらの婚約者はそなたらにきちんと逐一、報告の手紙を送っておったぞ。時には対面で話もしたそうではないか。そなたらのような間違った捉え方をされかねん、デリケートなプロジェクトだったからな。令嬢たちには念のため、余の命で監視をつけていた」
そこまで説明を受けて、レナードたちはようやく事の重大さと自分たちの過ちに気づいたらしい。顔がどんどん青くなる。
「婚約とは家同士の契約にして結びつき。故に、最近そこの娘にかまけてばかりのそなたらに不安を抱いたそなたらの婚約者が願ったのだ。そなたらが家のことを考えて行動できるかを試したいとな。おおよそ、家長に何ぞ言われたのだろう」
国王がチラリと令嬢たちの父親に視線を投げたが、びっくりしたのは父親たちである。いやいや、自分たち娘に何も言ってないし!
「彼女たちはそなたらとの婚約継続を望んでいたのだぞ! そなたらを信じて待つと健気に……! それを馬鹿者がすべて台無しにしよって……!!」
怒りに顔を赤くする国王。しかし、婚約継続を望んでいた、との言葉にレナードたちは慌てて言いすがった。
「し、しかしながら、彼女たちは私たちに歩み寄ろうとしませんでした。可愛らしさもなく、優しさもなく、愛情を育もうとさえしなかったのです父上!」
「何をおっしゃっているのです?」
そこへ、カツリとヒールが大理石の床を打つ音が響いた。見れば、令嬢たちがこちらにやってくるではないか。
「貴族同士の婚約が愛のため? 嘆かわしい。婚約期間は本来はお互いの家の利のために、相手を見極めるためにあるのですわ。婚約者は相手の家の代表ですの。私たちをおろそかにすると言うことは、私たちの後ろにある家をおろそかにすること。そんな者を誤って家に入れないように」
パートナーがいないにもかかわらず、令嬢たちは輝いて見えた。シャイアに至ってはクルクルの縦ロールがなくなり、まっすぐな銀髪を華やかなアップにしている。メイクだってやや無理やりなカワイイ系から、ナチュラルメイクに変わっている。自分の婚約者はこんなに美しい令嬢だっただろうか、とレナードは呆けた顔で彼女たちを見上げた。
「恐れながら陛下、誠に遺憾ではありますが私どもとの約束を果たしていただきたく存じます」
令嬢を代表して、シャイアが言った。
「う……うむ。そうであったな。残念ではあるが、愚息の器がそなたの夫となるに足りなかった。シャイア・アラーチェ公爵令嬢、リーゼロッテ・オルド辺境伯令嬢、マチルダ・ドロゼウス子爵令嬢、そなたらの婚約を、そこにいる者共の有責で解消とする!」
王命という名のトドメを刺されて、レナードたちは膝から崩れ落ちた。
こうして、令嬢たちの長い戦いに一旦の終止符が打たれたのであった。
あれ? 婚約解消、一人だけできてなくね?




