14. 星見の宴(1)
季節は流れ、冬。キンと冷えた星空の下、新年を祝う星見の宴が、王宮の大広間で華々しく開かれた。国中の貴族が集まり、今年は新道建設プロジェクトをきっかけに親しくなった隣国の王太子ジュリアスも招待されていた。
「シャイア・アラーチェ! 只今をもって貴様との婚約を破棄する!」
国王陛下の乾杯を待っていた貴族たちは、突然響き渡った声に困惑した。何事かと声を追った招待客が見たのは、壇上に上がったこの国の第一王子レナード殿下と側近候補の貴族令息三名と、彼らに守られるように囲まれたピンクブロンドの少女――ロマーナ男爵令嬢ピピナである。
彼女はとても男爵家には用意できない華やかなベビーピンクのドレスに大粒の宝石が輝くアクセサリーを髪にも耳にも胸にも腕にもつけていた。そのすべてが石の種類もモチーフもてんでバラバラで、確かに高価な品なのであろうがどうしてもゴテゴテと品がなく見えた。
「リーゼロッテ・オルド、君との婚約を破棄する」
「イリス・クロスロード、貴様との婚約も破棄する」
「マチルダ・ドロゼウス、おまえとは婚約破棄だ」
呆気に取られる招待客をよそに、側近候補の令息たちも口々に己の婚約者との婚約を破棄すると宣言した。
「先日フランゴ橋が崩落し、由々しきことに武器が隣国との国境へと集まっていると聞いた! これは謀反と思われる!」
第一王子レナードが叫んだ。
「そうです! シャイア様たちは隣国と戦争をしようと企んでいます! そんな恐ろしい人たちを早く捕まえてください!!」
レナードに胸を押し付けるように抱きついたピピナがキンキンした声で決定的なことを言ってしまった。
招待客がざわつく。
「ピピナに知られたのがマズいと思ったのだろう。あろうことか、その女は学園の夏至祭でピピナのドレスを切り裂いただけでは飽きたらず、亡き者にしようと階段から突き落とした! 殺人犯だ!」
レナードが糾弾する。まあ、ピピナは元気ピンピンなので、殺人犯は無理があるが。
にしても、オズワルドからの情報を料理した結果、時系列までおかしくなっている気がするのは気のせいだろうか??
しかし、招待客は次々もたらされる情報に目を白黒させた。いったいどういうことか?
ざわめく招待客たちは彼女たちの姿をすぐに見つけた。わかりやすいことに、四人固まって佇んでいたのだ。
その中で最も高貴な令嬢――最初に婚約破棄を宣言した第一王子レナードの婚約者でアラーチェ公爵令嬢シャイアがパチンと扇を閉じたのを合図に、会場は水を打ったように静まり返った。
シャラリ、と衣擦れの音に続いて銀の飾り靴がカツリと大理石の床を打った。優雅な仕草で壇上の婚約者たちに振り返った四人の令嬢たちを代表してか、アラーチェ公爵令嬢が艶やかに紅をひいた唇を震わせ……
「あなた方には、ガッカリでございます!」
と、王子を睨みつけ言い返した。
「私たちが、あれほど! あれほど逐一報告のお手紙を差し上げておりましたのに、ご覧にもなりませんでしたのね? 嘆かわしい限りですわ!」
「彼女たちは皆、ペリクルス新道建設プロジェクトに関わっていてね。アラーチェ公爵令嬢とオルド辺境伯令嬢は我が国で他ならぬ私と協議をしていたよ。よって、学園の夏至祭には参加できなかった。私が証言しよう」
そこへ、ジュリアス王太子がにこやかな笑みを浮かべて進み出てきた。レナードとノクト侯爵令息のダレスが「え」と目を瞬く。まさか隣国の王太子が証人になるなど思ってもいなかったのだろう。
「私はペリクルスの森に魔物が出たので、討伐のため数日抜けましたけれど、その後はまた殿下方と合流しておりますわ。確認を取っていただければわかります」
リーゼロッテが補足して、ギュッとダレスを睨みつけた。
「あ……シャイア様じゃなくてマチルダ様だったかも?」
ピピナが引きつった顔でマチルダを指差した。
「よくよく思い出したらマチルダ様だった気がしてきました!」
名指しされたマチルダは、シャイアたちに会釈をして前に出た。
「私も夏至祭には参加しておりません。クライヴ様は事情をご存知かと思いますが……?」
急に自分に話を振られたクライヴは、
「な、私は何も聞いていないぞ! 貴様でまかせを」
「サインをいただきました」
マチルダを怒鳴りつけようとして、見覚えのある書類にフリーズした。
「昨年の春、我がドロゼウス領で地面の陥没災害があったのです。こちらをご覧くださいませ」
マチルダが手のひらにのせた記録用魔導具が起動し、大きく陥没した地面の映像を映し出した。その惨状に婚約破棄を聞かされた時以上に招待客がざわめいた。
「クライヴ様に再三、復旧支援のお願いをしましたが、聞き届けていただけませんでした。けれど、魔晶石を急いで新道建設現場に運ばねばならなかったので、クライヴ様にテレーズ川支流の曳船許可をいただきました。その後お手紙で夏至祭には参加できない旨もお伝えしております。もとより」
領がこのような災害にみまわれ、学園の行事になど出られましょうか。
マチルダが記録用魔導具を操作すると、映像が切り替わった。陥没した地面の上に板が渡され、点々と作業員らしき人の姿がある。
「今は南隣のキリム伯爵領と西隣のゾリンゲ子爵領に助けていただいて、陛下からも資材の支援と技師の派遣をしていただきました。少しずつですが復旧が進んでおりますの。助けていただいた皆さまには心から感謝しております」
そう言って、マチルダが丁寧なカーテシーを披露すると、一部の招待客からパチパチと拍手がおこった。
「え、え、えっとぉ……イリス様だったかも」
懲りもせずピピナがクロスロード伯爵令嬢イリスを指差した。
「私も夏至祭には参加しておりませんわぁ。ずーっとフランゴ橋の飛竜輸送にかかりきりでしたのでぇ。ここにいる皆さまの中にも、私を見た方はたくさんおられますよぉ」
しかし、イリスにもあっさり反論された。ピピナが最後の手段、泣き落としを実行しようと目にギュッと力を込めようとしたその時。
「静まれ!」
威厳に満ちた叱責が、大広間の空気を震わせた。令嬢たちが一斉に最上級のカーテシーをした、その先には。
「父上……?」
国王陛下が険しい表情で佇んでいた。




