13. 令嬢たちは男爵令嬢を焚きつけることにした
夏期休暇が終わって秋のはじめ。学園のカフェテリアはテスト結果にざわつく生徒たちで賑わっていた。
「なんだか久しぶりですわね。こののんびりした空気」
「本当ですわねぇ」
実際に国家規模のプロジェクトに関わり、情け容赦のない実務の波に揉まれた令嬢たち。不思議なもので、あの苦労を知っていると学園のテストなど些細なことに思えてしまう。ちなみに、彼女たちの成績は心配されるようなものではなく、上々の結果となった。
「政治は難しいですけど、でもたくさん見えてくるものがありましたわ」
「学園の授業の目的が「ああ、これはこのためか」って思えますものね」
「勉強が楽しくなりましたわ」
そう言って笑いあう令嬢たち。彼女たちはこの夏で大きく成長したようだ。
「話は変わりますけれど、皆さまはその後婚約者様から音沙汰はあって?」
リーゼロッテが訊ねると、三人の顔が一気に曇った。
「いいえ~? 梨のつぶてですよぉ」
「私もですわ」
「殿下からは何も……」
何とも言えない沈黙が落ちた。
「私たち、婚約者様にはきちーんと報告のお手紙を送り続けておりますのに」
リーゼロッテがため息を吐いて、カフェテリアの一画に視線をやった。そこには、令嬢たちの婚約者と彼らに囲まれるピピナの姿がある。
ちなみに、ついさっきピピナがわざわざ監視役の文官たちに秋波を送りにきた。監視役たちは皆見目の良い青年であったのだ。今さらだが。なお、監視役たちの誰一人としてピピナのアプローチに返事をしなかった。男爵令嬢であるピピナより全員身分が高いので当然の対応である。ピピナはプンスコ怒って婚約者たちのところへ戻っていった。
「読んでくださってますわよね?」
「普通、婚約者からの手紙でしたら読みますわよ」
「私、口頭でもお話ししましたし、当主名代として、って枕言葉つきで連絡もしましたわ。知らないとかあり得ないですわ」
扇がヒラヒラ、パチン。ヒラヒラ、パチンと苛立たしげに鳴る。
「夏至祭に来られなかったことも気づいておられませんよねぇ」
「生徒会にメリリア王女殿下とニルヴァ公爵令息がいらしたのを不審に思われなかったのかしら?」
ヒラヒラ、パチン。扇を鮮やかに閉じて、シャイアがふと身を乗り出した。
「いっそのこと、ピピナ様に仄めかしてみようかしら」
至近距離にいた令嬢たちだけにはわかった。普段鉄壁の淑女の仮面を外さないシャイアの瞳がいたずらっぽく煌めいたのを。
「あら、それはよろしいわね。とぉーっても仲が良さそうですもの」
リーゼロッテがニンマリと笑った。
「ピピナ様ならきっと私たちの代わりに婚約者様に伝えていただけますわ」
フフフ……とマチルダが微笑んだが、いつもよりやや声が低い。
「急ぎましょー。橋が壊れたって知らなかったらかわいそうですわぁ」
イリス、隠しきれないほど笑みが黒い。
◆◆◆
「そういう訳でぇ、ピピナ様に言付けをお願いしますぅ」
「な、なぜ私なんだ?!」
黒い笑顔のイリスから話を振られた文官――キリム伯爵令息オズワルドは眼を白黒させた。
(オズワルド様が一番口下手だからですぅ)
どうもこのオズワルド、若い女の子が苦手なようなのだ。露出の多いピピナから必死に目を逸らしていたし。オズワルドから伝わる情報はきっとあやふや。わずかな情報から、あることないことないことたくさん想像してくれるだろう。
「頭脳明晰なオズワルド様ならぁ、必ずや正確に詳しくピピナ様にお伝えできると思ったんですぅ」
あと、時たまこっちを見て「これだから女は……」とか「だから女は……」とか「面倒な……」とか小声で零していたのを令嬢たちはしっかり覚えていた。皆、根に持つタイプなのである。
「これも国王陛下肝いりの婚約を壊さないためです。オズワルド様にかかっております!」
グッと拳を握ってマチルダが力説すると、オズワルドは「うっ」と呻いて仰け反った。これだけプレッシャーを与えれば、きっとピピナの前でどもりまくってくれるだろう。哀愁漂う背中をリーゼロッテは容赦なくピピナのいる方角へ押し出した。
果たしてその結果は……?




