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11. 報告会(1)

 隣国で、橋の袂で、そして自領の領境で、令嬢たちの日々は慌ただしく過ぎていった。結局、彼女たちは四人とも夏至祭には参加できなかった。とにかく忙しすぎて、夏期休暇前のテストにも間に合わず、学園に追試験で受けられるよう願ったほどだった。


 彼女たちが目も回るほど忙しく過ごしている間に、学園ではシャイアがヘルプを頼んだメリリア王女とアーノルドによって夏至祭がつつがなく開催され、その采配を絶賛されたという。

 なお、どこぞの男爵令嬢がドレスを切り裂かれたとか、階段から突き落とされたとかいう話も出たが、それも王女やアーノルドを讃える声にかき消されて、生徒たちの記憶に残ることはなかったとか。




◆◆◆




 夏至祭、学期末テストも終わり、夏期休暇も半分ほど過ぎた頃。シャイアと、魔物討伐を終えて復帰したリーゼロッテはようやく隣国の会議室から解放された。実に怒涛のごとき日々であったが、頑張ったおかげで隣国と協議すべき事柄はほぼ結論が出た。気になる魔物の方も今は落ち着き、警戒しながらも工事は続けられている。


 イリスの方も、人の往来のピークを過ぎたからか、橋にかかりきりということもなくなり、令嬢たちは久しぶりに四人揃ってお茶会を開いた。


 なお、会場に手を挙げたのはマチルダである。


「領内に涼しく過ごせる場所がございますので、ぜひいらしてくださいませ」


 とのことで、四人は生まれて初めて飛竜の背に乗り、ドロゼウス領を訪れた。


挿絵(By みてみん)


「まあ、こちらがあのドロゼウス金山ですの?」


「坑道なんて初めて見ましたわ」


「こんなにしっかりした造りなのですのねぇ」


 彼女たちが案内されたのは、旧ドロゼウス金山の坑道で、現在は倉庫として活用されている一画である。地下だからか、その場所は外と比べてひんやりと涼しく、湿気がヒヤリと肌にまとわりつく。壁は煉瓦で補強され、魔導灯のオレンジ色の光がやわらかく辺りを照らし出していた。


「この先に地底湖がありまして。とても幻想的な眺めなのです」


 マチルダの案内でたどり着いたのは、人工のものではない広い空間。王宮の大広間に例えたら半分くらいの半円形の床の下に、オパールのような濃淡の入り混じる紺碧の水面が広がっていた。


「まあ……」


「綺麗ですわねぇ」


 その幻想的な美しさに三人とも思わず言葉を失った。天井からピチャン、ピチャンと水滴が落ちるたび、水面に波紋が広がり紺碧が揺らめいた。


「皆様さえよければ、お茶会はこちらでいかがでしょうか」


 氷穴で冷やした果実水を楽しみながら、お茶会と相成った。




◆◆◆




「それでは皆様、改めましてお疲れ様でございます」


「ああ……冷えた果実水がとても美味しゅうございますわぁ」


 それぞれが――この場についてきた監視役の文官たちも席について、まず始まったのは報告会だ。それぞれの立場からプロジェクトの進捗状況と近況を順々に話す。


「隣国との打ち合わせは、問題が出たらその都度話し合うとのことで、一旦まとまりましたの。夏期休暇が明けましたらまた隣国へ赴く予定ですわ」


 と、シャイア。それに「私もですわ」とリーゼロッテが倣う。


「ポルッカの方が規制が厳しいんですの。それに、禁製品を見分ける魔導具類もたくさんありましたわ」


「幻覚作用のあるバイコーンの角も、その魔導具で一発でわかるんですの。粉末にされていても、ですわ」


「まあ。ぜひ詳しく聞かせていただきたいお話ですわ」


 イリスが興味深いと身を乗り出した。バイコーンの角は粉末状だと何の変哲もない白い粉にしか見えない上、ほぼ無臭。番犬も幻覚作用にやられて反応しない。クロスロード領の関所でも悩みの種だったのだ。


「それから、あちらでは記録の魔導具というものがありまして。検問での取り調べの映像を記録できるんだそうですの。ご覧になって」


 リーゼロッテが手のひらに乗るほどの小さな魔導具をテーブルに置いて起動すると、水晶球の中に書き込まれた小さな二つの魔法陣が淡い光を放ち、魔導具の真上に小さなスクリーンを映し出したではないか。スクリーンには隣国の王太子ジュリアスとシャイア、リーゼロッテたちが会議をしている様子が映し出されている。しかも、音声まで記録されているようで、話し声だけでなく、書類を揃える音や咳払いまではっきりと聞こえる。


「まあ、これは……」


「おお……!」


 監視役の文官たちもやってきて、映し出された映像に目を見開いた。こんな技術はナディルナルナにはない。


「ジュリアス王太子殿下によると、取り調べをこの魔導具で記録するようになってから、不正を働こうとする者が大幅に減ったとか。やはり、確固たる証拠を残されるといろいろとやり辛くなるようですわ」


 もちろん、魔導具の輸入についても契約して参りました、とリーゼロッテ。これで、ナディルナルナが大きな恩恵を受けることは間違いない。


「ポルッカは発展しているのでございますな」


 それまでほとんど令嬢たちに口を挟んでこなかった文官の一人が呟いた。彼らの表情には、どこか苦いものがある。


(我が国は隣国を見下していたものね。金山と港を欲しがるばかりの蛮族だと)


 今回の新道建設プロジェクトだって、どこかしら「施す」意図があったことは否めない。しかし、令嬢たちがプロジェクトを早めたことで、偶然にも隣国が優れた技術を持っていると知ることができた。


「国の舵取りとは、実に危ういものですな」


 偶然かもしれないが、令嬢たちが隣国の王太子と友好を築けたことは、大きな外交成果といえる。


「部外者が口を出す失礼を承知で、マチルダ嬢」


「え? はい?」


 突然話を振られたマチルダがキョトンと文官を見返す。


「先ほど飛竜の背から見た領境の陥没災害、アレをこの魔導具に記録して陛下にご覧いただいてはどうか。聞きしに勝る規模であるし、何より隣国の技術を一刻も早く陛下にお伝えすべきだろう」


 優れた技術は分かち合えれば共に発展の礎になるが、敵対すれば脅威となる。それを危惧しているのだろう。以前にも言ったが、隣国と結ぶことに良い顔をしない勢力もいるのだ。


「書類で書いて伝えることもできるが、文字だけの報告では……こう言うのは大変失礼なのだが、ありもしない災害をでっち上げて金を貰おうと企む者もおる故、支援を出す側も審査に厳しくなりがちなのだ」


 と、別の文官も申し訳なさそうに言った。


「しかし、スピカ侯爵閣下は何をしておられるのか。領境があのようになっていることなど、大事だと知れぬはずはないだろうに。魔晶石運搬に不可欠ならなおさら……」


「閣下ご本人はお忙しいとはいえ、家人は何をしているのか……」


 監視に徹していた文官たちが意外に饒舌なことに驚きつつ、リーゼロッテは記録用魔導具をマチルダにそっと手渡した。


「どちらにせよ、一つは陛下に献上しようと思っていましたの。せっかくですから何か映像を入れてと思っておりましたから。ぜひ使ってくださいませ」


「まあ……まあ……リーゼロッテ様、ありがとうございます!」


 頬を染めてマチルダは小さな魔導具をギュッと胸に抱いた。

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