1. 事の発端
テキトーに描いた地図から内政話を作ってみよう、というわけで書いた話です。恋愛要素は薄め。特に言及がない部分はふんわりご都合主義です。全16話。
…………今更だけど、王都デカく描きすぎたと思う(反省)
ジャンルをハイファンタジーに変更しましたm(_ _)m
「シャイア・アラーチェ! 只今をもって貴様との婚約を破棄する!」
ナディルナルナ王国の新年を祝う星見の大夜会。国中の貴族が集い、今年は隣国の皇太子も招いた祝宴の場に、あまりにもそぐわない宣言が響き渡った。
何事かと声を追った招待客が見たのは、壇上に上がったこの国の第一王子レナード殿下と側近候補の貴族令息三名と、彼らに守られるように囲まれたピンクブロンドの少女だった。
「リーゼロッテ・オルド、君との婚約を破棄する」
「イリス・クロスロード、貴様との婚約も破棄する」
「マチルダ・ドロゼウス、おまえとは婚約破棄だ」
呆気に取られる招待客をよそに、側近候補の令息たちも口々に己の婚約者との婚約を破棄すると宣言した。そういえば彼らの隣には本来伴うべき婚約者の姿がない。ざわめく招待客たちは彼女たちの姿をすぐに見つけた。わかりやすいことに、四人固まって佇んでいたのだ。
その中で最も高貴な令嬢――最初に婚約破棄を宣言した第一王子レナードの婚約者でアラーチェ公爵令嬢シャイアがパチンと扇を閉じたのを合図に、会場は水を打ったように静まり返った。
シャラリ、と衣擦れの音に続いて銀の飾り靴がカツリと大理石の床を打った。優雅な仕草で壇上の婚約者たちに振り返った四人の令嬢たちを代表してか、アラーチェ公爵令嬢が艶やかに紅をひいた唇を震わせ……
「あなた方には、ガッカリでございます!」
と、王子を睨みつけた。
◆◆◆
ことの発端は、一年前の春に開かれた王立学園の園遊会に遡る。
金の鈴をぎっしり連ねたような黄色のレンギョウや白く可憐なアーモンドの花、足下には色とりどりのチューリップやヒヤシンスが咲き誇る学園自慢の庭園での交流会である。
「……不安しかありませんわ」
そんな華やかな場で、リーゼロッテは一人で飲み物のグラスを傾けていた。憂鬱を絵に描いたような眼差しで彼女が見つめる先には、一組の男女がいる。男の方はリーゼロッテの婚約者で、ノクト侯爵令息のダレスだ。彼にくっついて腕を絡めているのは、ロマーナ男爵令嬢ピピナ。
どこからどう見ても、婚約者をほったらかして浮気するバカップルである。
リーゼロッテは深くため息を吐いた。この日のために誂えたフォレストグリーンのドレスは何のためにあるのだろう。植栽に擬態するためだろうか?
(まあ? 髪に蝶々もとまってるし?)
リーゼロッテの艶やかなワインレッドの髪を彩る白瑪瑙の蝶々の髪飾りは、つり目でややキツい顔立ちの自分を少しでも可愛く見せようとつけて来たのに……。
リーゼロッテは、国の北端に領地を持つオルド辺境伯の総領娘である。現当主が騎士団長を務めるノクト侯爵家とは、隣同士の領地という間柄である。共に国境防衛を担う両家の縁組み――実にわかりやすい政略結婚だ。
婚約者のダレスは侯爵令息だが次男で、家督は長男が継ぐのでオルド辺境伯家に婿入りと相成ったのだ。王国の将来のためには必須の婚約なのだが、リーゼロッテとしては浮気する婿など不安でしかない。
しかし悲しいかな、たかが浮気程度では婚約解消など認められない。
言い訳をさせてもらうなら、元々リーゼロッテとダレスの相性はイマイチだった。
総領娘として、将来は女辺境伯として家を仕切るよう育てられたリーゼロッテは、仕事となるとややキツい物言いをしがちだ。「舐められるな」との教えに従った結果なのだが、ダレスはそんなリーゼロッテがどうしても気に入らないらしかった。
「政治のことに君が口を出すべきじゃない」
「結婚したら口ごたえはやめてくれ」
どうもダレスは、自分が辺境伯位を継ぐと信じて疑っていないようなのだ。そこは有耶無耶にできまいと、繰り返し説明したのがいけなかったのか。ダレスはすっかりへそを曲げて、リーゼロッテを見向きすらしなくなり……今に至る。
(一人でどうしろっていうのよ……)
園遊会だが、交流を深めるためにダンスタイムもある。ファーストダンスは婚約者と踊るのが常識だが、浮気カップルの様子を見る限り、ダレスがリーゼロッテを迎えにはこなさそうだ。存在を忘れられているといってもいい。遠目に見てもはっきりわかるくらい、ダレスの視線ははしたないほどに開いた男爵令嬢ピピナの胸元に向いていた。
「はあ……」
ため息を吐いて会場に目をやると、たまたまだが一人の令嬢と目が合った。クルクルと巻かれた銀髪が日差しを弾いて煌めいている。物憂げな菫色の瞳に美しく整った顔立ち。鮮やかなアザレア色に染めた絹地をマーメイドラインに仕立て、大人びた色香を纏う彼女は、アラーチェ公爵令嬢シャイア嬢だ。彼女も一人で佇んでいることに、リーゼロッテは目を見開いた。
(シャイア様は第一王子殿下とご一緒ではないの?)
リーゼロッテの言いたいことを察したのか、シャイアがチラリと彼方へ視線を投げた。彼女の視線の先には、肩までの金髪を靡かせ、男爵令嬢ピピナと優雅に踊る第一王子の姿があった。
(第一王子殿下も、なの?!)
こんなことってあるのだろうか。
目の前で、第一王子殿下が婚約者であるシャイアを放置して男爵令嬢ピピナとファーストダンスを踊っている。その後方には、ダレス含む数人の貴族令息たちが談笑しながら明らかにおかしい相手とのダンスを眺めていた。
(いったいどういうことよ?!)
リーゼロッテは憤慨した。男爵令嬢ピピナが愛想を振りまいている令息は王子殿下も入れると四人。つまり四股だ。それを受け入れている令息も許せない。
(第一王子殿下まで信じられませんわ!)
ただ、そこでリーゼロッテはふと思いついた。
(もしかして、これは婚約解消するチャンスでは?)
リーゼロッテにとって、婚約者ダレスは既に浮気有罪の不良物件である。ピピナから取り戻すより、ダレス有責で婚約解消に持っていく方がよほどいい。
ピピナが四股もかけた令息の顔を順番に確認する。
(第一王子レナード殿下、スピカ侯爵令息クライヴ様、アメティス伯爵令息ジャスティン様、そして私の婚約者ノクト侯爵令息ダレス様……)
すぐに、彼らの婚約者の顔も思い浮かんだリーゼロッテは、彼女たちと話すべく、手始めにアラーチェ公爵令嬢シャイアの元へ向かったのである。
誤字報告ありがとうございます(ノシ_ _)ノシ