お師匠様は閻魔大王?
「......はぁ、また返り血をつけて......ちゃんと落としてから来いって、私言ったよね?!ほんっとにさぁ......」
愛良隊長が心底迷惑そうに額を手で押さえている。
「ふん、別にいいだろ。人の全くいないルートを通るんだし、現場に長くとどまっている方がリスクが高いっての。俺はちゃんと法律違反してんだよ。」
悪びれもなく言ってのけた。声が男性のそれだ。
「えっと.........愛良隊長、この人って......」
「.........ハクト。群青隊の副隊長よ。色々おかしいんだけど、実力は確かなの。あ、男だからね?」
愛良隊長が深いため息をつきながら説明してくれる。この人物が副隊長だったらしい。紺色の髪を一つにくくり、紅い意志の強そうな切れ長の目をしている。あと性別に関しては声で分かった。今時男でも髪伸ばしてる人はいるんだし、別にそんな勘違いはしないけどなぁ......まあ、顔は女っぽいが。
「......お前、絶対俺のこと女っぽいとか思ってるだろ。否だからな。」
今までさんざん言われてきたんだろう。まあ、変装には役立ちそうな顔だが。
「諜報活動には役立ちそうな見た目ですけどね、それ。」
「..........?!」
思ったことをそのまま言ったら、なぜか驚かれた。何かおかしなことを言ったのだろうか......
「俺の顔を見てそんなこと言う奴、初めて見たな。......今まで利用方法なんてないと思ってたが...」
あ、そういう驚きでしたか。にしても、この顔を利用したことがないなんて、もったいない気がする。それとも、ただ敵を薙ぎ倒すだけの脳筋なのか?
「......自分からもちゃんと自己紹介をしなさいよ、ハクト。」
今度は愛良隊長の言葉に素直に頷いて見せた。そして、私に向き直る。
「改めて......俺はハクト。スラムの生まれだから苗字はない。年は19。主に諜報活動をしている。......お前は気に入った。是非、師匠の下で学ばせたい。」
「師匠?」
それ、誰?ハクトを育てた師匠......どんなヤバい人なんだろうか。いや、この人はそもそも性根がこうなのか?
「ちょっと待って、その人って......!」
愛良隊長が目を見開いて叫ぶ。え、ヤバい人なの?嫌だよ、超・スパルタ教育みたいなの。
ハクトは構わずにやりと笑って答えた。
「別組織、カムイのNo.1......黒谷颯太さんだ。」
聞いたことなーーーーーーい!初日でそれ言われてもわからーん!
「......まあ、初日だし知らんだろう。一回会ってみればわかる。素晴らしい人なんだとな。」
言うなり、手を引かれて部屋から引っ張り出される。
「師匠の修行場へ」
ハクトが地面に手をかざして言うと、青緑色の魔法陣が足元に現れ、光が私たちを包んだ。周りは何も見えなくなる。
「止まりなさーい!」と言う愛良隊長の声が聞こえたが......段々声は遠くなっていき、遂に聞こえなくなってしまった。
*
「......何処、ここ?」
辿り着いたのは霧の立ち込める湿地のような場所。一寸先も満足に見えないような状況だ。
「カムイの修行場。師匠と特訓するときはいつもここでやるんだ。」
「こんな中で......?野生の生き物とかいないの?」
私が問いかけると、なぜかハクトは爆笑し始めた。
「お前、ここが外だとでも思ってんのか?!....っくく!あ~面白い。そんな素っ頓狂な問いかけしてきたやつは初めてだよ.......」
「.......」
「怒るなって。......まあ、俺も初めて来たときは外だと思ったよ。よく似せてあるよな、全く。これ、全部師匠の所属の部の人が作ったんだってよ。闇属性で劣化の概念を葬ったとかなんとか......カムイの人は強さがおかしいよな。」
そんな話をしていると、突然、何かがこちらに近づいてくるような気がした。思わず振り返ってそちらを見やる。
警戒心を募らすにつれて、私の周囲には蔓やら弾幕やらが発生し始めた。
「おい、白華_______」
「来るっ!」
感情に呼応して、発生した弾幕たちが一斉に対象の方へ向かう。
蔓が何かに触れた感覚が伝わってきた。
と思ったら次の瞬間にはその反応は消え、代わりに私の首が何かに掴まれる。
______目の前には、青年がいた。
黒色の髪に、真紅の瞳。灰色と薄紫がグラデーションになったカーディガンを羽織っており、ものすごく顔がいい。
なんかみんな顔がいいなぁ、と思っていたのも束の間。反応する間もなく、地面に叩き付けられる。青年は私に覆いかぶさってきた。首を掴んでいないほうの手には銀光りするナイフが握られている。
「~~~~~~~っ」
「いい度胸じゃないか......俺に奇襲をかけるなんて......」
歯を剥き出して獰猛に笑う様子に、全身がゾワッと粟立つ。
逃げ出そうと藻掻くほど、首を掴む力は強くなり、ほとんど絞められているようだ。
不味い、どうにか逃げ出さないと、殺され_________
「......師匠、彼女いるんでしょ。手ぇ出したら怒られますよ。」
ハクトの間の抜けた声が響いた。
「...あ」
青年は夢から覚めたかのように目を見開き、暗器をポケットに戻した。首を掴んでいた手も離され、鋭かった眼光は柔らかな光になって、色すらも、血のような真紅から優しい薄紫に変化している。
「???」
さっきのは、一体何なんだ?
差がありすぎて、よく分からない。体を起こすと、二人が一斉にこちらに視線を向けてきた。
「......あー、さっきお前の首絞めてた人が俺の師匠の黒谷さんだ。」
黒谷さんを手で示し、何か小声で話しかけている。少しの間小声の会話が続いた後、黒谷さんが私の前に出てきた。
「........ほんとに悪かった。あんなにいい攻撃もらったのは久しぶりで......つい......」
落ち込んだ様子で頭を掻いている。
今のが素だとしたら.....あれは何だったの?
「何か俺は戦闘になると豹変するらしい......自覚はないんだがな。」
えー.....なにそれ。二重人格かなんかなの?
「うん、俺も師匠に関しては知らないことばかりだから、実験だ______仲間ができてよかったよ。うん。」
「.............修行するとは言ってないよ?」
勘違いしないでいただきたい。私はまだ弟子入りするとは言っていない。黒谷さんに教えを乞うとは一言も言っていないのだ。うん。
「んでも、なんかブラホワ(ブラックホワイトの略称)から書状来たよ。黒崎隊員を鍛え上げてほしいって。」
「え」
ハクトが無言でサムズアップをしてくる。その顔は満面の笑みだ。畜生め。なんかどんどん初対面の印象が崩れている気がするのだが......
「じゃっ、基本から、行ってみよう!!」
黒谷さんが笑顔で片腕を天に突き上げる。私にはその笑顔が怖く思えてならない......
*
「せん....せい......これは......ちょっと......!!」
「がはっ......まあこれでこそ師匠だな......うえっ」
たった数十分の間で、私は地獄を見た。
地獄の始まりは、数十分前に遡る......
「じゃあまず、防御を上げよう!なによりも生き残ることが重要だからね!」
「え......」
「ああ、それから俺のことは先生と呼んでね!いつまでもさん付けの他人行儀じゃ長いし呼びずらいし。」
「まあ、師匠はそんな人だよな。」
ハクトはうんうんと頷いている。彼は弟子入りしたから師匠呼びなんだとか。
「じゃ、今から取り敢えず攻撃を投げまぐるから、受けるか避けるかして頑張れ!」
「?!?!?!」
え?力の扱い方もわかっていないひよっこの私に......防御、だと...?
「はーい..........」
ハクトも苦々しげな顔をしている。どうやら彼にとっても嫌な特訓らしい。
さて、勿論、私はぼっちで帰宅部のひ弱な学生であってですね。最初はまあ避けられるとしても、限界ってものがあるんですよ。
で、五分で限界を迎えた私は、その後ただひたすら攻撃を受ける、流すに絞ってやっていた訳で......
「無理ゲー......」
もう動くなと悲鳴を上げる体、それでも止まらない攻撃、本能的に避ける体、それによって更なる負荷がかかり、身体が悲鳴を上げる..........とんでもない循環が出来上がりつつある。
まあ流石にハクトは少しの間余裕そうだったが、やっぱり蓄積ダメージで私と同じような状態に......それでもまだ多少は平気そうだった。
「うぐ........」
何処か____安全な場所に_______逃げたい____________!
そう強く願ったところで、攻撃が目の前に飛んできた。
腕で受けるも、既にボロボロ。まともに動かせる状況じゃない。
まだまだ飛んでくる攻撃を避けようと伏せの姿勢になると、やっと体が休まったとばかりに体が全く動かない。
そんな中、黒々とした弾幕が飛来してきた。
あ、死ぬ_______
そう、漠然と死を覚悟した瞬間_______________
「...え?」
私は、ただ闇が広がる空間にいた。