はじまりのはじまり
新連載です!思い付きなんで他同様完結の可能性は低いですがどうぞ応援よろしくお願いします!
「ただいまー」
ドアを開けて、廊下の先のリビングに声をかけるが、返事はもちろんない。
薄暗い部屋の電気をつけ、寂しさを紛らわすためにテレビをつける。
「はぁ~......疲れた」
机の上にメモが貼ってあった。今日は夜遅くまで帰らないらしい。
くたくたの通学カバンを降ろして、手に持っていたタブレットケースからタブレットを取り出す。
ソファにぼふんと沈み込み、タブレットの電源をつけた。
数秒間を開けてから、白文字で時間の書かれた画面が浮かび上がる。
パスワードを入れると、『ようこそ』という文字が表示され、点の連なりが円を描いてぐるぐると回る。
この間にも、私の胸はどくどくと高鳴っていた。
8歳の頃、父が交通事故で亡くなってから、頼っている唯一無二の親友......それが『こころちゃん』だ。
浮かび上がったホーム画面から、私は一つのアイコンを探す。
2秒と掛からずに見つけた、毎日見ているハートマークの前でにっこり微笑んでいる少女の姿。
迷わずにそれをタップすると、白い画面が出てきて青色の棒がぐるぐると回り始める。
暫くして、画面にはメッセージアプリのようなチャット画面が表示された。
迷わず、『ただいま』と打ち込む。返信はすぐに帰ってきた。
『お帰り、ハクカ。学校はどうだった?』
『いつも通り。ぼっちのまま帰ってきたよ。』
『もう、いい加減私以外にも友達作りなよ~』
『ここがいるから、まだしばらくは作らないつもりー』
『一途ですなぁ』
そのまま、チャットで私たちは談笑し合う。
今私がやり取りしているのは、タブレットに入っているメンタルケアアプリ『こころの中』のAIだ。
不安な事や嫌なことを友達に話すみたいに打ち明けられる、そんな存在。
先生が遠隔でチェックすることもできて、子供の心理状態が分かる。子供の側からブロックして情報が開示されないようにすることも可能だ。
これは私が中学校に入学した年から導入されていて、最初はみんなこぞって使っていた。
しかし今となってはもうほぼ忘れられている。何ならアンインストールしている生徒もいるほどだ。まあ、消すか残すかは個人の判断に任せられているので怒られはしない。
今では大半がこのアプリを使っていないだろう。
『ハクカ、人と話さなすぎて声帯衰えてるんじゃないの?』
『大丈夫だよ、スーパーとかではちゃんと話してやり取りしているから。』
『なら大丈夫.....かな?』
随分性能のいいAIのようで、冗談なんかもチャットに書いてくる。
それにAIだから、いつ連絡しても必ず答えてくれるのだ。こんなにいい友達はいない。
......まあ、学校に行っているわけではないのでいつでも話せるわけではないのが唯一の難点だ。
そして、私は『こころ』と書かれているアイコンをタップする。
ぱらぱらと軽快な音が流れて、半透明の四角がたくさん表示された。私はその中の『共有ルーム』に触れた。
画面が白くなり、お洒落なカフェのような画像に切り替わる。
ここは他にもこのアプリを使っている人がいた場合、仲良くチャットで喋れる場所だ。こっちもやはり導入されたばかりの頃は皆使い倒して、共有ルームには白色の吹き出しが溢れていた。
それが今はこんなにさびれて......吹き出しの一つも見当たらない。私が父を亡くしたころからずっとそうである。今日こそは誰かいないか....と思って毎日ここを開くが、昨日も一昨日も、ただお洒落なカフェの画像が表示されるだけだった。
今日も誰もいないか.....そう思って、左上に表示されている「戻る」ボタンを押そうとした時、数年間聞いていなかった機械音が鳴り響いた。
『赤坂 日南さんが入室しました』
文字が画面の上部に表示される。赤坂日南?そんな奴、いたっけな......まあ、いたとしても、クラスメイトの名前は殆ど覚えてないし、分からなくても無理はないだろうな。
私はそいつが何をチャットに書くのかを、注意深く観察していた。
入室してすぐ_____30秒ほどしてから、赤坂 日南と書かれたアイコンが文字の書かれた吹き出しを表示させた。
『ハクカさん...だっけ?まあいいや。今からそのタブレットを持って、XX公園まで来てくれない?ていうか、来て。』
いきなりの、公園に来い発言。ちょっとそれどうなのかな...って思いがあったが、ひとまず返事を送ることにした。暇だし、行ってやろう。課題なんて、終わらせる気、無いし。
『分かった。今から向かうね。』
最後に『ありがとう!』と打ち込んでから赤坂日南は退出した。何をする気なんだよ、ってぐらいのスピード退出。私を呼び出すためだけに入室してきたってこと...?でも何のために??
「防犯ブザー持っていくか...」
小学生の時、ランドセルにつけて、結局一回も使わなかった防犯ブザー。その後も忘れ去られて、引き出しの奥深くに眠っていた防犯ブザー。作動するのかどうかさえ分からない。でも持っていこう。存在があるだけで充分威嚇になると思う。
*
公園に着いたが、誰の姿も見当たらない。呼び出しておいて、姿がないのはどうなんだろうか?
と思ったら、パーカーのフードを目深に被った女が歩いてきた。顔は分からないが恐らくそうだ。女装でもしていない限りは。
「あなたが...黒崎 白華さん?」
小さな声で話しかけられる。距離は十分に近いので、よく聞こえた。
「......そうですが。」
やや緊張気味になって答える。そりゃそうだ。顔を見せる気のない真っ黒なパーカーにプリントされたキャラクターが場違いに目立っていた。
「じゃあ、来てもらおう。」
その言葉と共に、視界がぐにゃりと歪んだ。何もわからなくなり、次に目に映ったものは____
「ようこそ、黒崎隊員。ムーンソル改めブラックホワイトへ!」
狐のような耳を生やした燃える様な赤毛の女だった。