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4 初めてのプレゼント

 ヤクばあちゃんはなんでもお見通しだ。一瞬でルナがサイラスに心を奪われたこともばれてしまったらしい。


 「ルナ、アイツは猫みたいに気まぐれで常識がないから、サイラスの言う事を真に受けるんじゃないよ」

 ヤクばあちゃんの黒い瞳に心配の色もあるのを感じて、ルナはこくりと頷いた。


 ルナにだってわかっている。

 確かにサイラスは絵本に出てくる王子様みたいだった。キラキラしていて、格好良くて。

 でも、自分をここから助けてくれる王子様なんていないんだって、わかっている。

 この人が救い出してくれるかも? なんて贅沢な願望は抱かない。


 サイラスは髪の毛がふわふわしていて、すらっとしていて、気ままな言動をしていて、ヤクばあちゃんの言うようにまるで猫のようだ。あのふわふわな髪を撫でてみたいな……。また、会えるといいなって心で思うくらいは許してほしい。


 サイラスに初めて会った翌日、サイラスは再び現れた。


 「ルナ、ルナ。会いたくて会いに来ちゃった。あ、ちゃんと仕事は終わらせてきたから心配しないで」

 ヤクばあちゃんに見つかると怒られると思ったのか、薬草畑で薬草を採取しているルナの前に突然現れた。会いたいとは思っていたけど、うれしい気持ちより戸惑いの気持ちの方が強い。


 「サイラス―――――!!!!」

 薬草を手に持ったまま、おろおろしていると、サイラスの気配を察知したのかヤクばあちゃんの怒声が薬草畑に響き渡る。


 「あ―あ、もうバレた」


 「サイラスッ。昨日も言ったけど、ルナは成人までこの村を出られない。成人までに薬師として、一人前にならなきゃ生きていけないんだよ。あんたの気まぐれで邪魔するんじゃないよ!」


 「そんなん、ルナの一人くらい僕が養うのに……」


 「そんな無責任な事言うもんじゃないよ。あんたの気が変わったり、あんたが死んだりしたら、ルナは生きていけないじゃないか。もう、昼間には来るんじゃないよ」


 「わかったよ、わかったよ。ルナの邪魔しないから。僕はちゃんと仕事を終わらせてきたし、ルナの課題が終わるまで大人しく待つから、お茶するくらいいいでしょう?」


 「は――。じゃぁ、ルナの課題が終わるまで、あんたは家の補修とか雑事でもしてもらおうかね」


 「ええ――。ここでルナが薬草を採取してるのを愛でようと思ってたのにぃ……」


 ヤクばあちゃんにまたしても、首根っこを掴まれてズルズルと小屋の方へ引きずられていくサイラスを見送って、ルナはまた薬草の採取に戻った。


 ふふっと小さな笑いが零れる。今日も一緒にお茶できるのかもしれない。浮き立つ気持ちを押さえて、課題に集中した。


 「ハイ。ルナ、プレゼント」

 無事に課題が終わり、サイラスとヤクばあちゃんと薬草茶を飲んでいると、サイラスから小箱を差し出される。


 「ルナがなにをもらうとうれしいかわかんなくてさー。マークが同じくらいの娘がいるっていうから、聞いて、探したんだー。気に入ってくれるとうれしいな」

 受け取っていいのかわからずに、マグカップを手に固まっていると、サイラスが小箱をぱかっと開けて中身を見せてくれた。


 小さな箱の中にあるのは、銀細工の小鳥の形の髪飾り。紫色と空色の綺麗な石がちりばめられた。


 これが欲しい。つけてみたい。宝物みたいにずっと持っていたい。心折れそうなときに眺めていたい。

 お腹の底から思った。

 産まれてからこのかた、なにかを心から欲しいなんて思ったことはない。


 村の女の子達を遠目に見て、綺麗な服とか髪飾りとかに憧れていた。それをサイラスから差し出されて、ルナは一瞬、夢のような気持ちになった。


 でも、隣にいるヤクばあちゃんの顔を見て、自分の立場をすぐに思い出した。これを受け取ることはできない。ルナはサイラスの顔が見られずに、手を握りしめて、顔を伏せて首を横に振った。


 「サイラス。ルナはその髪飾りは受け取れない。言っただろう? この子に余分な手出しは不要だ。こんなもん家に持って帰ったら、家族に問い詰められて、取り上げられて、最悪、ここにも来られなくなる。この子の意地悪な幼馴染がこの髪飾りを見たらどうする? きっと、問い詰められて髪飾りを壊されて、酷いと暴力を振るわれるだろうよ。この子はそういう環境で生きているんだよ。ちょっとは頭を使いな。ああ、この家にはルナが生きていくのに必要なもの以外は置かせないから、その髪飾りも預かれないよ。わかったら、それを持って、とっとと帰りな」


 何も言えないルナに代わって、ヤクばあちゃんがルナの状況を説明してくれる。


 ルナは髪飾りをプレゼントしてくれるというサイラスの申し出を断ることが怖かった。心がちぎれそうだ。どうかこの綺麗な人に嫌われませんようにと祈る。


 「ルナ。正直に答えて」

 顔を上げると、サイラスが跪いて、ルナの正面にいた。色付き眼鏡のレンズ越しに、綺麗な切れ長の目とルナの目が合う。


 「僕からのプレゼントが嫌なわけではない?」

 ルナは涙が零れそうになって、慌ててそれをぬぐうとコクリと頷く。


 「この髪飾りが嫌なわけではない?」

 もう一度、力強く頷く。


 「ならいいや。ルナの事情も考えずに用意しちゃってごめんね。この髪飾りは僕が大事に取っておいて、ルナがこの村から出たら、またプレゼントするね。今度からはお菓子とかお茶の葉とか、プレゼントはお腹に消えるものにするよ。楽しみにしててね」


 ルナは俯いていた顔を上げると、サイラスが柔らかい顔をしてほほ笑んでいた。ルナの中に、ふわっと温かい気持ちが広がる。素敵な髪飾りを選んでくれたことがうれしい。でも、それ以上にサイラスの言葉はルナにとって宝物になった。

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