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後編

断頭台にのぼり、マリーベルは罪状を並べる役人の方をじっと見あげていた。

聖なる力を持った妹に嫉妬し、恐ろしい邪竜を呼び出した事。

帝王を殺そうとした事。

妹がいなければ帝王は死んでいた事。

帝王の妻となる妹を殺そうなどという不届きな考えである事。

性根が腐っている事。

それらが重い罪という事になり、衆目の中、罵倒を浴びながらマリーベルは立っていた。

それらはすべて偽りで、違うと言っても、義妹のリリーベルのお付きの令嬢たちの証言などから、嘘をついているのはマリーベルの方だと言われる始末だ。

数多の言葉が胸に突き刺さる。何もかもが違うのに、悪役に仕立て上げられている事を否定しても無力で、どうしようもなく胸の中が空っぽだった。


「……以上が、この者の罪である!! よって死刑を執り行う!! ……恐れ多くも聖なる令嬢、リリーベル嬢が別れの言葉を伝えてくれるという。己の罪の深さと重さを後悔して刑に処されるがいい!」


その執行人の言葉に、処刑場を見る事が出来るバルコニーから、帝王の身内よろしく見ていた、華奢で可憐で、誰がどう見ても美少女で、穢れなんて何も知らなさそうな義妹のリリーベルが、よく通る声で言う。


「お姉様!! こんな事になるなんて悲しく思います!! お姉様とは仲良しの姉妹でありたかったのに……!! 私が悪いのです、私がお姉様の機嫌を損ねてばかりだったから……さようならお姉様、できの悪い妹でごめんなさい……!!」


はらはらと涙をこぼし、善なる少女である素振りで妹が別れの言葉を投げかける。

遠くからでも、マリーベルには義妹が、実は腹の中で高笑いしている事がよく分かった。

この、姉に虐げられている雰囲気の言動を、リリーベルはよくとった。そして味方をたくさんつけて、マリーベルを孤立させて、マリーベルと二人きりの時に、暴言を浴びせかけてきたのだから。

きっと義妹は、可哀想な姉思いの妹を演じて、世間の票を獲得しようとしているのだろう。

自分が死んだ後、一体誰が妹の犠牲になるのか。そんな事を少し思いつつ、マリーベルは何も返事をしなかった。

たぶん何を言っても信じてもらえないと思ったからだった。


「この処刑に異議のある者はここで意見せよ!!」


処刑人が大声で言う。誰もがさっさと悪女を殺せと思っているし、そう叫んでいる。

その言葉たちももう疲れた……と思って、マリーベルが目を伏せた時だ。


「俺に異議がある。構わないか」


たった一人の男が、静かに手をあげて、誰も彼もの視線を集めながら言い放った。

しんと静まり返るのは当たり前で、その男は邪竜に殺されかけたはずの帝王その人だったのだ。

帝王は処刑を認めていたのではないのか。ざわつく中、帝王は朗々と響く声で言う。


「リリーベル嬢、あなたは聖なる力で、どのように邪竜を倒したのか、今一度説明をしていただきたい」


「えっ? ……それは……聖なる光の力で、邪竜の心臓を打ち抜いたのですわ!!」


「なるほど。では次だ。リリーベル嬢。あなたは俺を聖なる力で癒したという。その際にどのように癒しただろうか」


「そんなのは決まっておりますわ!! 聖なる祈りを捧げて解毒し、傷を癒したのです!」


人々は突如始まった、帝王とその花嫁に選ばれた聖なる乙女のやり取りに、耳を傾けている。

そしてそれを聞いた帝王は、静かに静かに、マリーベルに問いかけたのだ。


「ではマリーベル嬢。あなたは邪竜がどのように倒されたのか知っているか」


「……刀身の折れた剣で、顎を内側から貫かれ、更に首をその剣で切り落とされたのです」


「では、どのように俺が解毒されたかご存知か」


「……私が口移しで、解毒剤をあなた様に服用させました」


周囲はそれに静まり返っている。マリーベルとリリーベル、どちらの証言が正しいのか、誰もわからないのだろう。真実を言っているのはマリーベルだが、そんなのは民衆にはわからない。

しかし帝王は、鋭い目をリリーベルへ向けた。


「嘘をついているのは、リリーベル嬢、あなたの方だな」


「何をおっしゃいますの!! あの性悪な姉が嘘をついているんです!! 可哀想な嘘しかつけない姉が!!」


「邪竜は」


ヒステリックな程叫ぶリリーベルと対照的に、帝王は静かに言う。


「火の神の火山の邪竜は、聖なる力を鱗で反転させ、己の邪悪な力として取り込む事を可能にした、恐るべき竜でな。聖なる力で心臓を打ち抜くことは不可能なのだ」


帝王の言葉に、息さえできないほど空気が張り詰める。そして、と帝王は告げる。


「邪竜の毒は、聖なる力と共鳴する厄介な毒であり、聖なる力で癒そうとすると、毒性を強めて死に至るのだ。ゆえに解毒剤を飲ませるしか対処療法がない、世界一恐ろしい竜だったのだ」


そこまで告げて、帝王は手を振る。意を反映した兵士たちが、着飾った美しい乙女であるリリーベルを引っ立てていく。


「この調子では、邪竜の召喚という罪状も疑わしくなったな。……マリーベル嬢、あなたこそ俺の真の命の恩人だ。まだ体も癒えきっていないだろう。こんな形にして申し訳ない。……彼女を後宮の賢女の元へ案内してほしい。あの方は正しく癒しの賢者であらせられる」


……まさかこんな形で、義妹の大嘘が露見するなんて思わなかった。マリーベルは足の力が抜けて座り込み、それに気付いた帝王が、バルコニーから軽く飛び降りて、彼女を大事に抱え、大切に抱えた状態で、誰の反論も出来ない中、城の中に去っていったのである。


「最初は誰もが信じたのだ。だが後宮の賢女、あの方に話しが届いた時、それはありえないと教えてくださった。だがあのリリーベル嬢も利用されているだけの罪のない少女かもしれないと観察し続け……ろくでもない女だとわかったからな、こうして大っぴらに彼女の罪を明らかにした」


抱きかかえた状態で帝王が教えてくれる。死ななくていいのだと思うと、マリーベルはそれだけで十分で、胸がいっぱいだった。


「あなたは本当の命の恩人だ。ゆっくり傷をいやしてもらってから、あなたの願いを叶えられる物ならば、叶えたいと思う。それに……あなたの父には、あなたの母を無実の罪で殺した疑いもかかっているから、しばらく王宮で暮らしてほしい。あなたの実家はもめにもめるからな」


「そうでしたか……」


父は母を毒殺したと言っていた。きっと自分のように無実の罪を着せて、逃げられない状態にして、毒をあおらせたのだろう……それが容易に分かり、それも明らかになるならば、父は辺境伯としての身分もはく奪されるに違いない。

辺境随一の剣の達人として、数多の竜を屠ってきた名誉から、辺境伯の跡取り娘だった母と結婚し、爵位を得た男だったのに。

それも失い、可愛がっていた義妹も失い、あの男も罰を受けるのか。

そう思うと、こう言う感情はおかしいかもしれないが、つい、笑い出したくなった。


「それなら母は……報われる……」







その後、辺境伯の娘だったマリーベルの母をいわれのない罪で服毒自殺させた事は、義母の入れ知恵であったことも判明し、父は辺境伯の地位をはく奪され、丸裸で飢えた魔物のいる巣穴に放り込まれた。それは武勇の父への情けだったという。その状態から戦い、命が助かるならば、それが天命であろうという事だった。

だが後妻を迎えてから、剣の修練を怠り、ぶくぶくと太った父は武勇など見る影もなく、確認に向かった兵士は、父の死亡を確認したという。

そして本来の跡取り娘であるマリーベルへのあまりの虐待に、義母は顔に罪びとの印を刻まれて荒野に何も持たされずに置き去りにされたそうだ。

最後に義妹のリリーベルは、最初は更生の余地があるかもしれないと思われていた物の、被害妄想の激しさなどから、これはだめだと判断され、戒律が恐ろしく厳しく、質素というより貧乏と言われている修道院に、送られる事になったのである。






そしてマリーベルは、今日、帝王の妻であり、女辺境伯という立場になり、似合わないと思っていた花嫁衣装を身にまとい、神の前に誓う。


「やっぱりあなたも花嫁衣装を着ると輝くな」


「あなたが輝かせてくれたのです、ありがとう」


二人は微笑み、神殿へと歩き出した。

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