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前編

割とサクッと読める短編目指しました!!

「陛下!!」


体が動いたのは反射に等しかった。その人に迫りくる大きな邪悪な竜のあごを、死に物狂いに振り回した剣で弾き飛ばしたのも、反射のような物だった。

剣が顎の堅さに負けて、音高く折れて、刀身の半分が、高く飛んでいく。


「お逃げください!!」


必死に叫び、その人を後ろに庇い、邪竜の前に立つ。彼は倒れ伏したまま動かないでいる。どうして逃げてくれないのか。逃げてくれないなら自分は逃げる事を選べない。

マリーベルは邪竜の恐ろしい金色の瞳に、足がすくみそうになりながらも、涙を浮かべながらも、必死にその場にとどまった。

余りにも運が悪い状況だった。一体誰が、何者が、避暑地の散策をしていた帝王の目の前に、遠くの火の神の火山に根城を持つという邪悪な竜が、舞い降りて牙をむくと思うのだ。

浜辺の砂を踏みしめ、マリーベルは邪竜を見つめる。

目をそらすな、逸らしたら負けた事になる。弱いと思われてしまう。

そうなれば彼とともに食い殺されてしまう! それだけは出来ない。

マリーベルは呼吸を意識し続けた。竜種が持つという瞳は、呼吸すらままならなくさせるというのだから、意識するのは必要な行動だった。

彼女の背後では、帝王が倒れ伏している。そして邪竜は苛立ったように世界を振動させるような咆哮をあげ、マリーベルに強靭な爪を振り下ろす。


「っ!!」


紙一重でそれを回避したマリーベルは、どこかの邪竜の弱点があるはずだ、と必死のそれを探した。お忍びの散策で、偶然浜辺でやさぐれていたマリーベルがここにいただけで、助けになるだろう帝国の優秀な戦士たちはいない。

マリーベルだけがこんな、大きな竜と向き合う羽目になっているのだ。

邪竜は大きく咆哮をあげ……マリーベルはそこからの記憶が半分なくなっている。

気付けば彼女は、邪竜の開いた顎に折れた剣を突き刺しており、突き刺したと思ったら、自分の体だというのに、全く自分の意思でなく動く体が、邪竜の首を切り落としていたのだ。

傍観者のように、よくまあ折れた剣で首が落とせたものだ、と思って、そして、帝王の方を見ると、毒にやられたのか、ひくひくと痙攣をしていて、間違いなく危ない状態だった。

ゆえにマリーベルの意思で動かない体は、懐からなけなしの解毒薬を取り出し、確実に服用させるために、帝王にそれを口移しで飲ませて、自身は毒の痛みと熱さで、意識を完全に失ったのである。





+++++



「まったく、役立たずだな。お前に引き換えリリーベルのなんと優秀な事か」


喪った意識を取り戻した時、目の前にいたのは父辺境伯で、マリーベルは痛む肺ながらも問いかけた。


「父上……何が起きたのでしょう……」


「ああ、目を覚ましたか。体だけは頑丈だな。いっそそのまま死んでいればよかっただろうに」


慣れた暴言の一種だった。父は何故か、そういう死ねと言う暴言に等しい物を直ぐに言う。マリーベルはどんなに重傷でも、優しい言葉などかけてもらえないのだと思って、とにかく現状を把握しようと父に問いかけた。


「邪竜は……陛下は……」


「邪竜はリリーベルが聖なる力を用いて打倒した! そして陛下も、聖なる力をもってして救ったのだ。その功績をたたえ、リリーベルは名誉な事に帝王の花嫁となる事が決定したのだ! それに引き換えお前は……リリーベルから聞いたぞ。あの子を殺そうとして、邪竜を呼び出し、制御できず胸に毒の傷を負ったというではないか」


「そんな事をしてはおりません……」


あの時浜辺にいたのは偶然だった。いつものように義母とリリーベルから厭味を言われ続けて、いつものように落ち込んで、ふてくされてやさぐれて、母が生きていた頃よく一緒に散歩をした浜辺に座り込み、貝殻を海に投げ入れていたのだ。

そんな時に、帝王が声をかけてきたのである。


「妙齢のご令嬢がする遊びではないな」


からかうように呆れたように言う帝王に、マリーベルは令嬢らしくなく唇を尖らせてこう言ったのだ。


「花嫁衣装の似合わない女なので、別段構わないでしょう」


「花嫁は望んで嫁ぐ時、いかなるものでも花嫁衣装に身を包み、輝くように美しいというが、ご令嬢は違うのか」


「私に似合う花嫁衣装など存在しませんので」


そう言いつつ立ち上がったマリーベルは、帝王よりやや低い程度の背丈で、凹凸もなく、一見すると男性のような雰囲気すらあったのだ。

向き合う男たちは皆、マリーベルに対して生意気だという視線を向けて来るので、帝王もそれと同じだろうと思って見やると、帝王は感心したように言った。


「祝賀会で踊る時に、背中を丸めなくて済みそうな背丈だな」


「……は?」


「俺は背丈が高い部類だからな、可憐な令嬢を相手にする場合、背中を丸めなければ腰を抱けないのだ。おかげで俺は世界で一番踊りの下手な帝王と噂されるほどだな」


けらけらと笑いながらそんな事をさらりと言う帝王に、少し親近感のような物を抱きつつ、マリーベルは請われるままに浜辺を並んで歩いていたのだ。

このあたりの地域の事なら、詳しい自信があって、隠れた名店などは特に詳しかったから、マリーベルは帝王にそれを話したのだ。

帝王はその話を楽し気に聞いており……その会話のさなか、邪竜が飛んで現れたわけである。

しかし父はそんな事を知らないらしい。それどころか、マリーベルがあの恐ろしい邪竜を呼び出したのだと思い込んでいる。

それが違うのだ、と毒にまだ痛む肺で必死に伝えても、父は疑わしいという視線を向けて来る。


「リリーベル付きの令嬢たちの証言だぞ。皆、帝王と親密に話すリリーベルにお前が嫉妬し、醜い叫び声をあげながら、邪竜を呼び出し、あまつさえ帝王に痛ましい傷を与え、邪竜を制御できず倒れたと言っていた」


「ちがいます、ちがう……」


「あの忌々しい女によく似たな。あの女も愁傷な顔をして、自分の罪を否定した。私は独など使いませぬ? それでリリーシャに猛毒を用い、殺しかけてよく言ったものだ。まあ罪はいずれ明らかにされる。お前の母は情けをかけて服毒で済ませてやったと言うのに、その娘のお前までもが、こんなにもろくでもない性根だとはな」


帝王の制止がなければここで切り殺してしまいたい、と言った父は、汚物でも見るかのような視線をマリーベルに向けてから去っていった。

そこでマリーベルは初めて、ここが自室ではなく牢屋だと気が付いた。


「……牢屋よりひどい自室ってないですよね……」


牢屋の方が待遇がいいのだから。笑いが出そうになる。

そう思いながらも、マリーベルは自分の未来が簡単に予想できた。

元々大事にされていない人生だった。実母が死んで、後妻とその娘が来てからそれはあからさまになり、徐々に待遇も悪くなり、今では物置で寝起きし、食事は使用人以下だった。

そのくせ貴族的あれこれはリリーベルと同じように行い、リリーベルよりどこかが優れていると途端に使用人以下の食事すら抜かれたから、リリーベルに合わせてあれこれをしていたのだ。

そんな環境に暮らしていた自分を、ついに目障りで鬱陶しく、憎たらしい物だと義母と義妹が思うようになったんだろう。

だからきっと切り捨てるために、こんな罪を着せるのだ。

切り捨てて、きっと待つのは断頭台の未来である。


「それまでは……」


かび臭いけれども、まだまだまともな寝台で眠る事が許されているのか。

それに少し笑いたくなって、マリーベルは目を閉じた。

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