第2話 処刑台はイヤすぎる!
この世界へ転生して一週間。暮らしには馴染んできたものの、ゲームのない生活はあまりに暇だった。
「おかげで作業がはかどっちゃったわ」
香りのいい紅茶をすすりながら、自筆のノートをめくる。ここにあるのは私の持てる記憶を全て注入した大人気乙女ゲー『ホワイトカメリアの花嫁』の攻略法だ。
まずは登場人物のセインハーモニア国の公爵令嬢ことイデア・アバティーノ(わたし)。そしてメイン攻略キャラにして皇太子であるジーノ・ジュスティ王子。
イデアの父は国王に莫大な賄賂を贈って娘と王子を婚約させた。いわゆる政略結婚だ。
そこで現れるのが主人公のアイーシャ・ニコレッティ。紆余曲折の末にジーノはアイーシャを選び、イデアとの婚約を破棄。傲慢なアバティーノ父娘は民衆の憎悪を浴びて処刑台へ……。
「いや、イデア(わたし)に待ち受けている運命、酷すぎない!? ベストエンドって完全に鬱展開じゃん!」
かと言ってバッドエンドルートも大概だ。こっちは通称悲恋エンド。ジーノ王子に婚約破棄され、怒り狂ったイデアはアイーシャをナイフで刺し殺そうとする。
しかし王子が身代わりとなって刺され、反撃。悪役令嬢イデアは倒れ、王子は恋人の腕の中で死んでいく……。
「どっちのルートでも死亡確定か! 悪役だからってそんなの酷いよぉ~」
こうなったらやはり、私が生存する道は一つ。
「悪役令嬢を辞めるしかない……」
待ち受ける最悪のエンディングを回避し、平穏な暮らしを送るモブ令嬢として生きればいい!
まずはプラン作成からだ。到達目標を明確にするのが社会人の基本だし。
「えー、プランその一……悪役イメージからの脱却」
ゲームの中のイデアは公爵の父と共に民衆を散々にいたぶり、恨みを買って処刑された。これを回避するには――民衆に好かれる人気者になればいい?
「陰キャにはハードル高すぎるかなぁ」
失敗したら待ち受けるのは死だ。やだやだ死にたくない。せめて三食昼寝付きの暮らしを続けて天寿を全うしたい。
「はっ……三食昼寝付き?」
そうだ、食事だ。ご馳走で民衆の胃袋を掴めば人気上昇間違いなし!
「レイア! レイアはいる!?」
私が声を張り上げると、メイドのレイアがすぐさま部屋へ入ってきた。
「お呼びですか、イデアお嬢様」
「ねえ、最近庶民に人気の食べ物って何?」
「え? そうですね……先日新しく出来たケーキ屋が大人気と噂ですが……?」
「わかった、ケーキを作ろう。すぐに材料を用意して」
「……は。ケーキを? イデアお嬢様がご自分で? お作りになる?」
何不自由なく育ったイデアお嬢様は料理なんて一度もしたことがないのだろう。レイアはきょとんとした顔で私を見つめてくる。
「たまにはお菓子作りでもしてみたいのよ。手作りケーキを差し上げたら、きっと喜ばれるでしょう?」
「ああ、ジーノ殿下に差し上げるのですか? それはさぞお喜びになるのではないかと」
「違う違う。ケーキは民衆の皆さんに配るの」
「はへ? 民衆に……ケーキを配る? ゴミを配るの間違いではなく?」
「ちょっと、それどういうこと」
「し、失礼しました。ですが先日もじゃがいもに芽が生えたと苛立って、通りがかりの民衆にぶつけていらっしゃったので」
「ひどっ! え、私ひどすぎない?」
「飢えた貧民に腐った卵を投げつけたり……魚屋の商品を全て川へ投げ込むよう命じたり……」
「ストップストップ。それぐらいでいいわ、よくわかった」
そんな悪行を日常的に行っていたなら、民衆の恨みは積もり積もっているだろう。すぐに人気取り作戦を実行しなきゃ。
「まずはケーキ作りよ! 民衆の皆さんの胃袋を掴んで、これまでの悪行を帳消しにするの!」
処刑される未来なんてごめんだ。何がなんでも運命を変えなくちゃ!
――決意を胸に挑んだケーキ作りは、残念ながら失敗に終わった。
生前にお菓子作りの経験がなかったのは盲点だ。大量の小麦粉を無駄にして、私の作戦は振り出しに戻ったのだった。