夫の部屋から大音量のAVが聞こえますが、どうやらアシカショーのようですね。
あれは、お昼を食べた後の事と記憶しております。
シャツのボタンが取れてしまったので自室へ裁縫道具を取りに行こうとしたところ…………。
──オ゛オ゛ッ゛ッ゛!!
──オ゛オ゛ッ゛ッ゛!!
野太い獣の様な声がしました。
それは夫の書斎から聞こえてきました。
「あなた?」
──オ゛オ゛ッ゛ッ゛!!
──オ゛オ゛ッ゛ッ゛!!
まるで理性を失った男女の雄々しき交わりの色情の声。私は思わず書斎のドアを開ける手を止めてしまいました。
夫にそのような趣味があったとは露も知らず、私はただ呆然と書斎の前で立ち尽くすばかりで御座います。
何故夫が大音量で激しき男女の営みを放映しているのか、その理由はすぐには分かりませんでしたが、以前にも似たような事があったことを思い出しました。
あれは夫の書斎を掃除したときの事です。
机の隅に置かれた週刊誌に目が留まりました。
それは私よりも一回り以上も若い女の裸の写真が載った週刊誌でした。
何度も開いたからでしょうか、すっかりと開き癖の付いたページに、私は唖然と致しました。
「あの人にこんな趣味があったなんて……」
普段そんな会話や指向を汲み取れる程にコミュニケーションを取ることも無く、夫はただ良き夫でありましたから、私は突然の出来事に見て見ぬ振りを致しました。
夫も男で御座います。その手の事に興味がおありするのも自然のことではありますが……。
その手の事に詳しいお隣の奥様曰く、「くるみちゃんなら仕方ないよ。地球の愛人って言われる程だから。地球に嫉妬しても意味ないでしょ?」との事でした。
何のことかはさっぱりでしたが、とりあえず奥様の言う通り、私は考えるのを止めてしまいました。
──オ゛オ゛ッ゛ッ゛!!
──バシャン!
──オ゛オ゛ッ゛ッ゛!!
獣声に交じり、時折水の音のような物が聞こえました。
前にお隣の奥様に聞いた話では、色情を撮影する用のプールがあるらしいとの事。きっと飛沫音はそれに違いない。私はすぐにそう思いました。
夫の部屋に飛び入り事の顛末を問い詰めるべきか、しばらくの間悩みました。夫との関係にヒビを入れたくはなかったのですから。
──ピンポーン
インターフォンが鳴りました。
お隣の奥様でした。
「満漢全席を作り過ぎちゃってお裾分けを──あら? 奥さんボタンが」
──オ゛オ゛ッ゛ッ゛!!
「……あ、そういうことでしたか。これは失礼を、ホホホ」
「?」
「旦那様と鑑賞プレイの真っ只中にお邪魔してすみません。満漢全席、ココに置いておきますね」
「あ! 待っ──」
お隣の奥様は行ってしまわれました。特大の勘違いを残しつつ。
私は、意を決しました。
──ガチャ
「あなた……」
書斎のモニターには、アシカショーが映っておりました。
「ああ、ゴメン。うるさかったかな? リモコンが壊れちゃってね。今直してたんだよ」
修理したてのリモコンをモニターに向けると、音量が小さくなっていきます。
「部屋を整理してたら懐かしいのが出て来てね。覚えてるかい? 初めて行ったデート」
「……ええ」
アシカショーの最中、時折若々しい私の横顔が映っておりました。あどけない、初々しい、そして何処か希望に満ちた、そんな顔でした。
「あなた……この前」
「ん?」
「この部屋に週刊誌が……」
「えっ!? あれは政治欄が見たくて買ったんだよ、ハハ! ほら」
夫は週刊誌の政治欄の切り抜きをとじたファイルを出してくれました。
しかしお隣の奥様からカモフラージュあるあるを聞いていましたので、私はすぐには信じませんでした。
「一度は見ました……よね?」
「……あ、ああ。ゴメン」
「どうでしたか?」
夫は言葉を詰まらせたように、口を開いたまま固まってしまいました。
「凄かった……けど、俺は君の方が」
「そうですか」
そういうことにしておくのが、一番なのでしょう。
「また昔みたいに君と──」
夫が手を握ってきました。
温かい手でした。
アシカショーの冷える会場で、夫はずっと手を握ってくれておりました。
懐かしい、とても懐かしい暖かさでした──。
──ピンポン
「あら、奥さん」
「この間はすみません。これ、麻婆豆腐のお裾分けです」
「あら、ご丁寧にどうも」
「この間、奥様がいらした時のアレ、夫がアシカショーを観てたんです」
「……か、変わったご趣味で」
「初めて行ったデートの映像でした」
「あ、そういうことでしたか」
「懐かしい気分になりました」
「それで朝までご覧になられてたんですね」
「──えっ?」
「朝まで……こちらにも聞こえてましたから」
「…………ホホホ、御機嫌よう♪」
私は、今度毒を盛ってやろう。そう思いました。