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牢屋

商人からもらった薬を飲んだら、痺れて、吐いて、熱くなって、寒くなって、眠くなった。何とか意識だけでも保とうと思っていたのが、たった1回の瞬きをしただけで、次の瞬間にはもう暗くて湿っぽい床に倒れていた。


「アルヒラさん、起きました?」


手と足と首の動きを確かめながらゆっくり上体を起こそうとしていたら、頭の上の方からリコの声が聞こえてきた。彼女は倒れていた俺の隣、床の上に座っていた。薄暗い中に彼女の白い肌が浮かんでいる。周囲は天井も床も壁も四角い石のブロックが隙間なく重なり合っており、背後からわずかに届く光に気が付き振り返ると、そこには鉄の格子がはめられていた。


「こ、ここは、アレだな」

「……ですね」


そういえばどれくらい時間が経ったのか分からないが、リコの体調はずいぶん回復しているように思えた。それでホッとしたのも確かだったが、それ以上にこの状況に至ってしまったことへのショックの方が大きかった。


「リコ、体調は?」

「あ、結構よくなりました。ただ……」


リコは喉に物が引っ掛かったように、一度顔をしかめた。


「覚えてますか?私たちを助けてくれた商人の2人が言ったこと。アルバイトのさぼりだから大した罪にはならないって言ってましたけど、やっぱりこれは強制力みたいです」

「それは俺も、薬で身体が痺れた時に考えてた。アルバイト1日さぼったくらいで懸賞金まで掛けて連れ戻そうとするなんて、さすがって言うか。しかも連れ戻しといて牢屋に入れるんだもんな」

「もしかすると、強制力からすれば、アルヒラさんがアルバイトをさぼったのが逆に捕まえる口実になるって思われたのかもしれません。もしそうだったら……すみません」

「何が正解で何が不正解かなんて分からないんだ。リコは一生懸命やってくれた、それだけで嬉しかったよ」


とは言ったものの、ついにここに来てしまったという思いしかなかった。

ただ、不思議なのは2人とも特に手錠などでの拘束もなく、ただ檻の中にいるということだ。これは恐らく、この世界を設定したリコが抱いている牢屋のイメージから作り出されているのだろう。もしかすると脱出の可能性がゼロではないのかもしれない。


「リコ。とりあえず状況を整理したいんだけど。小さなことでも良いから、何か俺の知らない情報があれば共有してくれないか」

「あ、えっと、はい。実は、私まだここから動けてないんです」

「ええ?」


ざっと見て10畳もなさそうなスペースなのに一歩も歩いていないのか、と思っていると、彼女の目が俺の背後を向いているのに気が付いた。


「なに、見てる?」


彼女の視線の先を振り返って見ると、暗い牢屋の隅っこの壁に、大人と同じ目線くらいの高さで何か黒いものが見えた。ちょうど鹿の頭部のはく製が壁に飾られているような感じだったが、目を凝らすとだんだんそれが良くない物のようにも思えてくる。


「私もあんまり目が良い方じゃないんですけど……、何かそこ……、いますよね?」

「……ん。いるな」

「目が覚めてすぐに気が付いて、あれのせいで身動きできないでいるんです」


よくよく目を凝らして、それでも分からなかったので立ち上がって近づいてみた。


「これ……何かのミイラだ」


それは壁から上半身だけを突き出していた。鉄格子の方向から差すわずかな光で、黒と緑の中間くらいの色であること、乾燥しているような質感ということ、それでミイラだと分かった。頭と肩と腕に当たる部分があり、恐らく人間か魔族かとは思ったが、あえて言わなかった。


「みみ、ミイラ、で、ですか……」

「大丈夫。ミイラってことは死んでるってことだ。なにもしてこないよ。あとは……、特に何もなさそう、か……」


そのままぐるっと牢屋の中を一周してみたが、特に気になるようなものもなかった。


「この隙間から抜け出せたりぃぃ、ぃ……。はぁっ、難しそうだな。まあ、囚人が鉄格子の隙間から出られたら意味ないもんな」

「そういえば、転移前の世界のどこかの国で1ドル紙幣くらいの大きさの穴から脱獄した人がいたって聞いたことがありますよ」

「1…ドル、紙のおカネかっ」

「あっ、そうか。この世界にはありませんよね。たしかこれくらいの大きさだと思うんですけど」


そういってリコが指で四角を作って見せた。


「さすがにモデルさんでも、こんな小さな穴じゃ頭が通りませんねっ」

「だなっ」


お互い少しだけ笑った。でも本当は焦っている。それはお互いに感じていることだろう。


リコの話では、主人公“アル”が牢屋に入れられて、そこから脱出してお姫様を助けてシナリオクリアとなる。だが、肝心の牢屋からの脱出方法が用意されていない。ゲームで言うところの“詰み”の状態だ。


「やっぱりリコのイメージ通りってところだろう。ここからまともに脱出するなんて不可能だ」

「すみません……。私たち、死んじゃうんでしょうか?」

「“まともに脱出するのは”って言ったろ?希望は捨ててないよ」


何か、この世界特有の違和感のようなものを感じていた。


「おかしいと思わないか?一応、この牢屋にぶち込まれたのは俺がバイトをさぼったせいなんだ。仮にその悪事を手伝ったとしてリコも牢屋に入れられるにしても、俺と同じ房に入るって変じゃないか?」

「確かに……。それに手錠なんかもないですし、まるで“どうにかして脱出しろ”って言われてるみたいですね」

「ああ、挑戦というか。リコは本当に脱獄トリックなんて設定作ってないんだよな?」

「は、はい。本当に、どうやって出たらいいのか分からなくて執筆を止めちゃったくらいですから」

「うーん……。となると、怪しいのはミイラだけど……」


ミイラはどんなに見てもミイラにしか見えない。ちょっと触れただけでも崩れてしまいそうだ。


「よくあるのは、目の部分に宝石をはめこんだり、腕とか指とかがスイッチになってたり……ってのは?」

「そんな気持ちの悪い仕掛け考えませんっ」

「だよなあ……」


作った本人が言うんだ。間違いないだろう。というより、こんな所によくミイラなんてオブジェクトを設置したもの……だ?


「あれ?このミイラはリコの物語で設定されてたんだよな?」

「あ、ええと……」

「たしか……“バルムのレストランで働く主人公が治験のバイトで騙されて牢屋に入ってお姫様を助ける”って話だったよな?ミイラなんて話はなかったと思うけど」


その時、暗がりであまり見えはしなかったが、リコの表情が変わった気がした。


「牢屋のミイラ、しかも壁にめり込んだみたいなミイラなんて、かなり特殊な状況だと思うんだけど」


よく考えてみれば、お姫様は囚われている(・・)のか、囚われていた(・・)のか、まだリコから聞いていない。ストーリー的には大事な部分だと思うが。


「リコ、何か隠してないか?」




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