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『おい、もう死んでるんじゃないか?』『ああ、とっくに死んでるよ』


男の声?


『食事もとらずに、哀れなもんだ。あ…な…やせ細って』『あれが…の美しい……だったなんてな』『気…毒に』


誰だ?


『こ…どうやっ……だ?』『魔……質を封……』


夢?


『ヤ……ッ!イ……ッ!』


女の子?


『イヤだ―ッ!!』


――!


ゴリゴリと音がする。

暗い。湿った匂い。

身体が揺れて……、濡れている?


「ハゥッ!?」とかそんな情けない声を上げて飛び起きた。周りは雨が降っている。部屋の様子ではない、雨の中にいた。


「あっ……、起きましたかっ……、おはよう……、ございますっ……」


リコの声で振り返ると、彼女は前に進んでいた。


「なんっ……?だ、これ?」


身体にはゴワゴワした厚手の麻の布。湿った冷たい空気、ぼんやりとした太陽の光。

パラパラと雨が降っている。周りはどこまでも草原。

どうやらリコの引く荷車の上で横になっていたらしい。俺がすぐさま荷車から飛び降り、それに合わせてリコが歩みを止めた。


「ハァ……、ハァ……。結構……、大変ですねっ……」


彼女はハンドル部分から手を離し、ひざに両手を突いた。荷車はヒト一人がゆったり横になれる程度のもので、恐らく農作物などを運ぶためのものだろう。木製の部材に雨水が染み込み、全体が黒っぽい色をしていた。


周りは何度見ても草原。自分の部屋ではない。


「大成功、ですっ」


リコは腰を屈めたまま、右手でなんとも弱々しいブイサインを作って見せた。


「もしかして、街を出られたのか?」

「はいっ。……ハァ。連れ出しちゃいましたっ」

「どっ……、どうやったんだ!?」


信じられない。あれほど奇跡の偶然を連発させていた強制力に苦労させられていたのに…。

寝て起きたら街の外だって?


「フゥ……。ポイントは、1つだけ、だったんです」

「……1つ?」


笑みを浮かべるリコだったが、よく見ると身体は汗なのか雨なのか分からないくらいにびしょ濡れになっている。


「城壁を越えるっていうのは、とりあえずの目標でしたよね。だから、どうやったらいいのかな、ってずっと考えてました」

「それは、俺も一緒だ。だから昨日は……。あれ?昨日、だよな?」


自分の家で横になって、次に気が付いたら別の場所になっているのだ。不安にもなる。


「あ、そうです」


リコがそう言った所で急に雨脚が強くなった。


「う、あっ……!と、とりあえず、先に進もう」


雨に打たれて頭を垂れた草が、道の両側にどこまでも続いている。少し進んだ所に雨宿りできそうな木を見つけた。荷車を引くのをリコと代わり、そこまで走った。



「ここなら少しはマシだろう。少し休憩しよう」


道沿いにぽつんと生えた木。大きいとも小さいとも言えない、中途半端な中くらいの木。種類なんて分からない。幹がダイナミックにゴツゴツしていて、大人1人が抱っこできるくらいの太さの木。その根元で雨宿りすることにした。


「アルヒラさん。あの、すみませんが、向こう向いててくれませんか?」

「うす。了解っす」


地面から出た木の根っこに腰を落ち着けようとしていたところ、リコからの頼みがあったので、紳士な俺は迅速に幹の反対側に移動した。年下の少女相手に毎度何をドキドキしているんだ、俺は。


「あ、別に全部脱いだりはしませんから。ちょっとだけ上着のボタンを外したかっただけです」

「もちろん分かってたさ」


ちょっと食い気味に答えた自分を殴りたい。


「それで、さっきの話なんだけど、街を脱出できたポイントっていうのは?」

「えと、アルヒラさんが“城壁を越えよう”って思うのがダメなら、思わせないようにしようって考えたんです」

「でも、それはリコと一緒に出ようとした時に失敗したじゃないか?」


出入口を越えようと、彼女から握られた手の感触がフラッシュバックする。


「やっぱり、アルヒラさんの意思が関係してたんです。あ、意思というより“意識”ですね」

「意識……。意識!?」


まさか。俺はさっきリコの引く荷車の上で目が覚めた。


「あ、これお釣りです。すみません。貯金、勝手に使っちゃいました」


顔の横からリコの手がニュッと伸びてきた。指先には銅貨が1枚。

そういえば前日は玄関近くで寝て、食事の時には体重まで尋ねられた。


「団子……、眠り薬かっ!?」

「はいっ」


つまり彼女は、小麦粉団子に薬を混入させて俺を眠らせ、寝てる間に荷車に乗せて街の出入り口を抜けたのだ。確かにそれなら、俺はただ自分の部屋で寝ていただけだ。自分の意思とは関係なく、勝手に移動させられただけだ。


「へ、兵士には?」

「ほかの街に行くって言ったら普通に通れました。許可証のことも……、言われなかったですね」


普段、奇跡のような偶然を連発させてきた強制力が辻褄を合わせようとしたのだろう。普通に考えれば、街の外には畑や牧場もある。許可証なしでは街の出入りが一切できないなんて、都市機能が停止するようなものだ。


「な、なんとなく、理屈は分かってきたぞ」


だが、もしかするとそれをほかの人物、この世界の先住民の手を借りようとするなら失敗するような気がする。あくまで物語に加わっていない彼女だからこそできたのかもしれない。

やはり彼女はイレギュラーなのだ。



天気が悪ければ暗くなるのも早い。なんとか真っ暗闇になる前に林道までやってきて、適当なところで野宿することにした。林と言っても完全に雨をしのげるわけではないので、転がしていた荷車を逆さにして屋根替わりにし、麻の布を布団替わりにした。リコだけ。俺はというと荷車の横で、その辺に散らばっていたわずかな葉っぱを気休めの布団替わりにしていた。


「あの……、アルヒラさん。そんな所で野ざらしだと風邪引いちゃいますよ」

「ば、バーロー!俺は身体が丈夫なんだよっ!」

「でも、せめて屋根だけでも……」


屋根というのは逆さにした荷車の下ということだ。そこに入るということはリコと寄り添って寝るということを意味するわけで、それは、なんというか、イカン。


「ババ、バーロー!!葉っぱがあれば十分……ヒイッ!変な虫!……あ、木の実か」


木の実だった。


「……ふふっ」

「……恥ずかしいのであまり笑わないでほしいんだが?」


逆さになった荷車の車輪の向こう側にリコの横顔の影が見える。


「いえ、私の作った主人公って、そういう人だったんだなあって」

「んん?」

「主人公“アル”は普通の人を意識して作ったんですけど、よく考えたら性格とか、好きな物とか、普通にも色んな人がいるって今、気が付きました」

「俺は性格なんてどうでも良かったから、チート能力とか使いたかったよ」


思わずため息が出てしまった。そんな能力があれば、もっと波乱万丈で派手な生活ができたかもしれない。強いモンスターを軽々と倒して、みんなから称賛されて。リコの希望には添えないが、やっぱりそんな暮らしに憧れてしまう。


俺もこれからすごい魔法とか、使えるようになるのだろうか。もしも、もしもそうなることができたなら、俺は必ずお姫さまを助けたい。俺が助けなきゃ、彼女はずっと囚われたまんまだ。主人公として転生したのなら、リコの物語を完結させる必要もある。


「なあ、リコ。主人公がいなくなった街って、どうなってると思う?」


……スゥー……。



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