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城壁を越えろ

リコは転移前、たくさんの小説を書き散らし(・・・・・)てきたらしい。その中には多くの設定、キャラクターや世界観が雑多に散りばめられており、この世界はそれらの集合体ではないか、というのが彼女の推測だった。


「うーん……。だいたいは理解できたつもりだけど、それが分かったところでどうなるんだ?結局、俺は治験のバイトに参加するか、知らんぷりしてまた毎日過ごしていくかっていう二択だろ?」

「そう、なんですよね……。何かにつながる話かなと思ったんですが……」


まるで膨らみかけた風船がしぼんでいくように、彼女は、しぼんでいった。


「バイトをずる休みしようとしても強制力とかで働かされるんだろうなあ。昼間のことだって、あんな理不尽な……止められ、方……」

「アルヒラさん?」


待てよ。


「見張りの兵士が俺たちを止めたやり方は、どう見たって“強制力”だったよなあ。これ、見方を変えれば“街の出入り口を超えてほしくない”ってことじゃあないか?」

「……あっ」

「つまり、逆に捉えると“街から出てしまえば強制力が働かない”って……こと?」


リコの両手がパフッと合わせられた。


「そうだ!そうですよっ!そういえば私、いつも街とか村とか、そういう場所ごとの単位でしかお話を作ってませんでした!だから、ええと……」

「バルム王国での物語は、王都の出入り口を出てしまえば強制力を失う!」


そういうことか。この街の中では“強制力”もやりたい放題だけれども、外に出て、強制力の及ばない所、もっと遠くまで行けば、あるいは。


「外に出る方法は分からんが、これに気付けたのはデカい!」

「アルヒラさんっ!」


こちらに向けられたリコの手の平に、俺は右手のチョキを返した。



翌日、昼頃に目が覚めた。

空は曇りで部屋の中も少し暗かったが、気分はすがすがしい。まだそこに至ってはいないけれども、自由が間近にあるかもしれないと思うと心が躍る。

リコはまだ寝ている。お互い昨晩は目が冴えてしまいあまり寝付けなかったが、俺が即興で作った物語を話して聞かせているとすぐに寝息が聞こえてきた。素人ならきっとそんなもんだ。


昨晩分かったことから推測すると、この街の中では俺は強制力から逃れることができない。今日はバイトも休みだが、恐らく職業紹介所やギルドに行ってもいつも通り徒労に終わるだろう。そう思って、2人分の小麦粉団子を作った俺は、彼女を寝かせたまま早くに家を出た。



街の商人ギルド。ハンターギルドとは違って上等な服を着た商人が、手続きやら会議やらをそこら中でやっている。ゴールラインがはっきりした以上、自分で確認したかったのだ。俺はギルド内の受付カウンターに居た職員に声を掛けた。


「街の出入り口の通行許可証をもらいたいんだけど」


痩せっぽちの男が、カウンターテーブル越しに俺の身なりをジロジロと見てきた。


「アンタ、商売やってるの?どこの会社?」

「……1人、いや2人でやってる。扱ってるのは……、薬草系?」


まあ、嘘だけど。


「ふーん……。名前は?ギルド名簿で照会するから。ああ、ちなみに嘘だったら投獄されて処罰されるからね」

「……急用を思い出した」



そんな感じで職人ギルドと、もちろんハンターギルドにも顔を出してみたがやはり似たようなものだった。


「許可証は、ダメ……か」


街の住民は外出ができないということを度外視しても、許可証がなければ合法的に外に出ることはできない。見張りは昼夜問わず立っているのだ。そうなると非合法に抜け出すしかない。


いくつかの案はある。例えば、商人の荷車の上で隠れて通過したり、あるいは何かの道具で城壁を越えるなどの方法だ。

だが、この街での物語の強制力が働いている以上、どれも失敗する可能性が高いだろう。現に、俺が城壁を見上げていただけでなぜか何度も兵士が通りかかったのだ。この壁を越える、と思っただけでそれを阻止されてしまう。


「となると、外からの力に頼るしかないか……?」


灰色の空にそびえる城壁を見上げながら、そうつぶやいた。外からの力というのは、例えば戦争。隣国のベラディケス帝国というところが攻めて来るという噂も聞いたことがある。争いの中で城壁が壊されたり、そうでなくとも混乱さえ起きれば逃げ出すチャンスだってあるかもしれないのだ。


振り返ると、重苦しい雲の下にバルム城が見えた。あの建物のどこかにお姫様が囚われているかもしれない。そして自分にはお姫様を助ける役目があり、今は必死にその役目から逃げようとしている。


本来なら俺は物語の主人公として話を進行させる努力をすべきかもしれない。だが、それは一段落までのストーリーが完成されているという前提でのことだ。第一、主人公が死んでしまっては、牢屋で助けを待つお姫様も永久にそのままとなってしまうだろう。


そう思い込むことで、この矛盾のような行動に関して無理やり自分を納得させることにした。



「あ、おかえりなさい」


広い街中をウロウロしていると、あっと言う間に日が暮れる。良い子の俺は家に帰ることにしたのだ。

そして玄関前の台所にはロウソクが灯され、リコが料理をしている。知り合ったばかりの女子高性が、制服のシャツを腕まくりして、コンロの前で、グツグツと鍋を火にかけているのだ。前世ではあまりに縁遠いシチュエーションで、もやは都市伝説のようなものだろうと思っていた光景が目の前に広がっている。


「すみません、やることもなかったのでお料理してました」

「ああ、ええと……?」


何が“ええと……?”だ。何で疑問形なんだ、まったく。あまりにも不慣れな状況なので対応を間違えてしまった。そこは“ありがとう、良い匂いだね。今日はごちそうかな?”だろう。

と言ってもあるのは小麦粉と塩だけなので団子くらいしかできないのだが。


「家からは出なかったのか?」

「あ……は、はいっ。やっぱり一人だと少し怖かったので」

「そっか。ごめん、勝手にぶらついてて」


ムッ!靴下を履いている!そうか乾いたのか。乾いたのなら仕方がない。胸元のリボンはつけたままだ。よし。


「もうできますから、手を洗ってきてください。そしたらご飯にしましょう」



俺がベッドに腰かけると、リコがロウソクと一緒に団子の乗った皿をテーブルに乗せた。団子は大小2個。部屋の主と同じ大きさではいけないと気を遣ったのだろう。俺は遠慮なく大きな方を手に取った。


「アルヒラさんって、こんな小麦粉のお団子ばっかり食べてるんですか?」


団子を一口かじったところで、リコがこんなことを訊いてきた。


「ああ、できればほかにも色々食いたいけど、ご覧の通り貧乏なもんで。でも身体だけは丈夫だから今のところ問題はないかな」

「じゃ、じゃあ、体重、計……は、ないか……」


体重計がこの世界にあるかどうかなんて知らないが、彼女がないと言うならないのだろう。なんたって創造主だ。


「体重……どうだろう。確実に同年代よりかは痩せてると思うけど」

「私より軽い……なんてことはないですよね」

「それはさすがにないんじゃないかな。リコは女性で年下だし」


異世界に飛ばされて、もうそんなことまで気にできるなんて。肝っ玉が大きい娘さんだ。



簡単な食事を終えると、部屋の中はもうすっかり真っ暗になってしまった。起きていても特にやることもなく、昼間に街をうろついた疲れもあったのですぐに休むことにした。


「それじゃ。ロウソクも勿体ないし、もう寝るけど」

「あ、アルヒラさん。良ければ……ですけど……」


リコがまた視線を外してモジモジしている。ロウソクの明かりが急に妖艶なもののように感じた。とてもムーディーだ。これは、まさか……。


「あのっ、私はベッドで寝るので、アルヒラさんは離れて……、玄関の所で寝ていただけませんか?」

「……もちろんだとも」



まあ、年頃の女の子だ。男の部屋で寝泊まりするのも正直気が引けていたのだろう。俺は彼女の申し出を、快くでもなく渋々でもなく事務的に了承し、玄関前の床の上で寝転んだ。


「本当にっ、すみませんっ。一応、あの、私も女の子なので……」


分かってたさ。異世界転生にお約束の超絶チート能力も、世界を救う英雄譚も、ベタ惚れヒロインも、俺には無縁の話だ。物語を進めないのならなおさら俺は主人公ではない。平々凡々と日々を過ごして……って、それが今の姿か。

小さなため息が出た。


「壁を越えたら何をする?」



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