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合わさって一つ

「すみません。張り切って失敗しちゃって……」

「いや、何事もチャレンジだと思うから別に責めたりはしないが」


俺たちがアパートに戻った頃にはもう夕方になっていた。出掛ける前と同様に、リコが椅子、俺はベッド。思惑が外れたのが悔しかったのか、彼女はさっきから椅子の上で膝を抱え、考え込むように頻繁に軽く親指を噛んでいた。俺は慰めるように言ったつもりだったが、彼女には届いていないようだった。


「絶対成功するって思ったんですけど……」

「俺が無意識に “ここから逃げてやる”って思ったんじゃないかな。それが運命だか強制力だかに気付かれた、とか?」


運命と強制力を擬人化してしまった。自分で言っててバカらしくなってくる。


「やっぱりそれが肝なんでしょうか。つまりアルヒラさんは、お話を進めることに対して積極的じゃないといけない……」

「けど、話を進行すると俺は十中八九死ぬ……か。なあ、リコ」


彼女は目線だけで返事をした。俺は、ふと、考えた可能性について確かめてみることにした。


「一応聞いておきたいんだけど、牢屋からどうにかして脱出した後、主人公には何をさせたかったんだ?“不遇なバイト君が治験に参加して、処刑される寸前に脱出する”っていうストーリーじゃ、なんだか中途半端な気がしてたんだが」

「ああ。……ええと、囚われの美女を助けるんですよ」


リコは椅子から足を下ろし、一度閃いた後でまた思い出すようにそう言った。


「彼女はこの国のお姫様なんです。それで偶然投獄された主人公と出会って救われて一緒に国を旅立つ、っていう物語を考えてました」

「お、お姫様?なんで?」

「あ、なんとなくです。主人公が助けるのはお姫様じゃないですか。それで……」


言われてみれば、俺はこの国で生活を始めて1年以上経つが、王様やお姫様がどんな顔をしていて、どんな日々を過ごしているかなんて情報は一切知らない。お姫様を牢屋に入れるなんて、王族内でいざこざでもあるのだろうか。

それにしても、神様の“なんとなく”で振り回される異世界の人々が哀れに思えてくる。俺はとりあえず立ち上がり、右手に手刀を構えた。


「ばっ、ばっきゃろーう」

「っ!」


「……」


多少冗談で脳天チョップでも喰らわせてやろうかと思ったが、本気で怖がられたので止めた。年の差って怖いよね。俺はまたベッドに腰かけた。


「……ゥホンッ!ちょっと思ったんだけど、お姫様は今も牢屋の中なんだろうか?」

「どうでしょう……。“牢屋に入れられている”という設定しか考えてなかったので」

「今どうなってるのかは分からんわけか。まあ、入っていたとしても、王様の娘なんだろうから手荒な真似はされてないとは思うけど。要はそのお姫様さえ助けてしまえばとりあえずハッピーエンドなんだよな?」

「……エンドっていうか、一段落って感じでしょうか。ですけど、その助け方も分からなくって……」

「まあ、主人公が牢屋から脱出する方法すら分からないんだ。ほかの人を助けるなんて、もっと難しいだろうな」


彼女が怪盗もののファンだったなら、牢屋もあるいは脱獄のしやすい設計だったのかもしれない。ただ、恐らく彼女は設定づくりの段階で調べ過ぎてしまったんだ。右手にドリル、左手に毒の剣、目からビームが出て、頭には角が100本、いわゆる”ボクの考えた怪獣“のように好き勝手書けば良かったものを。真面目なんだな、と思った。



バイトが休みの日は食事は1回と決めている。身体を動かしていないのだから当然だ、と意志を強く持とうとはするが、やはり腹が減る。なので、暗くなったら寝る。ロウソク代も勿体ないので寝る。それが一番だ。リコにベッドを明け渡し、俺は床で眠ることにした。これでお相子だ。


「……アルヒラさんは、空想とか想像とか、お話を考えたりしたことなかったですか?」


暗闇で横になり、しばらくした頃にリコが尋ねてきた。空腹で眠れないのはお互い様なのだろう。彼女の分だけでも食事を出してやるべきだったか。


「……そういや、こっちの世界ではなかったかな。前世ならあったけど。なんで?」

「男の人ってみんな、そういうの好きだと思ってたので。でも、前世ではやっぱりそうだったんですね」


リコの声が少し弾んだ。


「男ならフツーだと思うな。いつか自分の手の平から炎が出るんじゃないかとか、秘められたパワーがあるんじゃないかとか。でも、こっちの世界ではそれが実際に起こりえるんだもんな。だからそういう、妄想に浸って現実逃避するようなこともなかったのかもしれない」

「やっぱり!……この世界には、まっ、魔法とかがあるんですか?」


ベッドの上から彼女の興奮が伝わって来た。

言葉にするとエロいが、決してそんなのじゃない。


「あるさ。でも、人間で魔法を使えるのって、結構レアな人たちだと思うけど」

「レア?」

「魔族のことは知らないけど、少なくとも人間が魔法を覚えようって思ったら、最初に魔法書を使って勉強するんだ。理論を理解できたら繰り返し訓練して、ようやく一つの魔法が使えるようになるって聞いたな」


もちろん、俺自身も魔法を使えない。この街に住むほかの人たちだって、魔法を使えるなんて話は聞いたこともない。リコに説明していると、ますます自分がただの一般人なんだな、と感じてしまう。


「あっ、アルヒラさんっ!」


突然、ベッドの上からリコの顔が飛び出した。暗くてよく見えないが、声からは驚きと焦りのような印象を受ける。


「もしかしてこの世界に、魔法書が次々に発見される遺跡、みたいなのってありませんっ?」

「ええと……なんかそんな噂も聞いたような。なんだったか……ウべ?……マベなんとか?って名前だったかな」

「ム・ベイエです!ム・ベイエ学術都市!」

「ああ、確かそんな名前だったような……」


俺が答えるとリコははしゃぐように「ウゥー!」と言って、ベッドをガタガタと鳴らした。たぶん足をバタバタさせたんだろう。床にいる俺に覗かせていた頭が引っ込み、その影が少し高いところにガバッと動いた。どうやらベッドの上に座ったようだ。


「本当にあるんだ!そうだったんだ。やっぱりそうなんだ!」


彼女は暗闇の中で似たようなセリフを何度も繰り返した後、俺の存在をようやく思い出したようにまたこちらに顔を覗かせた。


「アルヒラさん、可能性が見えてきました!」

「……は?」



よっぽどのことだったのだろう。俺の目の前に足が下りてきた。リコがベッドに腰かけようとしているのが分かり、それに合わせて俺も起き上がった。まったく顔も見えないのもどうかと思いロウソクに火を灯し、俺は椅子に腰かけた。


「えと、この世界は私の物語の中だって言いましたよね」

「聞いたなあ。それで俺がダメな(・・・)主人公だ」

「うっ……。その節はすみません……」


リコはお腹の辺りをギュゥと掴んだ。会心の一撃。彼女の表情はロウソクの陰のせいか、とても苦しそうに見えた。まあ、これくらいは嫌味で仕返ししても良いだろう。


「すまん、冗談だ。続けて」

「そ、それでですね、私は書きかけの作品をたくさん持ってたんです。その中の一つが主人公“アル”……アルヒラさんの物語でした」


確認するようにそう言った彼女の言葉を聞き、俺は指をパチンと鳴らした。


「ははーん、読めたぞ。主人公“アル”がどうにかして牢屋から脱出して、ついでにお姫様を助けて、その後でム・ベイエとかの街に行ったりする物語だ」

「いえ、違います」


違った。


「美女を牢屋から助け出す物語は、さっきお伝えしたように途中で書くのを諦めてしまっています。書き始める前は“冒険のお話が良いな”程度は思っていたんですが、冒険に出発する前に頓挫してしまったので……」


彼女はまた、お腹の辺りをギュゥと握った。


「だから、このバルム王国を出発して以降については設定すらしていません。ム・ベイエ学術都市が登場する物語っていうのは、全く別の話なんです」

「……?パラレル・ワールドってこと……?」

「少なくとも私自身はそのつもりで作品を書いていました。だけど、実際にここでは2つの世界観が合わさってる。つまり2つの物語が……、いいえ、それ以上の物語が共存している可能性だってあるんですっ」


リコがベッドをバンッと叩くと、テーブルの上に置いたロウソクの炎が少し揺れた。




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