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少女の正体

「…えぇっ、誰?」


変わった装備だな、と思った。ブレザーにスカート、白いシャツにリボンである。いわゆる女子高生の制服だ。当然ながらこっちの世界に来てから二十年弱くらいの間、目にしていない。俺は口の中に残るキラキラの残り香すら気にならないほどこの状況に驚いていた。


「えっと、その……。あの、私、クマガミ・リコって言います」


彼女は髪をかき上げながら、たどたどしくそう言った。


「えぇーと……、分かったぁ!日本人!日本人だぁっ!」


アルコールで回らない頭と口を必死に動かし俺がそう言うと、彼女の表情はパアッと明るくなった。


「やっぱり!あの、今日、レストランの近くを通った時にアルヒラさんのお名前を知ったんです!」

「それでぇ?日本人さんが俺にぃ、何の用ぅ?」


この世界で初めて日本人を称する人物に会ったというのに、ロクなリアクションもできない。もう、酔いってすごい。とにかく俺がそう尋ねると彼女は少し俯き、俺から目線を外した。現実ではなかなかお目にかかることのできない恥じらいのポーズ。両手を前で合わせてやる、あのモジモジだ。


「ええと……アルヒラさん、アパートかなにかに住んでますよね?とりあえず、すみません。お会いしたばかりで申し訳ないですが、今晩……泊めて……、その、いただけると……」

「泊めるぅ?うん?うーん……、オッケーオッケーだいじょーぶー」


検討する素振りはしてみたが、思考回路は酔っ払いのオッチャンの横に置いてきている。全く何も考えていないのだ。俺はフラフラになりながらも指で丸を作って見せた。

もうホントに、酔いってすごい。



俺はオッチャンに向けてユラユラと手を上げると、彼女に肩を貸してもらいながらアパートに帰った。



「ただいま帰ったよぅー……って、誰もいないけどねっ」

「ちょっ、アルヒラさん!玄関なんかで寝てると風邪ひきますよ!」


俺を揺すってくる柔らかい手。ああ、優しい子だ。


「シャワーとかぁトイレとかぁ、勝手に使ってねぇ……」

「あっ!アルヒラさん!」


ちなみに中世ヨーロッパをモチーフにしたであろうこの世界は、なぜか所々に元居た世界の設備が流用されている。ご都合主義というヤツだろうがそれが異世界なのだろう、と納得するようにしてきた。水洗トイレ、お湯の出るシャワー、ガスコンロまである。

何はともあれ、俺は寝た。



翌朝になって玄関で目を覚ますと、身体に毛布が掛けられていた。幸いにも昨晩の記憶は残っており、昨晩の少女はベッドの横、床の上で丸くなって眠っていた。俺が使ってしまっていたがために毛布こそないにせよ、ベッドがあるのに床で寝るとは、この娘さん、ひょっとして相当イイ子なのかもしれない。頭の横には赤いフレームのメガネが置かれている。


日本人と言っていたので転生、いや学校の制服姿であることを鑑みれば転移(・・)と表現した方が適切だろう。見た感じの年齢からして着ている制服はコスプレということもないと思う。彼女が転移前に通っていた学校の制服だろうか。ブレザーもスカートも所々汚れており、畳んで置かれた黒い靴下に至っては田んぼに足でも突っ込んだかのような有様だ。

昨晩は酔っていたためロクに話もできなかったが、彼女には色々と話を聞かなければいけない。


「さて……」


少々の頭痛はあるがもう随分目は覚めた。今日から3日間はバイトが休みなのでいつもなら職業紹介所とハンターギルドに求人情報を見に行くところだが、今日はこの娘さんがいるので目を覚ますまでは出掛けることができない。


とりあえず、泥まみれで床に置かれた彼女の靴下だけでも洗ってやることにした。ほかの衣服も、とは思ったが、さすがにそれは自分でやってもらわなければいけない。眠っている少女の装着品は、例えハンカチ一枚であろうと手を付ければ即刻アウトだ。


いやいや、ちょっと待て。アウトに感じるということ自体がやましいことを考えているという証拠ではないか。汚れていれば洗う、当然のことだ。考えてもみろ。目を覚ました時に自分の衣服が清潔なのと汚れているのとでは、その日一日のやる気、根気、元気に大きな違いが出て来る。健康状態にも影響が出るかもしれない。他人には親切にしろ、というのが俺を育てた教会神父の教えだ。


少女を見下ろした。くすぐってやりたくなるような生足がこちらを向いている。ひざで折られた曲線はやがてスカートの影に隠れ、未知の領域への探求心を刺激してきた。アップダウンのあるオフロードコースを越えると、おもちゃのように華奢な首元に到着だ。艶のある黒髪が垂れ下がり、その隙間から柔らかそうな白い頬が見える。

ふと、あごの所に泥汚れを見つけた。街中を彷徨った時にでもついたのだろう。

小さな寝息。

「…」

小さな寝息。

「…」

小さな寝息。


自分にビンタを喰らわし、彼女に毛布を掛けた。



「……?ぁ……、おはようございます……」


疲れていたのだろう。彼女が目を覚ましたのは街中に正午の鐘が鳴り響いた直後だった。


「色々と、本当にすみませんでした」

「……?」


とりあえず謝った。


「ちょうどメシができた所だから、一緒に食おう」

「ありがとう、ございます……?」


朝食兼昼食。小麦粉をただ水で練って湯がいただけの団子。彼女の分も、と思っていつもの倍の量を作った。ちなみに調味料は塩くらいしかない。テーブルとイスは1組しかないので、彼女を椅子に座らせ俺は彼女と向かい合う形でベッドに腰かけることにした。


「あの、マヨネーズとか……」

「ごめん、たぶんこの世界にはないんだ」

「ですよね……」


ですよね、とか言いながら彼女はモリモリ食っている。腹が減っていたのだろう。しかし“マヨネーズ“とは久しぶりに耳にした単語だ。懐かしい。

改めて彼女を見る。黒髪のショートヘア。団子を頬張る姿は小動物のようで、制服補正というやつかもしれないが可愛らしい容姿だと思う。だが、どことなく控えめな印象はやはりメガネのせいだろうか。


「よく食うなあ。作った甲斐があるってもんだ」

「ンくっ……すみません。お腹が減っていたので」

「うん。それで、ええと……名前は何だったっけ」

「クマガミ・リコです。くまさんの熊に、この、耳って書いて“クマガミ”って読みます。下の名前はカタカナのまんまです」


彼女はそう言うと、自分の耳を指さした。


「変わった苗字だなあ。それで、クマガミ……さん?」

「“リコ”って呼んでください」

「ああ、うん。それで、リコ。転移してきたって言ったよな?ええと、……いつ来たんだ?」

「昨日、ですね。気が付いたらこの街の外の原っぱで倒れてました。格好もそのまんまだったんでビックリしましたけど、裸じゃなくて良かったです」


彼女は、はにかみながらそう言った。

頭の回転が速い、という印象を受けた。俺の“いつ来たのか”という質問に対して、“昨日、街の外で”という追加情報を含めた答えを返してきたのだ。これはなかなかできることではない。


「それで街に入ってアルヒラさんを見かけて、話しかけられそうなタイミングを見計らってたんですが……」

「バイトの後は大家に酔っ払いだったもんな」


なるほど、とりあえず自分と似た境遇の者にコンタクトを試みたということか。賢い。


「高校生、だよな?こっちの世界に転移する前は学校にでもいたのか?」

「いえ、学校が終わって家に帰った後でした。自分の部屋に入ってノートパソコンを開いたところまでは覚えてるんですが……」

「ノートパソコンか……久しぶりに聞いたなあ」

「こっちにはありませんからねっ」


リコは少し肩を揺らして笑った。

彼女は転移者で、向こうの世界の住人だ。対する俺は前世の記憶を持っているだけのこちらの世界の住人。だから彼女の直近の記憶は、俺にとっては遠い過去の記憶なのだ。


「それで、ええと……」

「あのっ、アルヒラさんにいくつかお尋ねしたいことがあるんですが」


何を尋ねようかと考えていたところに、リコは座ったままテーブルに両手を突いてズイッと身を乗り出してきた。


「アルヒラさんのお給料って、もしかして、1カ月で言ったらリーフ金貨3枚じゃないですか?」

「ええっ……!なんで知ってんだ?」


男の給料をいきなり尋ねるとは、さすが学生さん。もう少し大人になればその話題がデリケートであるということにも気が付くだろうに。この時点で俺の中での彼女の評価はワンランクダウンしてしまった。


「それと、お店でよくオーナーから怒られてて……」


2ランクダウンだ。俺は恥ずかしさを隠すようにこう答えた。


「……すとーかー……」

「違いますっ!……でも、…………やっぱりそうだ」


リコは考え込むようにあごに手を当て視線を落とした。次に来るのは“魔法使い(ドーテー30歳)を目指しているか”とかそういう質問だろうか。まさか。いや、あり得る。

恐れおののいた俺がピーカブースタイルで防御を固めようとしていたところ、彼女はやがてハッとしたように顔を上げた。


「アルヒラさん、私、この世界の神様かもしれませんっ」



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