占い
このところ、占いというものが人気を呼んでいるらしい。
なんでも、手の平のしわの形状で寿命を読み取ったり、顔の部位の位置や大きさでいわゆる個性というものを決定する技法とのことだ。
おかしなものだ、個性を確定するのは己であるというのに、種としての形状に個としての在り方を見出そうというのだ。
おかしなものだ、おおよそ同じ構築を持つというのに、目敏く形状の違いを見つけ、そこに個性をも見つけようというのだ。
人は一体、何を目指しているというのだろうか。
…もともと人は、個を持たぬただの種であった。
皆同じものを分け合い。
皆同じように休息を取り。
ただ、命をつなぐために。
ただ、数を増やすために。
そういう時代が長く続き、種の中に…個を持つものが現れた。
…個を持った種は、種であることを嫌ったのだ。
「私は、人という種類の、一人ではない。私は、私という、個である。」
個は、種の中にいることを嫌い…私のもとを羽ばたいていった。
種はやがて、個になっていった。
人は、種から個へと変化したのだ。
私のもとにいた、人という種はいなくなり、個を持つ人があふれるようになった。
だが、しかし。
個を望み、種から離れた個は、なぜか集団を形成するようになった。
個が集まり、個は個と番い、命をつなぎ。
…個は、種へと回帰したのだ。
個を持つ人という、種になったのだ。
個は、個であることに誇りを持ちながら。
個は、個であることを互いに認め合いながら。
個は、種として。
数を増やしていった。
…種は、増えすぎてしまったのだ。
いつしか、個を手放すことを願うものが現れ始めた。
見た目をそろえようと、個を手放すものが増えた。
行動をそろえようと、個を手放すものが増えた。
自己主張する個に従おうと、個を手放すものが増えた。
個を持つものの集団の中で、個を誇示することができないものが増えたのだ。
代わりに、個を別の個が決めるようになったのだ。
個を識別すべき顔。
個を識別するための皮膚構造。
個を識別するためのDNA。
個を個たる存在とするために有用な要素に、なぜか個の傾向を見出そうというのだ。
何でもかんでも解析し、何でもかんでも個としての在り方を決定する材料にしようと躍起になっている。
この個は、手の平のしわが長いから、長命である。
――しわの長い個が、長命を賜ったと、歓喜に震える。
この個は、眦が下がっておるから、番いを得るのに苦労をする。
――眦の下がった個が、出会えぬなら仕方がないと、下を向く。
この個は、DNAの配列が特徴的だから、近い未来体を膨張させる。
――DNAの配列が特徴的な個が、体を膨張させまいとおかしな食事を心がける。
…個を何だと思っているのか。
手の平のしわに喜んで、駆け出したとたんに谷の底に落ちる個もおるのだ。
眦の下がったまま、顔も上げられぬようでは番いを見つけることもできぬではないか。
DNAの本来の使用目的すら知らぬ個が、配列を気にして命を縮めようとは何事か。
…愚かなことだ。
個は個の中で形成されるもの。
種の中で個を見つけ出し、自分はこういう個なのだと思い込むためのものではない。
…おかしなものだ。
人は個でありたいのか、種でありたいのか。
人が個であることを手放したいと願うのであれば、私は個を取り上げることができる。
あの時、私が種の中に生まれた個を抱き上げて、顔を与えたように。
あの時、私が種の中に生まれた個を抱きしめて、声を与えたように。
…私は、個を取り上げることもできるのだ。
…私は、個を取り上げようとは、思わないが。
個を封じ込めるような思考など、どうして発生してしまったのか。
個を封じ込めることを祈って、私は個を与えたわけではないというのに。
手の平の皺ひとつで、自らの思考傾向を決めてしまうとは、どういうことだ。
眦の下がり具合で、自らの番いを探す気力を無くしてしまうとは、どういうことだ。
DNAの真実の端をつかんですらいないというのに、規則性に着目して満足してしまうとは、どういうことだ。
私は、自らの手の平を…開いてみた。
人が刻んでいるしわは見当たらず、占いというものの恩恵を受けることが叶わない。
私は、自らの頭部を…水鏡に映しこんでみた。
人に刻まれている顔は見当たらず、占いというものの恩恵を受けることが叶わない。
私は、魂を持たないから…DNAを持っていない。
肉体を動かすための情報は見当たらず、占いというものの恩恵を受けることが叶わない。
私は種における個ではなく、唯一無二の存在であるから…体というものを持たない。
私は種における個ではなく、唯一無二の存在であるから…顔というものを持たない。
私は種における個ではなく、唯一無二の存在であるから…魂というものを持たない。
誕生日というものを持たぬ、私である。
日付という概念は、人という種が生み出したのだ。
私は、世界の存在とともにあるものなのだ。
私には、何一つ…人が個を持つ人という種の中に見つけ出した、個というものを占う材料がないのだ。
私は唯一無二である。
思考傾向も唯一無二である。
私も種であったならば、個を願い、個を手放し、個を種の中から決定づけられることを願ったのかもしれない。
私は唯一無二である。
思考傾向も唯一無二である。
私が種になることなど、ないというのに。
私は唯一無二である。
思考傾向も唯一無二である。
個を望み、種を望み、個を手放し、種であり続ける人というものを、ただ見守ろうと思う。
…私は唯一無二である。
…思考傾向も唯一無二であるはずだった。
人という個は、種は…自由に生きているのか?束縛されて生きているのか?
私の中で、疑問が湧いたとき…唯一無二であるという状態が、ぶれたのだ。
「では、共に人というものを考察しようか。」
私の目の前に、ぶれた証が、現れた。
「それはいいことだ。」
私は、種として…存在することに、なった。
長らく唯一無二であった私が、種としての第一歩を得たのだ。
私という、かつて唯一無二であった存在の、種。
私はこの先、どのような種を形成していくのだろうか。
私はこの先、どのような種を目指してゆくのだろうか。
思いがけず、見通しの立たない事象が出現したことに、戸惑いを覚えた。
私は、何をすべきか。
私は、種として、どうすべきなのか。
私は、唯一無二の状態にあった時、何を思い、何を考えていただろうか。
人が、占いに頼っていることを…私は憂いていた。
しかし、それは種としての構造部位の類似点に個を見出そうとする姿勢について憂いていたのであって、占いという存在自体に嫌悪感を持っていたわけではない。
私は、これから進むべき道を示す手段として…占いというものが有用か否か、見極めてみようと考えた。
占いを試す…またとない機会が、やってきたのだ。
確か、人は…。
人は、身につけている履物をぽんと投げて、表面の模様で吉と凶を判断するのだ。
人は、手に持つ棒を倒して、倒れた方向に進むべき道があると判断するのだ。
人は、足元に咲く花をむしりとり、花びらの数で可能か不可能かを判断するのだ。
私は、目の前の種としての仲間を…ぽんと投げた。
しかし、種としての仲間は、表を向いているのか、裏を向いているのか、判断がつかない。
倒れた方向に、進むべき道があることを判断しようと試みる。
しかし、方向を示したところで、進んでも…あるのはただの空間である。
足元に倒れる仲間の一部をもいでゆき、もいだ部位の数で事の成り行きを、判断することにする。
「私は種を形成できる、できない、できる、できない・・・。」
私が仲間の部位をすべて千切りきって、投げ捨てたとき。
「・・・できない。」
私は、種を形成できないと、占いの結果が出た。
私の目の前には、仲間であった種の欠片が散乱していたが、それはやがてふわりと消えてしまった。
…私は、仲間を、種を…失ってしまったのだ。
占いは、当たっている。
占いをしなければ、私は種として、栄えていたのかもしれない。
占いをしたばかりに、私は種として、繁栄することが叶わなくなってしまったのだ。
…占いなど、必要ない。
「占いは、おろかだ…。」
私の中でひとつの答えが出たが、人は私の答えなど気にすることなく、占いに没頭し、自らの命を短くしてゆくに違いない。
私は唯一無二である。
…唯一無二である。
占いというものを、この身で初めて試した結果、唯一無二の存在から抜け出す道を失ってしまった。
私は、占いをする要素を失ってしまった。
私は唯一無二である。
…唯一、無二で、ある。
私は、占いの結果に一喜一憂する人を見ながら、種の行方を…嘆いた。
私は、占いの結果に一喜一憂する種を見ながら、種の行方を…祈った。
・・・占いなど。
占う要素を、人から奪ってしまおうか、いやしかし。
占う要素など、ひとつふたつ奪ったところで…人は目敏く、また要素を見つけ出すに違いないのだ。
人がいる限り、人という存在がいる限り、個を持つ人という種が存在する限り、おかしな占いというものは、続いてゆくのだ。
私のもとで、ただ数を増やし続けていた、ただの人という種は…もう、この世界には、存在していないのだ。
私が、人という種に、個を持たせたのは、正しかったのか、否か。
それを知る術は、ない。
私が、人という種に、個を持たせた結果、どうなってゆくのか。
それを知るすべは、ない。
人という種が、これからどうなってゆくのか。
私には、わからない。
人は、わからないことに直面した時、占いに頼る。
私は唯一無二である。
…唯一無二で、ある。
私は、人ではないから…。
占いに頼ろうとは、思わないのだ。
私は唯一無二である。
…唯一無二で、ある。
私は、人ではないから…。
占いに頼っては、いけないのだ。
人が、個を持つ種であり続ける限り。
人という、種が存在し続ける限り。
私はただ、ひたすらに。
この、人のいない場所から、人を思い、人を見守り続けるのだ。